第17巻 現れた幽霊

 もしかしたら当たり前かもしれないけど、幽霊っていうのは出てきてからじゃないと浄化できないらしい。


 レイラーニはそれだけ伝えると、マンガ喫茶二階の隅っこ席でマンガを読み始めた。だったら夜にもう一度来ればいいんじゃないかって提案したんだけど、彼女は首を横に振る。


「ねえリーベル。このままのんびり待っていて大丈夫なのかな。ふ……不意打ちとかされないよね?」


 シオリは不安で仕方がないらしい。それは僕も同じではあるが、なんとなくあの金髪の少女を眺めていると、実際なんとかしてくれるんじゃないかっていう気がしていた。


「きっと大丈夫さ。まだまだ若くても、聖女が言ってるわけだし。信頼して待とうよ」


 勇者や聖女、賢者といった職業は上級職と呼ばれ、普通の人間とは素質や能力が大きく異なっている。うちの妹も才能が開花してからは、それはもう怖いくらいの身体能力と魔法のセンスを身につけていったんだ。剣の練習相手をしていた時は正直キツかったよ。


 思えば僕が在籍していたパーティは本当にLvが高かったし、将来性も高かったように思う。ビエントも僕らよりはずっと優れた魔法の使い手ではあるし、シーは罠を見抜いて解除したり、扉や宝箱を開けたりと活躍の幅が広かった。アルコバは素手でも武器でも、恐らくはSランクに匹敵するくらい強いだろう。


「ううう、怖い……」


 まだ昼間だというのに、シオリはビビりまくっていて、とにかく僕かレイラーニの近くから離れようとはしない。


 緩やかに時間は流れていき、太陽はいつもどおりに沈んでいく。


 ◇


 いよいよ夜になり、僕らは少々重苦しい空気の中、奴が現れることを待っている。シオリはもうこの世の終わりみたいに顔まで青くなってるけど、レイラーニは涼しい顔でマンガを読む手を止めようとはしない。


 そろそろ来るかもしれないと緊張していると、服の中で眠っていたぱんたが起きて飛び上がった。


「キュー」

「ひゃああああ!?」

「シオリ! ぱんただよ! 落ち着いて!」

「あ、ほ……ホントだね。良かったぁ」

「叫ばないで下さい。うるさいです」

「きゃあああ!」

「シオリ! 今のはレイラーニの声だ!」

「あ! ご、ごめんなさい」


 小さな聖女様はちょっとだけ膨れた顔になって、またページをめくり始める。しかもよりによってホラーっぽいタイトルだ。どこかの学園の怖い話について描かれたマンガらしいのだけれど、本物が現れかねない状況で読めるのは肝が据わっているというか、なんというか。


 しかし、幽霊のやつはいつ出て来るんだろうか。待ち続けているのに現れる兆しすら見えてこないし、このままじゃ助っ人を連れてきた努力も水の泡になっちゃう。

 もしかして、聖女がいるから隠れているとか? 狡猾な幽霊なら退治する奴の前でわざわざ姿を現したりはしないか。


 だけど、いくつも浮かぶ不安は全て杞憂に終わる。昨日と同じように、あまりにも自然にランプの光がフッと消えてしまったから。


「きゃあーーーー!」

「キュキュ!?」」

「シオリ! ぱんた! 落ち着くんだ!」


 ぱんたはシオリの悲鳴にビビったみたい。突然真っ暗になってしまった部屋の中で、先程まではなかった気配を確かに感じる。

 僕は冒険の時に使用していた杖を手に取り椅子から腰を上げる。誰かしらを召喚するべきだろうか。ここで一応召喚できる魔物を確認しておきたい。


  =========

 ■現在召喚可能

 ・ヴィクトリア ♀54歳 ゾンビ

 ・ロブ ♂ 18歳 スケルトン

 ・ガルーダ ♀ 33歳 ミイラ

 ・ルンルン ♂5歳 スライム

 ・すら子 ♀3歳 スライム

 ・ランドルト ♂ 23歳 ゾンビ

 ・グレイン ♂ 24歳 ゾンビ

 ・ハイプロテクト 一定時間味方全員の防御力を上げる

 ・ハイマジック 一定時間味方全員の魔力を上げる

 =========


 うわああ。召喚魔法ってその時によって呼び出せる存在が変わるんだけど、今回のラインナップはかなり酷い。


 まず第一にゾンビは外すとして、スケルトンとかも呼び寄せるのは逆効果かもしれない。僕らの恐怖心を煽ってしまうのがオチだし、そもそも幽霊に物理攻撃は通じない可能性が高い。うん、どれも召喚するのはやめておこう。


 チラリとレイラーニを見ると、彼女はマンガをテーブルに置いて、植物みたいにじっとしている。シオリはもうガタガタしながら僕にくっついていた。


「……せ」


 最初は音が聞こえる程度にしか思えなかった。だが違う。


「………こせ」


 それはとても小さな呟きだった。耳を澄ましても聴き取れない声色が、室内のどこかからする。


「……引っ越せ」

「は、はわわわ」

「キュー! キュー!」


 シオリはもう失神寸前だ。そろそろやばいかもしれない。っていうか連れてきたの失敗だった! ぱんたは幽霊の存在に気がついているのか、仕切りに天井付近を飛び回っている。


「引っ越せ。引っ越せ。引っ越せ」


 うん。明らかに僕らに要求をしているようだ。なんて具体的なんだろう。


「引っ越せだと? なぜ僕らを追い出そうとするんだ! まさか、この土地に住み着いていたのか?」

「え、えええ! じゃあずっと私達と一緒に!?」


 シオリがガタガタ震えながらショックを受けている。余計なこと言うんじゃなかった。そして奴は本棚と本棚の間から、音もなく姿を晒した。

 やっぱり昨日見た女の人だ。長い黒髪に青白い顔、赤いワンピースのような服を着ている。そして足はあった。裸足のようだったけれど。


 こ、怖い……。勇ましく話しかけたはいいけれど、僕も逃げたくなってきちゃったよ。そんなことを考えていると、必死にしがみついていた小さな手から力が抜け、背中に柔らかい感触が触れてくる。


「あ!? し、シオリ! しっかりするんだ」


 ダメだった。振り返ると幼馴染が僕に体を預ける形で気絶してしまってる。とうとう恐怖に耐えられなかった彼女とは対照的に、聖女は勇ましく椅子から降りて前に出る。


「あなたがこの店に巣食っている悪霊ですね。退治しますから覚悟しておいてください」


 小さな聖女が瞳を閉じると、闇に染まった室内に幻想的な光が発現する。彼女の全身から少しずつ、小さな白い光が生まれ、やがて大きく成長をしていった。


 なんて神々しい光なのだろう。もしここに民衆が集まっていたら、みんなこの光の前に平伏してしまってもおかしくない。幻想的でどこか優しく、すがりたくなるような美しい輝き。ねっとりとした幽霊の接近が、はたと止まった。


 きっと奴はこの光に、聖属性魔法の発動に恐れているに違いない。

 いける! 僕は間違いなく勝てることを、この時は確信していた。

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