第36巻 ネクロマンサーの急襲

 まったく予想だにしないピンチが訪れ、僕はとにかく鎌をかわし続けるしかなかった。

 仕込み杖は彼女がいつの間にか隠してしまったのか、何処を探しても見つからない。預けるんじゃなかったと後悔しても、もう遅い。


「あはははは! お兄ちゃん、レイがここまで、どんな気持ちでいい子を演じてきたか解る? とーってもてえへんだったんだよ。それもこれもお兄ちゃんを殺して! ゾンビに変えて! ずっとずーっと一緒に暮らす為だったんだからね」

「何を言っているんだ! 馬鹿な真似はやめろ!」


 なんて恐ろしいことを平然と言い放っているんだろうこの子は。僕は必死で鎌を避けながら、長い階段を降りていく。

 だが足元がふらつき、足を踏み外しそうになる。


「うおっと!?」

「あ! お兄ちゃーん。無理しちゃダメだってば。さっき魔力をいっぱい吸っちゃったから、もうほとんど動けなくなってるはずだよ。なのにレイの攻撃を躱すなんて、やっぱり凄い!」


 もしかして、エナジードレインとかいう魔力を吸い取るスキルを使われたのか? さっき魔法を使われた時、回復してくれたとばかり思っていた。


 そういえば以前幽霊退治をした時も、奇妙な違和感があった。あの時僕は絶対に幽霊を消し去れると確信していたのに、どういうわけかアイツは浄化されなかった。レイラーニは幽霊と戦っていた時、僕を手伝っていたわけじゃないんだ。むしろあの幽霊を助けていたんだ、きっと。


「お兄ちゃんの魔力とっても美味しかった! おかげでレイは元気いっぱいだよ。さあお兄ちゃん、痛くないように一思いに刈り取ってあげるね。ゾンビになった後は、痛いこと我慢したご褒美に、いいこいいこしてあげる」


 斜め上から閃光のような斬撃が飛んできた。僕は寸前のところでかわしつつ、更に下の階段へと降り立った。


「もうー。どうして避けるの? 早く一緒になりたいのに」

「自分が何をしているのか解っているのか? 君がしようとしているのは人殺しだぞ」

「ううん。その後ちゃんと生き返るんだから、人殺しじゃないよ。お兄ちゃん……今日から家族だよ!!」


 目をキラキラ輝かせながら殺しにかかってくるレイラーニ。一点の曇りも感じられない笑顔だった。


 だ、だめだ。この子は狂ってる。言ってることが支離滅裂で、とても話が通じる相手じゃない。僕は急いで召喚できる魔物を探す。今すぐに呼び出せるのは恐らく一匹が限度だろう。誰かいないか、誰か……。


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  ■現在召喚可能

 ・ヴィクトリア ♀54歳 ゾンビ

 ・ロブ ♂ 18歳 スケルトン

 ・ガルーダ ♀ 33歳 ミイラ

 ・ルンルン ♂5歳 スライム

 ・アーク ♀3歳 オーク

 ・ランドルト ♂ 23歳 ゾンビ

 ・グレイン ♂ 24歳 ゾンビ

 ・ハイプロテクト 一定時間味方全員の防御力を上げる

 ・ハイマジック 一定時間味方全員の魔力を上げる

 ・ブルーバード 一年目 マンガ喫茶

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 ……あ、あれ? なんか一番下に変なものなかった? 見間違えかな。もう一度確認したけど、やっぱり変わらない。なんでマンガ喫茶があるんだ!?


「首、ちょーだいっ」

「うわっぶ!?」


 寸前のところで身をかがめて鎌を避けたが、次から次へと死神の鎌は振られ続ける。また僕は足を踏み外して階段を転がってしまう。


「い……ててて……く! 召喚!」


 しかし僅かながらに時間はできた。今なら呼び出せるだろう。


「ああん! レイの邪魔するのダメ! お兄ちゃん、しょうがないから魔物ごと斬っちゃうね。えい!」


 死神の鎌は紫色の光に包まれ、その威力を増しているようだ。いつだって生死の境を決めるタイミングは一瞬で、僕の命が刈り取られるのは目前だ。


「きゃああ!? な、な……」


 しかし、レイラーニの鎌は僕の首筋に触れてはいない。それどころか、彼女の体自体が大きく後方へと吹き飛んだ。あり得ない場所に、あり得ないものが立ち塞がっている。

 僕が開いている店、マンガ喫茶がそこにあった。


「リーベル! 早くこっちへ!」


 二階の窓が開かれ、シオリが声を駆けてきた。マンガ喫茶は唐突に大砲を発射し、付近に爆音が鳴り響かセル。僕は一階のドアから中に入り、すぐに二階へ駆け上がった。

 スタッフルームにいたのは、シオリとカバーとなぜかルイーズだった。


「リーベル! リーベルぅう!」

「店長ー! 生きてて良かったっす」


 真っ先にシオリが僕に抱きついてきて、その後からカバーも飛び込んできた。


「やっぱりアンタは生きてたわけねえ。大したもんだわーホント!」


 ルイーズはニッと笑って親指を上に向けている。


「ルイーズ。もしかして手伝ってくれたのか」

「ちょっとだけよ。ところでさぁ。アイツどうするの?」


 まるで何かに取り憑かれたように、マンガ喫茶の入り口ドアに鎌をふり続ける少女を見て、僕はため息が漏れる。


「どうして邪魔するのこの喫茶店! どうしてお兄ちゃんを奪うの!? フゥアアアアアアア!!」

「ひゃあ!? リーベル。あの子、さっきも見たんだけど」

「マジやばいわよアイツ。ってかこのままじゃ店に穴が空きそう」


 レイラーニの凶刃はどんどん勢いを増している。もう人間という枠には決して捉えることのできない不気味さに溢れていた。しかし、マンガ喫茶なら負けることはないと僕は信じていた。


「ルイーズ、そのコントローラーを返してくれ。ここからは僕がやる」


 操縦にはもう慣れている。コントローラーを受け取った僕は、すぐに縦横無尽にマンガ喫茶を移動させ、レイラーニを撹乱する。一瞬で階段を降りきり広い場所に出たが、レイラーニは諦めずに追いかけてきた。


「シオリ! みんなに伝えてくれ。動き回るから揺れるって」

「う、うん!」


 連絡が遅れてしまったけど、もうしょうがないよね。これだけの非常事態が続いているんだから。マンガ喫茶で移動しながら、僕は時折体当たりをしたり、大砲を撃ちこんでレイラーニを追い詰めていく。


 だが、いいところで彼女は攻撃をかわし、すぐに店を追いかけてくる。


「こぉのおおお! 逃げんじゃねええよおおお!」


 しかし、このままでいけばこちらが勝てるという予感があった。僕が次の攻撃を繰り出すべく動こうとした時、何かがマンガ喫茶とレイラーニの間に入りんでいた。強烈な蹴りが華奢な体を吹き飛ばしている。


「きゃん! くく……誰!? レイの邪魔をする奴は。お兄ちゃんから遠ざけようとするのは誰!?」

「……お兄ちゃん?」


 まさかという展開に、僕は店を操作していた手が止まる。服がボロボロになり、剣も傷んでしまっているが、あの後ろ姿は間違えようがなかった。妹であるヒナが、ここアザレアに戻ってきている。


「何言ってんの? ヒナのお兄ちゃんなんだけど」

「……妹? 妹さん? あ、あはははは。あははは!」


 体をのけぞらせて笑い始めるネクロマンサーの不気味さと、相対する勇者の静かな立ち姿。ここで動いていいのだろうかと、ちょっと心配になった時、奴が動いた。


「じゃあアンタを殺して、レイが妹になってやるよおっ! フゥアアアアアアアー!」


 ヒナとレイラーニの猛烈な斬り合いが始まった。長い鎌を器用に振り回すネクロマンサーと、捌きながら懐へ入ろうとする勇者の動きは目で追えないほど速度を増しており、下手に間に入ることができない。


 しかし、ヒナは徐々に押され始めているような気がした。当初の地点よりも、妹は少しずつ後退を余儀なくされているからだ。


「マンガ喫茶! 何か強い武器はないのか? 彼女を一発で倒せるような武器は?」

『武器を合成させますか?』

「へ?」


 間の抜けた声を上げてしまうのは今回で何度目だろう。このお姉さんボイスには驚かされてばっかりだよ。


「合成ってどういうこと?」

『選択した武器を組み合わせて、現状よりも強い武器を製造、装備することができます。大量のマンガポイントを消費します』


 どうしてマンガ喫茶にそんな設備が必要なのかわからないけど、今はやってみるしかない。


「よし! 全部の武器を合成してくれ!」

「え!? ど、どうしたのリーベル?」

「合成ってなによ?」


 シオリとルイーズが困惑しているなか、マンガ喫茶全体からチカチカと眩い光が発せられていく。点滅が収まった頃、マンガ喫茶の中央には長く巨大な金色の大砲が備わっていた。

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