第27巻 勇者を追いかけて

「期間は無期限かなぁ……ではなぁーい!!」


 羊皮紙を破らんばかりの勢いで掴むビエントが叫び声をあげる。シーやアルコバ、ディナルドは呆然と佇むしかなかった。無理もない。勇者パーティのリーダーが、唐突に行方をくらましてしまったのだから。


 それからしばらくビエント達は町中を探し回ったが、彼女は見つからない。煮詰まってしまった彼らは、とあるカフェのテラス席で緊急会議を開いている。


「どうして勇者は突然失踪したのだ!? 私達との冒険に不満があったわけではあるまい? 普通は休みを取りたいなら一言いうはずだぞ」

「まあ落ち着けよビエント」

「アルコバ! これが落ち着いていられる状態だと思うか。私達は勇者パーティだ。勇者が抜けてしまったら何のパーティになるのだ? ええ!」


 戦士は背もたれに体を預け、賢者の興奮気味の話に嫌気がさしたと言わんばかりだ。


「ねえねえ! もしかしてさぁ。帰っちゃったんじゃないの?」


 シーは明らかに動揺が顔に出ている。ディナルドはどう反応して良いか分からず、ただ俯いていた。


「帰っただと? ま、まさか……」

「あのシスコン勇者のことだからさぁー。お兄ちゃんが恋しくなって、アザレアに帰省するっていうのはあり得るんじゃん。っていうか、絶対そう!」


 この話を耳に入れ、アルコバは前屈みになって話に参加する。


「おいおい。それってヤバくねえか」

「あの、何がヤバいのでしょうか?」


 ディナルドはリーベルを追放した経緯を全くと言っていいほど知らされていない。ヒナとほぼ同じような説明を受けていただけなのである。


「まずい。確かにまずいぞ! このまま勇者が地元に帰り、兄と合流するようなことがあったら、私達が奴を追放したという事実が明るみに出る可能性がある!」

「どうすんのぉ? もしあたし達が嘘吐いてたことがバレちゃったら」

「やべえ! 多分勇者に殺されちまうぜ。俺達四人とも」


 ディナルドはほとんど訳が分かっていなかったが、自分が数に入れられていることに違和感を覚える。


「あ……あの。私もでしょうか?」

「そうだディナルドよ。君は関係ないと思っているかもしれないし、私も事細かに詳細を伝えるつもりはない。なにしろ長い話になるからな。ただ一つ言えることは、勇者は恐らく見境なく我々を襲うことになりかねんということだ。君も含めて」

「ええ!? ちょ、ちょっと待ってくださいよ」


 シーが両手を振りながら話に割り込む。


「ちょっとちょっと! 呑気な話してる場合じゃないってーのっ! 何とかして勇者を止めなくちゃ。もしかしたら今頃港町に向かっちゃってるかもだよ」

「どうすんだよ! お前らがアイツを追放したからこうなってんだぞ。何とかしろ」


 アルコバはいつになく必死な顔になっていた。


「お前らがって何さぁ! アーンタだって大賛成してたくせに!」

「うるせえ! いつもピーピーお前が喚くから、仕方なく賛成してただけだ!」

「こんの脳筋野郎! あたし達に罪を背負わせようったって無駄なんだからね!」

「二人ともやめないか! 今は冷静に対処をするべきだ」


 険悪になりつつある二人の間に入り、ビエントは何とか事を収めようとするが、二人はいまだに火花を散らしているようだった。


「こうなったら致し方ないだろう。我々も動くほかあるまい」

「すみません。動く、というのは?」

「……アザレアに向かおう」


 ビエントは冷静に話しているつもりだったが、落ち着きなく指先をテーブルの上で動かしていた。


「ちょっと待ってよぉ。アザレアに向かってどうする気ー?」

「決まっているだろう。勇者よりも先に、リーベルに会いにいく。そして、口封じをするのだ」

「ははは! つまりはあれかぁ。ぶん殴ってでも黙らせようってことか」

「殴るような真似はしない。ただ、アイツのことだ。どうせ生活にも困っているに違いない。いくらか金を懐に忍ばせてやれば、我々の言うことも聞くに違いない」


 シーは先ほどまでの狼狽が嘘のようにはつらつとした顔になり、


「いいねいいねー! あーの男のことだから、コロっといっちゃうね! でも、ヒナより先にアザレアに向かうなんてできんの?」

「転移の羽根は残ってたか? 普通に追いかけて行ったらまず無理だぞ。もしかしたら既に船に乗っているかもしれないぜ」


 アルコバもどうやら従うつもりらしい。しかし、ビエントは髪を掻き分け首を横に振る。


「リーベルに使ったもので最後だった。次に手に入るのはいつになるか解らん。なにしろ貴重な品だからな。だが案ずるな。我々魔導の世界に生きるものには、それなりにツテもあるのだよ。準備は必要だが、おそらくは彼女より早く、我々はアザレアに到達するだろう」


 言い終えてから賢者は立ち上がり、一人歩き出した。


「ちょっとぉ! 何処行くの?」

「移動型魔法陣の準備だ。完了次第君達を招集する。それまでは待っているように」


 四人はそれぞれに不安を抱えていたが、アザレアに到着さえすれば……ヒナに先んじてリーベルに会うことができれば全て上手くいくと考えていた。


 ◇


「ふあっくしょい!」


 船の中にいた僕は唐突にくしゃみをしてしまった。誰かが噂でもしているのかなぁ。

 実はルイーズは船の修理と同時に、いらなくなった物を処分したいらしく、僕は手伝いを頼まれていたというわけ。


「リーベル! これなんてどーお? あたしの自信作なんだけど」


 そう言いながらルイーズは、銀色に光る大砲を僕の前に出してきた。


「うん、いらない」

「ええー。いいじゃーん。大砲のある喫茶店って、格好良くない?」

「全然かっこ良くないよ! 物騒だし似合わないだろ」


 さっきからこんな感じで、特に役に立ちそうもない物品ばかり。何だか疲れてきちゃった。


「しょーがないなー。じゃあこれは? あたしのお気に入りだけど、一丁くらいは売ってもいいよ」


 次に海賊風の娘が提示してきたのは、懐に納めていた小筒みたいな武器。僕は首をかしげた。


「うん? それってもしかして武器なのか?」

「そうよ。まああたしが考えて開発までしたんだけどね! マジック・シューターよ」

「マジック・シューター?」


 ルイーズはふふん、と鼻を鳴らした後その手持ちサイズの銀色でオシャレな武器をくるくると、器用に指先で回してみせた。


「そうよ! この銃口から魔法を放つことができるって代物なの。どんな魔法も光線状に鋭角化して威力が増すようにできてるわ」

「え……何それ凄い。もしかして、僕でもそれを使えるのか?」


 聞くほどにロマンを感じる武器じゃないか! しかもデザイン的にもかっこいいし、使ってみたい。


「残念! これはあたしみたいな攻撃魔法の心得がないと使えないのよ。でも、売れば相当なお金になるんじゃない?」

「そっかー。じゃあ僕には使えそうにないなぁ」


 ルイーズはどうやら魔法も扱えるらしい。詳しい素性は教えてくれないけれど、一体何者なんだ。ただ、このマジック・シューターは売れば相当な儲けになるかもしれない。

 親父に相談すればけっこうな利益を生み出せるかも、なんて考えていたら、


「じゃあこのマジック・シューターをあんたにあげる。ただし、大砲とかも一緒にね」

「え、大砲はいらないんだけど……」

「ダメー。抱き合わせじゃないとあげないわよ」


 ちゃっかりしてるなぁ。僕は仕方なく、他の備品も含めて受け取ることにした。


 ◇


 僕らは召喚した魔物達の力を借りて、巨大リヤカーに乗せた大砲達をマンガ喫茶まで運搬していた。


「ギギ! ギ!」


 ゴブリン達は意外と力持ちだから助かっている。五体召喚したので、僕とルイーズはほとんど手伝う必要がなかったんだ。


「リーベル、お帰りー。あら、それって?」


 シオリは入り口のドアを開けるなり、顔に戸惑いの色を浮かべていた。


「ただいま! 実はさ、この物品を売ろうと思っているんだ。一旦この辺りに仮置きしようと思ってて」

「そうなのよ! いやー、助かったわ。そろそろ壊れ……ゲフンゲフン」

「今、かなり聞き捨てならない言葉が聞こえたんだけど!?」

「な、何でもないわ! ちょっと使用に難が出てきそうな兆候が出ているだけよ」

「売り物としてアウトじゃないか!」

『マンガ喫茶に装備しますか?』


 ……ん? 最後の声はシオリでもルイーズでもなかったぞ。


「へ?」

『マンガ喫茶に装備しますか?』


 そうだった。マンガ喫茶の謎の声だ。装備ってどういうこと? とりあえず返答してみる。


「はい」


 答えた矢先だった。リヤカーに積んでいた武器一式が瞬時に消え、マンガ喫茶が唐突な光に包まれていく。そして店の中央やそこかしこに、大砲や錨、旗、マジックシューターが設置されてしまったのだ。


「ひゃああ!? り、リーベル……お店が!」案の定ビックリするシオリ。

「う、うん。装備しちゃったねえ」

「ちょっとちょっと! いきなりどうしたちゃったのよコレェ!?」

「ギギ! ギギギー?」


 ルイーズもゴブリン達もビックリである。その後どうやら付け替えができるらしく、一旦装備を外してはみたのだけど、どんどん店がおかしな方向に進んでいる気がしてならなかった。

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