第15巻 恐ろし過ぎる!

 あれから一週間が経ち、仕事は少しずつ安定してきたように思える。


 僕がしたことと言えば、急いで店員を何名か迎え入れたことと、繁盛に伴ってみんなの給料を上げたことくらいだけれど、それでもシオリやカバー達はとても喜んでくれた。


 で、たった一週間でマンガ喫茶のステータスは凄いことになってたんだよね。こんな感じに。


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 マンガ喫茶 Lv32(+15)

 名前:ブルーバード

 所持設備Lv8

 店員:4名

 攻撃:1692

 防御:1335

 移動速度:516

 サービス力:1083

 魔法数:40

 売り上げの詳細は【コチラ】

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 意味があるのか解らないけど、攻撃力とかとっても高い気がする。

 あれからマンガも沢山召喚してるんだけど、どうやらその度にステータスが上がってるし、お客さんが入るごとに何かが変化してるみたいなんだよね。


 ちなみに明日はお店を休みにしてる。いずれは毎日営業にしようかと思うんだけど、まだ人員が足りてないし問題も多い。それにいろいろ新しいサービスも考えていく必要があって、まだまだ店は改善の余地があるんだ。


「リーベルおはよー。ねえねえ、二階ができちゃってるんだけど!?」


 スタッフルームに駆け込んできたシオリは、朝からかなり興奮気味だ。


「うん。実はスペースが広げられるようになったから、やってみた。僕もまさかサクッと二階が作られちゃうなんてビックリだよ。諸々の設置は終わっているから、今日から使用できるよ」

「すごーい! どんどん発展してる気がする。流石だねっ」


 ピンクのエプロンを着たシオリのガッツポーズを見て、僕は何だか照れくさくなってしまう。


「みんなのおかげだよ。僕はほとんど何もしてないから」


 シオリは細い首を横に振ったけれど、結局みんなの助けがあったから上手くいっているわけで。


 でも、このまま全てが順調に進んでくれたらいいなって思っていた矢先、奇妙な事件に巻き込まれてしまうなんて、僕らは想像もしていなかったんだ。


 ◇


「今日もお疲れ様ー!」

「「「お疲れ様でした!」」」


 とりあえず、閉店後にはいつも終礼をやるようにしている。商人である親父曰く、こうして毎日こまめに近況報告と相談、意思の疎通を欠かさないことが大事なんだって。

 それは冒険者にも言えることだけど、こうして朝礼とか終礼とか決めているようなパーティはほとんどいない。あまりキチッとした風にしたくないっていう人が多いんだ。


「今日、本当に二階スペースが人気でしたよ。やっぱり見晴らしがいいからっすね」


 一階のお客さんが使ったスペースを掃除していると、カウンターの整理をしているカバーが楽しそうに声を弾ませている。


「アザレアはとにかく景色が美しいことでも有名だからね。ノゥーブの森とか龍紋章の谷とか眺めながら、ご飯食べてマンガを読めたら楽しいんだろうなぁ」


 僕もまだ経験していない。明日にでも試しみよう。


「ですね! 新しいお客さんも増えてる気がするっす!」

「ビラ配りとかしてもらってるからね。出費はかさむけど、効果はバッチリみたいだ」

「リーベルさんのおかげで仕事も楽ちんですよ。カウンター業務って普通はけっこう時間かかるんですけど、今日だってもうすぐ終わりますし、とにかく感謝です!」


 カバーはいい人だな。この調子ならもっと拡張してもよさそうだ。もしかして三階も設置できるのかな? なんて考えていると、


「きゃああー!?」


 という悲鳴が聞こえてきて体が縮み上がる。


「リーベル! カバー君! は、はわわわわ!」


 腰を抜かしそうなシオリが青い顔で部屋に駆け込んできた。


「どうしたんだ? そんなに慌てて」

「で、で、で」

「落ち着いてくださいシオリさん。まずは水を」


 カタカタ震えながら水を飲むシオリは、もう完全に怯えきっている子犬みたい。怖がっている人を見ると、なんで自分まで怖くなってくるんだろ。


「二階をお掃除していたんだけど……女の人がいたの」

「え? お客さんが残っていたのか」

「ううん! 違うの。なんか、なんか! ……幽霊みたいだったの」


 幽霊? 僕は正直信じられなかった。


「ええ? 幽霊だって? ちょっと待って。幽霊ってあれじゃないか。普通何かの怨念とかさ、過去にいろいろあって生まれる存在だと思うんだが、二階ができたのは今日だよ」

「で、でも……ホントにいたんだよっ。赤い服を着てて、髪が長くって、生気がないみたいに青白い顔してて……ひゃああ!」


 思い出しただけでプルプル震えるシオリ。昔から怖いのは特に苦手で、肝試しの時は世界が終わったみたいな顔になてたっけ。


「でも、やっぱりお客さんが帰ってないだけかもしれませんよ。一度見にいくべきかと」

「そうだね。じゃあみんなで確認しに行こうか!」

「あ、でも自分。カウンター業務がまだ残ってて、時間かかりそうなんで」

「さっきすぐ終わるとか言ってなかった?」

「じ、自分の目算が違ってたみたいですね」


 さてはビビってるな。しかしながら僕も人のことは言えない。内心ガクブルである。


「解った。じゃあシオリ、二人で行こう」

「え、えええ。私も行くの?」

「だって、もし二階の女子トイレに入っていたら、僕が見に行けないよ」


 もしお客さんがトイレに残っていたら、男の僕が入っていったら訴えられちゃうかも。シオリは絶望感たっぷりの顔をしているから申し訳ないけど、ついてきてもらうしかない。


「怖いー。絶対離れないでよ」

「大丈夫大丈夫。じゃあ行ってみよう」


 というわけで二人で階段を登っていくと、特に何の変哲もない二階の光景が広がっていた。並べられた木製のテーブルや椅子、観葉植物や本棚に至るまで、特に問題はなさそうに思える。


「別段、普通じゃない?」

「で、でもでも! いたの。さっきホントにいたよ!」


 シオリは必死に僕の腕を掴んでいて、もう離れようとはしない感じだった。足取りもちょっとおぼついてなくて、なんか生まれたての小鹿の面倒をみている感じ。


「うーん。とりあえず他にお客さんが残っているとしたらトイレだけだな。そこだけ見て終わりにしようよ」

「う、う、うん」


 男子トイレのチェックはさっさと終わった。まあ女の人ってことだから、こっちにはいないだろう。あとはシオリが女子トイレをチェックするだけなんだけど、戻ってきたらまだ部屋の中央で固まってる。


「大丈夫?」

「大丈夫、大丈夫っ。超大丈夫……」


 全く大丈夫そうには見えないが、亀みたいな速度でトイレに近づいてる。そんな可愛らしくもある仕草を見て苦笑いした僕は、チェックが終わるまで外の景色を眺めていることにした。


 そういえばカーテン閉めてなかったな、なんて呑気なことを考えていると、突然ふっと部屋の灯りが消えた。


「ん!? なんだ?」

「ひゃあああー!」

「し、シオリ。落ち着いて、落ち着いて」


 腰が抜けてしまったようにその場にしゃがみ込むシオリに駆けつけ、とりあえず手を差し伸べる。


「なんで急に灯りが消えたんだ? あれ……」


 ランプの火が消えてしまったらしい。おかしいな。


「あわわわわ! 出ちゃう、出ちゃうう。お化け」

「大丈夫大丈夫! とにかくトイレだけ見れば終わりだから。シオリ、頑張って」


 ここはもう励ますしかない。僕の恐怖も膨らみつつあるのだが、怖がっている姿を見せるわけにはいかない。


「う、うん! 頑張る」


 再び亀のような前進が始まる。僕は途中まで寄り添うことにする。そしてドアの目前までやってきた時だった。


「ひゃああああ!?」

「シオリ、それはドアだよ」

「あ、ホントだ」

「落ち着いて。あとちょっとだよ」

「う、ううう」


 恐る恐る小さな指先をドアノブにかける幼馴染の奮闘を、とにかく見守る。いよいよドアが静かに開かれた。


「ひいいいっ!?」

「開いただけだって!」


 ドアが開いただけで腰を抜かしそうになってる。彼女の怖がりは全く治っていなかったらしい。その後、女子トイレをチェックしてもらったが、お客さんの姿はなかった。


 カバーが帰った後、マンガ喫茶に施錠をして帰路につく中、シオリは非常に気まずそうな顔をしてこちらを見上げていた。


「ごめんね! ホントにごめんね。でもいたんだよ。女の人……」

「もしかしたら、僕らが騒いでる間に帰ったのかもよ。気にしないでいいよ」


 迷惑をかけたと思ったのだろう。普段よりおどおどした感じのシオリを僕はなだめる。怖かったみたいだから、今日はお家まで送ろうか。

 とにかく何事もなくて良かったと安心していたが、そう言えばカーテン閉めてなかったなぁと気づく。


「二階は、もうちょっと落ち着いた色のカーテンのほうがいいか、」


 唐突に振り返り、二階の窓を確認した時僕の足は止まった。


「う、うわああ!?」

「え!? なに、なにー!? きゃあああ!」


 なんてことだ。これは錯覚では絶対にない。


 赤い服を着たいかにも幽霊な女が、二階の窓の向こうで笑っていた。ちょっと待ってくれ……これはホントにヤバイ奴だ!

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