第16巻 心強い助っ人が!
僕は肝試しは苦手なほうじゃなかったけれど、まさか本物と遭遇するなんて。
あの赤い服と長い髪がとにかく怖いんだよ。なんていうか、湿っぽさと強い怨念めいたものを感じてしまう。かなり上級に位置している存在ではなかろうか。
怖すぎて今日は一人で眠れないかもとか考えたが、そういえば僕にはぱんたがいたんだ。ああ良かった!
で、家に帰ってリビングで早速幽霊のことを親父とおふくろに話してみると、意外にも二人は冷静だったんだよ。
「幽霊か。まあいるだろうな」
「ええ、ええ。幽霊くらいは出ることもあるでしょうね」
「へ!? ちょ、ちょっと待ってよ。どうして二人ともすぐに信じられるんだ!?」
向かいに座っている親父は、物流関係の書籍か何かを難しい顔で読みながらクスリと笑う。
「リーベル。お前は冒険者だろう? スケルトンだって召喚できるお前が、どうして幽霊の存在に驚くことがあるんだ」
「スケルトンは確かに幽霊とかに属してるかもしれないけど、実体はちゃんとあるじゃないか」
それに、どこからともなくフワーって出てきて脅かしたりはしない。僕は服の中で気持ちよく寝ているぱんたの頭を撫でながら、さっき見た不気味な青白い顔を忘れようと努める。
「お母さんの頃は幽霊なんてどこにでも出没していたものよ。いつもプリーストが浄化していたけどね」
「プリーストかぁ。うん、確かに聖属性魔法を扱える人がいればなんとかなりそうだけど」
プリーストは回復魔法や補助魔法のプロであり、アンデットを浄化する魔法をも使いこなすことができる重要な職業なんだ。僕が元いた勇者パーティにはいなかったけれど、大抵のパーティに一人は在籍している。
「まあ、今この大陸にはほとんどプリーストはいないわね。平和すぎて活躍の場がないもの」
おふくろの言葉は至極当たり前だった。強い魔物が出没しないこの大陸には冒険者はほとんどいないし、プリーストも同じく出払っている。
欲しい。こんなにもプリーストを欲しているのは人生初なのかもしれない。
「なあ、オリジナルスキルで、【チェンジ】ができる人もいないのか? プリーストになれる人とか、実はいるのかもしれんぞ」
親父が何かに気がついたようにおふくろに声をかける。
「チェンジは本当にごく稀な人しか備わらないスキルですし、この大陸には一人もいないと思いますよ」
チェンジというのは、使用することにより自らの姿がまるっきり別人になり、今まで使えなかった能力が使えるようになる、というスキルなんだ。チェンジを覚えると、その人は本来の姿と、スキルにより授けられた新たな姿にいつでも変われるってことらしい。
ただ、残念ながら何処を探し回っても見つからないだろう。チェンジは珍しいけれども印象的なスキルなので、冒険者意外にも認知されている能力ではあるが、おふくろの言うとおり使える人間は本当にごく僅かしかいない。
話は戻るけれど、幽霊問題は本当に厄介だ。幽霊が出るお店なんて噂が広まったら、もうお客さんが来なくなってしまう可能性が高い。そうなったら僕らは仕事を失ってしまうかもしれないんだ。
幸いにして明日はお店が休日だし、僕は特に予定がなかった。なんとかして明日のうちに解決策を練らなくてはならないかった。あの幽霊は、お客さんに知られちゃいけない。
その夜はずっと考え事をしていて、なかなか寝つくことができなかった。
◇
次の日、早朝からシオリが僕の家にやってきた。
どうやら昨日よりは落ち着いたらしいが、なんだか元気がないように見える。
「大丈夫? なんか疲れた顔してるけど」
「うん……昨日全然寝れなかったの。あの幽霊を思い出したら、怖くって」
人一倍怖がりなシオリにとって、幽霊なんてまさしく天敵そのものだろう。そんな暗い顔した彼女に連れられて、僕はとある場所に向かっていた。
「ああ、教会か……」
「うんっ! とにかく神父様にお願いしてみようよ。きっと神父様なら追い払ってくれるかもしれないよっ」
今にも崩れそうな趣溢れる教会を見上げながら、僕はどうにも心細いものを感じていた。中に入ると、古ぼけた小さな女神像が佇んでいて、よろず屋で売っているような安い椅子が並べられている。
「神父様! お助け下さい」
入るなりシオリは自らも石像になってしまったみたいに動かない神父様に駆け寄る。
「え? ああ……懺悔ですかな」
「違います。幽霊がお店に出たんです。神父様のお力で祓ってほしいのです」
「ああ! お告げを聞きに来られたのですな。しばしお待ちを」
「違いますー。幽霊です! 幽霊!」
「なんと! 毒に犯されたのですか。では解毒の魔法を」
「違いますってばー。お店に幽霊が、」
神父様、めちゃくちゃ耳が遠くなっちゃってる。話が通じたとしても、浄化の魔法とか使えなそう。シオリと神父様が話し込んでいる時、僕は教会内をぼーっと眺めていた。
少ないけれど、今日もお祈りにきている人はいるみたいで、四年前も八年前も見たことがあったようなおじさんやおばさんを見つけた。しかし、たった一人身に覚えのない女の子がいる。
年齢にしてヒナよりちょっと年下かな。金髪は肩まで伸びていて、紫色の修道服を着ている。いつからだろうか、じっと僕らを見つめているように思えた。
そして何を思ったか、ツカツカと真っ直ぐにこちらへとやってくる。見上げてきた幼さの残る顔には、冷静というより冷たそうな印象を抱いてしまう。
「……すか」
「え?」
「幽霊にお困りなのですか?」
意外とハキハキ喋れるんだなぁ。なんかしっかりしてそうだ。
「ああ、そうなんだよ。僕らのお店に幽霊が出ちゃってさ。なんとかしなくちゃって悩んでいたところなんだ」
「……できますよ」
「ん? 何が?」
「聖属性魔法なら扱えるので、退治できます」
「「え?」」
いつの間にか話を聞いていたシオリがパタパタと駆け寄り、すがるような眼差しを送る。
「本当!? 本当に退治できるの? この辺りじゃ見ないお顔ね」
ずっと町に住んでいたシオリも知らないんだ。ってことは最近引っ越してきたとか、王都や港町の途中で一休みしていた感じだろうか。
「はい。これでも……聖女ですから」
この一言にも驚いた。聖女なんて世界中でもほとんど存在しないのに。
「ええ!? 本当か。君は一体」
「……レイラーニといいます。まずは現場へ向かいましょう。除霊したら報酬は貰います」
「……解った! 聖女がついてくれるなら心強い。とにかくよろしく頼むよ」
名乗った後、マンガ喫茶に辿り着くまで彼女は一言も喋らなかった。寡黙で冷静な感じがするレイラーニと、怯えた小鹿みたいになってるシオリと一緒に、僕はマンガ喫茶へと足を踏み入れた。
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