第25巻 浜辺で急接近

 仕事ばかりでは息が詰まる。時には息抜きもしなくちゃいけないよね。

 休日に僕と幼馴染は、アザレアから少しだけ北に向かったところにある浜辺にやってきていた。


 前々からシオリに誘われていたんだけど、なかなか忙しくて先延ばしにしていたんだ。とは言え、浜辺にやってきただけで特に何もすることはないのだけれど。


「リーベル見て! 今日はとっても天気が良いから、遠くの島まではっきり見えるよ」

「本当だ。久しぶりに来たけど、やっぱり綺麗だなぁ」


 以前、僕とシオリと、今はいなくなってしまったゲイムでよくこの浜辺で遊んでいた。何もないところで、何もないことを楽しんでいる暇で幸福な時間だったように思える。


「ねえ、ちょっとあそこに座らない? お昼ご飯も持ってきたの」

「作ってきてくれたのか。ありがとう。なんかいつも悪いね」

「ううん! 私が好きでしているだけだから、気にしないで!」


 いつもよりなんだかオシャレに見える白いワンピースを着たシオリに促され、浜辺近くにシートを引いて座る。しかしどうしてだろう。若干ではあるが、彼女はいつもより緊張しているように感じられた。


「本当に懐かしいよね。よく三人でかくれんぼをしてたのを思い出すよ」

「リーベルは海の中に隠れようとして、すぐに顔を出して見つかったよねっ」

「なんも考えてなかったなぁ。ホント。ところでさ、ゲイムの奴は何処に行ったんだ?」


 何気ない一言だったが、にこやかに笑っていたシオリの顔が少しだけ曇ったように見えた。でもそれが好奇心を刺激してしまう。


「いつの間にか去って行っちゃったみたい」

「みたい、って……挨拶とかされなかったのかい?」

「うん。唐突にいなくなって、それっきり」


 そうか。シオリは一言もなくゲイムが町から去って行ったことがショックだったのかもしれない。ようやく心の中で渦巻いていた疑問が払拭されてきた。でも、どうして唐突に去ってしまったんだろう?


「ゲイム君と最後に会ったのも、この浜辺だったよ」

「お」


 思わず変な声が出ちゃったよ。二人で浜辺に? そして子供の時とは違い、もう大きくなってからの話となると……まさか。


「どんな話したの?」


 僕はたまらず聞いてみる。側から考えれば野暮の極みである。


「……少しお話ししただけだよ」


 最後にシオリはまた微笑を取り戻したようだった。よく解らないけれど、これ以上突っ込むのは良くないことは僕にも重々理解ができている。気まずくなりかけたので、顔を海に向けてぼうっとしてみる。


 ……あれ? 海の向こうから、なんか来てないか?


「そ……それでね。リーベル。実は、今日は聞いてほしい話があって」

「ん? うん」


 シオリの声は心なしか、いつもよりモゴモゴしているようだった。だけど僕にとって気になっているのは、黒くて大きな何かが、わりかし早い速度でコチラに向かっていることだ。


「前々からお話したいなって思ってたんだけど、やっぱり周りの目もあるし、なかなか機会もないっていうか」

「あ、なんか気になることでもあったの?」


 どうやら接近しているのは船のようだった。しかしどうもおかしい。船ってこんな速さで近づいてくるんだろうか。っていうか、ここには船を止めるところなんてないぞ!?


「あの。リーベルは、その……。私のこと、どうおも、」

「シオリ! その話はちょっと待ってほしい!」

「え!?」


 焦りつつ立ち上がった。彼女はずっと僕のほうを見上げていて、どうやらまだ船の接近には気がついてないようだ。


「船がこっちに向かってきてる! それも凄い速さ——うおわあ!?」

「船? ……きゃああ!?」


 船が浜辺近くの岩場に激突して、大きな音が周囲にこだました。


「ひゃあう!? な、何? 何ー?」

「船が岩にぶつかったみたいだ! ちょっと行ってみよう」


 どうやら岩のおかげで僕らは助かったみたい。黒い船は大穴が空いて分解が始まったようだ。


 真っ黒な旗にはハートマークが描かれていて、どうやら国や商業船とは異なるようだった。かといって、あんなマークの旗をもった海賊とも考えにくいんだけど。とにかく僕はシオリと一緒に船に近づいてみた。


「い、イタタタ! なーんでこうなっちゃうのよぉ」


 よく通る女の声が聞こえた。そしてほぼ真っ二つになりつつある船の中から、一人の海賊っぽい服装をした銀髪の女が姿を現したんだ。

 海賊がよく被っている長いハットを被り、赤いジャケットに黒いスカートという出立をしていて、正直海賊というよりも、なんか真似事をしている人って感じ。


「大丈夫かい!? 他の人は無事か?」


 と、とりあえず声をかけてみる。船上にいた女は僕らを見下ろすと、ちょっと不機嫌な顔になりつつ首を横に振った。


「問題ないわ! だってこの船、あたししか乗ってないもの。ねえそこのカップルさん。ここはどこなわけ?」

「か、か、か」とシオリが戸惑って言葉を出せずにいる。

「僕らはカップルじゃない。ここはアザレア近くの浜辺だよ。君は何者なんだ?」


 はっきりと間違いを正しつつ質問を投げかけると、海賊風の女はちょっとだけニヤついた顔になって船上から飛び降りて目前にやってきた。


「あー! 知ってる知ってる。じゃあ王都とか港町も近いわけね。あたしは海賊ルイーズ。とは言っても、まだまだ駆け出しだけとね。アンタ達は?」

「僕はリーベルで彼女はシオリ、アザレアのマンガ喫茶で働いているんだ」


 シオリはこくんと頷いたが、何だかちょっとだけ元気がなくなったみたいだ。気のせいだろうか。


「まんがきっさ!? 何それ」


 目を丸くするルイーズに、僕はとりあえず一通りの説明をしてみた。そうすると彼女は目を爛々とさせて、とても興味を惹かれた反応をする。


「面白そうじゃーん。ねえねえ、今からあたしもお店に行っていい?」

「え? ああ、いいけど。それよりこの船、どうするつもりなんだ?」


 見るからにボロボロになってしまった船は、普通に考えて修復不可能に思える。


「ん。しばらくここに置いておくわぁ。鎖で繋いで置いて、後で修理するの」

「え、えええ。流石に無理じゃないですか? こんなになってるのに」


 シオリが至極もっともな意見を述べたが、ルイーズはふふんと笑い、


「あははは! このくらい大丈夫よ! 何たってあたしは、以前もっともっと派手にやらかしたのを修理してるからね! じゃあお二人さん、ちょっち待っててねん。この船固定したら、早速マンガ喫茶に連れてってよ!」

「あ、ああ。まあ、別にいいけど」


 僕としては断る理由はなかった。ルイーズは本当に僅かな時間で船だった物が流れないように固定する作業を終えた。

 そしてカバー達が元気に働いているマンガ喫茶に彼女を案内することになった。

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