第26巻 勇者が……

「ええー! 何これぇ。すっごいじゃなーい!」


 マンガ喫茶に招待して間もなく、自称海賊女は目をキラキラさせていくつものマンガを読み漁っていた。休みだというのに、結局僕とシオリはここにきてしまったわけで。


「リーベルさん、シオリさん、休みの日までお客さん連れてくるなんて、仕事熱心ですね!」


 カバーはあっけらかんと笑ってる。


「いやー、僕としてはさ。来るつもりはなかったんだけどね。ちょっとそちらの海賊風の人が、どうしてもって聞かなかったんだ」

「なんだかパワフルな人だよね」


 シオリはちょっとルイーズに戸惑っているようだ。まあ、長居してくれればそれだけお金をいただけるし、きっとそのうちすぐ去っていくんだろうな、と僕は考えていた。


 ◇


 それから一週間後のこと。


「あたしさ。やっぱり海賊王を目指そうと思うの。ねえ、アンタ達誰か船員にならない?」

「断る」

「はや! ちょっとは迷いなさいよ」


 僕が即答すると、いつものカウンター席に座っていたルイーズは頬を膨らませる。まさか当店一番の常連になってしまうとは思わなかった。


「ねえルイーズさん。船はもう修理できたの?」


 海賊風の客が注文したコーヒーを持ってきたシオリが、不思議そうに首を傾げながら聞いている。確かにそれは僕も疑問に思っていたところだった。


「バッチリバッチリ。あと二ヶ月くらいで直ると思うわ」

「えー? そんなにかかるんだ」と素直に驚くシオリ。

「僕としては店が儲かるからいいけど、そんなにダラダラしてて大丈夫なのか?」

「大丈夫よぉ! それにあたしはこの店がとっても気に入ったの。ルイーズ海賊団のアジトにしてもいいくらいに」


 喫茶店をアジトにする海賊ってどういうことなんだ。ただ不思議なことに、彼女は自分の素性についてはあまり語りたがらず、出身とかいろいろ聞くと大抵ははぐらかされる。


 もしかして海賊として色々犯罪に手を染めているのでは? なんて言う店員もいたが、僕は違うと思う。悪い奴はもっと陰湿な空気をどこかで発してしまうものだが、彼女にはそれがないんだよ。冒険者をそれなりに続けている僕には、ある程度悪い人間とそうでない人間が嗅ぎ分けられるようになっていたんだ。


「それにしても、今日も平和だなぁ」


 二階のスタッフルームに戻り、僕とシオリは休憩を取ることにした。二階の窓を開けて景色を眺めていると、心が穏やかになってくる。


「本当に、毎日が夢みたい。リーベルが帰ってきてくれてから」


 隣に並んだシオリは、陽光に照らされて横顔が光って見えるほどだった。


「最近になって思うよ。追放されて良かったかも、ってね。きっとあのまま冒険者として活動していても、僕は大した結果を残せなかっただろう。悔しいけれど、僕のパーティはみんな優秀だったしこれからも成長する。だから、置いてけぼりになる悔しさを痛感するような未来になっていたかもしれない」


 しみじみ言うと、シオリはぶんぶん首を横に振る。


「そんなことないよ。きっと冒険者としても上手くいっていたと思うの。でも、マンガ喫茶のほうが平和だし、リーベルには似合っているのかもね」


 そうかもしれない。僕はいつも庇ってくれるシオリの言葉が嬉しくて、そして照れくさくて視線を外した。


 同時に心臓が止まりそうになった。


「うわあ!? あ、あいつ……」

「え? どうしたの!?」


 僕は確かに見たはずだったんだよね。遠くの民家の陰から、赤い服を着た幽霊が立っていたはずだった。でも、パッと消えてしまったようだ。


「いや。なんでもない。多分気のせい……多分」


 シオリは頭に疑問符が浮かんでいるようだったが、正直に幽霊のことを伝えたらきっとパニックになるだろう。ああ怖い。


 そうだ! ヒナはプリーストのことを紹介してくれるんだろうか。でも、もう随分と時間が経っちゃってるから、ダメだったのかな。


 返事もまだないし、きっと相当忙しいのだろう。もしかしたら、アイツに会えるのは何年も先になるのかもしれない。


 ◇


 勇者ヒナが率いるパーティは、久しぶりに大きな依頼を達成し、とある酒場で祝勝会を開いていた。


 ここのところ勇者パーティは調子を取り戻し、五割程度だった依頼達成率がぐんぐん上がってきている。理由はなんと言っても、ヒナがやる気を出すようになったことだろう。


「じゃあじゃあー! 乾杯するよぉ。あたし達の更なる発展を祈って! かんぱぁーい!」

「「「乾杯!」」」」


 盗賊シーの掛け声と共に、ヒナやビエント、アルコバとディナルドも乾杯をした。ヒナだけはまだお酒を飲めないのでジュースだったが、他のみんなは既に勢いよくワインを喉に流し込んでいる。


「くうう! 堪らぬ。しかし勇者よ。最近の君は本当によくやっているぞ。そしてまさか、君のほうから飲み会を開きたいと進言するとは」

「あはは……まあねー。ほらほら、じゃんじゃん飲んで!」


 ビエントは勇者に進められるままに酒を口に運んでいく。


「しかしよお。どうして勇者は最近やる気になったんだ? なんか熱くなれるようなことでもあったか?」

「確かに。勇者様は急に変わられたような気がします。目標をしっかり決めている人の眼差しといいますか……」


 アルコバとディナルドも気になるところだったらしい。ヒナは微笑を浮かべて、


「別に。ヒナは勇者だから、ちゃんとしなきゃって思ってね」

「ヒナー! あたし、感動しちゃったぁああ! やっぱりアイツをついほげ!?」


 口を滑らせかけた盗賊を、テーブルの下で賢者が杖で突っついた。


「つい? 何ー?」

「何でもないぞ勇者よ。さあ、君も沢山食べたまえ。これから我々はどんどん忙しくなるからな! はっはっは!」


 ビエントは自らの算段がきっちりとはまってきたことに喜びを隠せない。シーは早々に酒瓶を空にしてアルコバと酒の強さを競い合っており、ディナルドもいつになく上機嫌に笑っていた。ヒナはいつものおてんばぶりが嘘のように、みんなに酒をついだり料理を分けたりしている。


「まさか勇者がこれほどの成長を見せるとは、それに……して……も」


 ビエントは、唐突に視界が真っ暗になったような錯覚を覚えた。


 ◇


「むにゃむにゃ……アーンタ、この財宝は全部あた……し」

「ぐうぐう。食いてえ。もっと飯が……」


 一番騒がしかったはずの勇者達の席は、小さなイビキが聞こえるのみだった。店主が彼らの側にやってきて、一人一人体を揺すり始める。


「お客さーん。もう店じまいですよぉ! 朝になってます。ほら、起きてくださーい!」

「ぐむ……朝だと? 私は眠っていたのか」


 ビエントはいつの間にか意識を失っていた自分を恥じつつも、仲間達の様子を伺う。アルコバはいびきをかいて豪快に眠っているし、シーも同じようなものだった。ディナルドも猫背の状態でうつらうつらとしている。


「む? 勇者は何処に行った?」


 店主と共に仲間達を起こしながら、賢者は酒場の中で勇者を探すが見つからない。


「一体どうしたと言うのだ! お前達起きろ! 勇者を探すぞ!」

「ええー? きっとトイレだよぉ。気にしなくてもダイジョーブ! あたしお肌の調子が良くないから、今日は冒険は休みにさせ、」

「まさか……勇者! シー、のんびりしてる場合じゃないかもしれないぞ」


 アルコバは嫌な予感に駆られて立ち上がった。ディナルドも表情がみるみる強張っていく。賢者達は突如いなくなってしまった勇者を探し続けた。


 酒場、冒険者ギルド、町の広場や公園。最後に戻った宿屋で、シーはとうとう手がかりを見つける。それは勇者がみんなに向けて書いた手紙だった。

 勇者が借りている部屋の丸テーブルに置かれた羊皮紙には、こんなことが書かれている。


【リフレッシュ休取ります。期間は無期限かなぁ。探さないでください】

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