3-6
庄司君治(しょうじ きみはる)、独身37歳。
前日の夜、つまりは金曜日の夜。22時まで残業して、いざ帰ろうと思ったとき、上司である課長から飲みの誘いがあった。
断れる訳がない。
係長である彼にとって直属の上司の課長の機嫌を損ねてしまうことは好ましくない。極端な話、来週からろくに仕事ができなくなってしまう可能性だってある。
NOと言えない日本人。庄司は典型的なサラリーマンだった。
「頭がいてぇ」
課長は飲みに誘ってくるだけあって、お酒が好きだ。しかもかなりの酒豪である。当然、庄司に対してもかなりのハイペースで酒を注いでくる。
庄司はあまり酒が強くない。
無理やり飲まされて、二次会にも連れまわされる。そして、気がついたときには家のベッドで二日酔いに魘されながら目が覚めた。
(記憶がない)
どうやって、家に帰ったかも定かではない。
時計を見ると、時刻は既に土曜日の14時を示していた。
(折角の休日がもうほとんど終わりだ……)
絶望だ。
平日はいつも残業だ。帰って家で何かをする時間は残されていない。
だからこそ、週に2日ある休日は、彼にとっては唯一の自由時間だった。その時間を無為に消費してしまった。
(何もやる気がでない)
目は覚めた。でも頭が痛い。身体がだるい。
いまだに昨日のアルコールが抜けきっていないのだろう。
せっかくの休日ではあったが、倦怠感に包まれて、やる気がおこらなかった。
(こういうときは、独り身で良かったと思う)
庄司は結婚なんて馬鹿がすることだと独りで生きてきたが、37歳にもなれば、己の人生に対する寂しさが沸いてくる。
今さらになってパートナーを探すべく、彼は婚活を始めていた。
結婚に前向きになった彼ではあったが、同時に結婚に対する妙な偏見も抱いている。
結婚したら馬車馬のごとく家族サービスをする必要があるのだ、と。だから、どれだけ二日酔いが辛くても、きっとゆっくりする時間はなくて、職場でも家でも酷使されるのだと思っていた。
(だから、こうして1日ぐうたらするのも悪くない。独身の特権だ)
貴重な休日をごろごろして過ごすと決断し、彼はソファーに寝ころびながらテレビを点けた。
テレビに映るのはお昼のバラエティ番組だ。都内の有名ケーキ屋を食レポしていた。人気番組であり、多くの人に支持されているのだろう。しかし、庄司はこの番組を心底つまらないと感じた。
(なにかやってないか)
土曜日のこの時間帯は、似たようなものだなとチャンネルを回しながらため息をつく。
そして、あるチャンネルに変える。丁度CMに入っていたようだが、画面の上部に番組名が表示された。
「おっ、温泉番組か」
庄司は温泉に興味はない。
もちろん、温泉に入れば気持ちがいいとは思うけれど、シャワーよりもお風呂の方が気持ちいい感覚と同じ程度のものだ。それに行く時間も元気もないし、一緒に行ってくれる人もいなかった。
それでも温泉番組でチャンネルを止めた理由は一つ。美人が温泉に入っている姿を観れるかもしれないと思ったからだ。
(山下マキと柊理沙……? 山下マキってあの山下マキか。じゃあ柊理沙って女に期待だな)
番組情報に2人の女性の名前がある。しかし、その内の一人、山下マキは女の子だ。庄司には特殊な性癖はない。有名な子役の彼女が温泉番組に出演することには驚いたけれど、すぐに彼女から興味をなくした。
彼の興味は柊理沙という聞いたことがない女性に注がれていた。
(グラビアアイドルとかだったらいいな)
昼食を作ることも面倒くさいと感じ、家に残っていたポテトチップスをお昼ご飯として頬張っていると、ついにCMが終わり、番組が再開する。
「おぉぉぉ!!」
柊理沙だと思われる女性の入浴姿が映っている。途中から見たためどういう流れなのかは分からないが、柊理沙という女性が先に温泉に浸かっていて、山下マキを待っている状態のようだ。
(良いおっぱいだ)
庄司は絶賛した。
おそらく最近売り出し始めたグラビアアイドルなのだろうとあたりをつける。
太っている訳ではないもののむっちりしている身体が、バスタオル一枚で隠されている。その豊満な巨乳は隠しきれておらず、胸の上半分はこれでもかといわんばかりに露出していた。
(あの谷間に入り込みたい)
庄司は鼻の下をのばしながらポテトチップスをつまむ。
あれほどの乳を揉みしだけばどれほどの幸福があるだろうか。
独り身の庄司は風俗通いを趣味としている。しかし、彼女ほどの上物のおっぱいには未だ出会ったことがない。
彼が通う、手ごろな価格の風俗店では、巨乳=巨デブなのだ。柊理沙のように抱き心地がよさそうな肉付きでありながら、はちきれんほどのおっぱいを持つような女性は存在しない。
「もっとおっぱいを映せよ」
舌打ちをする。
もう一人の女性――いや、女の子の山下マキも遅れて登場するらしい。ちんちくりんの子どもには興味がない。
(柊理沙専用の番組にしてほしいもんだ)
ただ、番組というのはタレントの知名度も重要だ。
柊理沙という女性の名前は初めて聞いた。山下マキという知名度があって初めて成り立つ番組なのだろう。
ある意味、山下マキのお陰で、庄司は柊理沙という素敵なおっぱいの持ち主の存在を知った。
「マキちゃん様様ってか――ッ!?」
庄司は息をのんだ。
ポテチをつまむ手も止まり、突如固まったかのようにテレビに見入る。
(……まじかよ)
山下マキという小学生。それなりにテレビを見ている庄司も当然良く知っている。可愛らしい少女だ。親戚にこんな子どもがいれば、きっと可愛がってお小遣いをたくさんあげてしまうんだろうなと思えるような子だ。
そんな子がバスタオル一枚になったとて、そこには微笑ましさしか存在しない。
山下マキの身体はまだまだ小柄だ。柊理沙はバスタオル一枚ではその身体を隠しきれていなかったが、山下マキはバスタオルだけでその身体を十分に隠している。夏の服装の方がもっと露出が多いかもしれない。だから何を感じる訳でもないはずだった。
しかし――
「――」
彼女の登場した途端、まるで心臓を鷲掴みされたように感じた。目が離せない。見入ってしまう。
バスタオルを身体に巻き、ゆっくりと湯舟に向かう。ただそれだけのことが、妙に艶めかしく見えた。
どういうことだ。庄司は自問する。
小児趣味はないはずだ。彼の好みは柊理沙のような胸の大きい大人の女性だ。現時点の山下マキは彼の好みと正反対と言っていいだろう。
それなのに、彼女の歩く姿に魅了される。その仕草一つ一つに艶を感じてしまう。
そして山下マキは、ゆっくりとお湯につかる。
「えっろ……」
山下マキは、温泉につかるやいなや、その顔をとろけさせる。まるで全身が溶けたかのようだ。
庄司の目には、色気をふりまく女が、その身をさらけだしたかのように見えた。
高校生のとき、ずっと好きだった女の子と性行為をしたときの快楽や独占欲に似たものを、テレビの向こう側にいる小学生に感じていた。
「やばいなこの番組」
温泉番組を最後まで視聴した庄司は、いきりたった心を収めるために風俗へと向かう。
彼が指名したのは、いつもなら選ばないはずの、小柄で貧乳な女だった。
◆
山下マキと柊理沙が温泉仲間であることがネットで話題となり、なぜか二人の温泉番組が地上波で放送されることになり大好評となる。
巨乳好きのおっさんが、柊理沙の巨乳でチャンネルを固定していたら、いつの間にかロリコンに目覚めてしまう事例が多発してしまう。
そして柊理沙は、温泉の人・おっぱいの人・マキちゃんじゃない方、などとして、一般人にも知られる声優となる。
結果として、お茶の間にも大きく宣伝されるタイプのアニメ映画などにも多数出演し、若手女性声優の中で、一つ飛び出た存在となるのであった。
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