第14巻 動き出す商人達
商人バルデスと大魔導シュピールが出会ったのはほんの数ヶ月前のこと。
土地を支配していた貴族が没落してしまい、国王は彼が所有していた土地のほとんどを一般人が購入することを認め、小さな土地であれ商人達は必死になって買い漁ろうとした。
その中でとりわけ多くの土地を買い、大事業に乗り出そうとしているのがバルデスである。彼は強い野心家であり、自分自身の利益のみを最優先にして生きてきた。
土地を買うにあたってはどんな手も使い、また買い取れない土地に関してもあらゆる手段を使って奪い取ってきた。奪われた人々がその後どんな
特に彼が好んで行ったのは、シオリや彼の父親にも使っていたゴロツキを雇っての脅迫、及び嫌がらせだった。ただ、もし雇った連中が失敗をして捕まった場合、自分に捜査が及んでしまうこともある。そんな時に彼が頼ったのがシュピールである。
バルデスとシュピールは港町の汚い路地裏で出会った。初めは貧乏な酔っ払いが話しかけてきたと思い無下に扱うつもりだったが、老人はとにかく魔法が達者であり、行くあてがないから助けて欲しいと懇願された。
彼の魔法は素人であるバルデスでも高度なものであるとすぐに理解できた。その魔法のほとんどは人目に知られることもなく実行できるものばかり。ここに彼は目をつける。好都合な手駒がまた自分の元にやって来たと、内心ではほくそ笑んでいたのだ。
貴族の物と相違ないほど立派な屋敷の地下室で、バルデスとシュピールは時折顔を合わせては密談をする。
「シュピールよ。あの土地を所有している男と娘、追い払う手配はできたかの?」
「不可能ではありませんが、バルデス様。今回はいくつか問題がございます故、簡単にはいかぬかと」
「問題じゃと? 一体何があると言うのだ? たかがやつれた男と小娘ではないか。威勢の良い小僧が一人増えたとは聞いているが、それがどうしたと言う!」
書斎のテーブルに足を放り出しながら、バルデスは声を荒げた。シュピールはいびつな表情でソファに腰を下ろしたまま、小さくため息をこぼしている。
「私はまだその小僧とやらに会わずじまいでして。まだ知らないことばかりですが……かの者が新たな店を開店させたことは存じてます。どうやら変わった書物を読むことができる喫茶店のようです」
「くだらんな! ワシは忙しいのだ。些細なことには構ってられぬ。あの土地は何としても必要だ。これからあそこに大きな商業施設を建て、港町や王都の連中までも一気に呼び寄せてやるつもりなのだ。奴の土地は丁度ど真ん中にあるからこそ、邪魔でたまらぬ!」
「実は、あの店から強大な魔力を感じるのです。町外れからでも感じるほど強く。恐らくですが、Sランク級の腕前を持つ冒険者などが常駐しているかと」
シュピールの一言に、バルデスは少しの間言葉を失った。冒険者にはそれぞれ与えられている称号があり、SSランクが最も高く、Sランク、A、B 、Cと続くように定められている。Sランクは世界中でも十数名ほどしかいない、破格の実力者であると言われていた。
「何だと? こんな街に、Sランクの冒険者がいると言うのか? それも、あやつらの店に常駐していると?」
「断言まではできませぬが……可能性は大いにあります。下手に賊を差し向けようものなら、手酷い返り討ちに会うことでしょうな」
「ぬくく! 何とかならんのかシュピール。ワシの計画はもう動いてしまっておる。他の商人どもや貴族達に、今更辞めますなどとは口が裂けても言えん」
小さな老人は、その曲がった背を震わせている。バルデスは老人が笑っていると気づくまでにいささか時間がかかった。
「くふふふ。しかし問題はありませぬ。金を握らせ説得することも不可能。賊を差し向けて脅すことも不可能。ならば、彼ら自身が自ら手放したいと思えるように、事を進めれば良いだけのこと」
「あやつら自身が手放すだと? あるのか? そんな方法が」
老人は室内でも黒いローブを被り、商人の目には顔が見えなかったが、瞳だけが光ったような錯覚を覚える。
「ケヒヒ! ええ、ええ。ありますとも。今回は私から一人招待する形にはなりますが、手配をお願いできますかな」
「言ってみよ。ワシにできることならすぐに準備する。必ずあの連中を追い出して、ワシの計画を成功に導け! 良いな!」
シュピールは小さく頷き、目前にある羊皮紙に筆を走らせ始める。バルデスは羊皮紙を受け取ると、早速召使いを呼んだ。
老人は商人の屋敷からゆっくりと、散歩でもするように去っていく。たった一人でシワだらけの顔をした男は笑っていた。
「誰が相手だろうと、尻尾を巻いて逃げるに決まっている。くくく……」
ふと、シュピールは懐から小さな宝箱を取り出して中を開く。小さいが希少な宝石が沢山しまわれている中、不自然に赤く曲がったナイフを手に取る。
「私は欲しいものは絶対に手に入れる。あの女は私が貰う。絶対にだ」
手にした妖艶なナイフはまるで彼の心を現しているようだった。それから間も無くして、マンガ喫茶に異変が起こり始めることとなる。
◆
バルデス邸から送られた手紙は、一日と経たずにとある洋館のポストに放り込まれた。夕日が落ちて、残りの作業を済ませようと急ぐ配達員が去った後、周囲に大きな突風が巻き起こる。
ポストの中が開いて中身が飛び出した。
風に揺られた手紙は、まるで導かれるように洋館三階の窓に入っていく。そしてまるで全てを見越していたような指先が、闇の中で紙をつまみ取る。
「珍しーじゃん。あのジジイから頼み事なんてさ」
よく通る少女の声がした。部屋の中は黒で染め上げられたよう。彼女の声だけが室内に響いている。
「へえー! 何それ。マンガ喫茶だってよぉ。なかなか面白そうじゃん。しかし、今回は運が悪かったねー。怖くて怖くて堪らない。とってもヤバい奴が来店しちゃうんだからさ。てえへんだなぁ!」
白いカーテンが揺らぎ、少女はクスリと笑う。
「あはは! ごめんごめん。ちょっとばっかり失礼過ぎたよね。そう怒らないでよ。じゃあ、頼んだよ」
彼女の言葉が伝わったかのように、白いカーテンはまた大きく揺らいだ。
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