第18巻 幽霊を浄化せよ

 真っ暗になってしまったマンガ喫茶の中で、レイラーニはこれぞ聖女と言わんばかりの神々しい光を放っている。


 相対している幽霊からは表情が伺えない。僕とぱんたは両者の戦いを見守っていた。手伝えることがあるとは思えない。むしろ何かしらの行動をすることが邪魔になってしまう恐れがある。


 まとっている光が轟々と燃え盛る炎のように揺めき出した時、彼女はようやく瞳を開く。変化は一瞬だった。四方から突然現れた光の柱が幽霊目掛けて一直線に衝突する。


「ああ……!」


 微かにうめき声が聴こえた。間違いなく狼狽えているようだ。光の柱が幽霊を逃さないように取り囲んでいる。


「聖なる牢獄です。あなたは浄化されるまで、その檻から出ることは叶いません」

「やった! 閉じ込めたんだね!」


 思わず僕は声をあげてしまう。柱はいつの間にか完全に光の牢獄に変わり、その中心で幽霊は閉じ込められていた。中では容赦無く浄化の光が降り注いでいて、苦しそうに震えているのが見て取れる。不気味な痙攣を直視しているだけで全身の毛穴がゾワゾワしてきた。


「まあ、レイの手にかかればこの程度、どうということはありませんから。さて、報酬の件ですが」

「あ、ちょっと待ってくれ。シオリを何とかしなくちゃ。この幽霊って、あとどのくらいで消えるんだい?」


 彼女は恩人だ、しっかりとお礼をしなくちゃいけない。感謝の気持ちが湧き上がっている中で、レイラーニはふと三角形の華奢な顎を指で支え首をかしげる。


「おかしいですね。すぐに消えるはずなのですが」

「キュー! キュー!」


 ぱんたが忙しくなくパタパタ飛んでる。なんか怖がってるみたいだけど……。


「憎い。憎ぃい」


 幽霊の動きがどんどん激しくなっていく。さっきまであんなにも頼りがいを感じた光の牢獄が、ちょっとずつ、でも確実に黒いヒビが入り出してる。


「え!? ちょ、ちょっと待ってくれ。レイラーニ! なんか魔法が」

「破られますね」

「破られますって、ちょっと!? どうするんだ!?」

「悔しいですが、破られたらもう打つ手なしです」

「え!?」


 なんてことだ。僕らが喋っている間に光の牢獄は完全に崩壊し、黒い瘴気をふんだんに放つ幽霊が殺意を宿した瞳でこちらを睨む。


「殺すぅ……殺すぅ」


 引っ越せっていう感じじゃなくなってきた。殺す方向に考えを改めてしまったらしい。


「ま、まずい! 逃げるぞ!」


 完全に目が逝っちゃってて怖い。僕は必死にシオリを抱き抱え、レイラーニの手も引っ張って走る。一階の入り口まで駆け下り、必死にドアノブに手を伸ばした。

 でも、どういうわけかドアが開かない。


「あれ? 何でだよ。鍵はかかってないのに!」

「幽霊の仕業ですね。レイ達を外に出したくないようです」


 閉じ込められてしまった? 僕は焦りを感じつつ咄嗟に振り返ると、階段から細い裸足がひた、ひたと降りてくるのが解った。じっくりと追い詰める趣味でもあるのだろうか。加速度的に怖さが増してくる。


「くそ! どうにかしてあの侵入者を倒せないのか」


 ここは僕が何とかしなくちゃいけない。とにかくみんなを呪い死にさせるわけにはいかないんだ。強い焦りを感じていた、まさにその時だった。


『侵入者と戦いますか?』


 ……え? なんだって?


『侵入者と戦いますか?』


 あのマンガ喫茶のスキルを使った時に出てくる声がした。っていうか、そもそも僕らはとっくに戦っているんだけど。なんて今更な質問なんだろう。


 でも僕は正直に答えてみた。


「はい」


 すると真っ暗だったマンガ喫茶から、急にそこかしこに蛍の光っぽい何かが発生して、一斉に僕目掛けて飛んでくる。光は浸透するように体内に入ってきた。暖かい……奇妙な安息感が心に飛来しているようだ。


『マスター・リーベルに、現在所持しているマンガのステータス上昇効果を付与します。また、マンガ獲得時に追加された魔法も付与されます』


 次から次へと注がれてくる光の玉は、どうやらマンガの力らしい。でも正直よく分からない。


「これは……これはいったい何なのです!? 精霊が集まっているのですか」

「キュー!?」


 今まで冷静沈着だったレイラーニは驚きに目を見開いていて、ぱんたはさっきよりも激しくパタパタ飛んでいた。


『使用する魔法を選んでください』

「え……あ! これって」


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 ■使用できる魔法一覧

 ・フレア

 ・ホーリー

 ・シャイニング

 ・マックス・ヒール

 ・神の息吹

 ・アイスブリザード

 ・ブルーフレイム


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「し、信じられない……どうしてこんな高位魔法が選択肢にあるんだ?」


 マンガ喫茶って、ただマンガを読めるだけの場所なんじゃないのか? 解ってたつもりなのに、謎は深まっていくばかりだ。しかし幽霊はこちらが理解する暇すら与えてはくれない。


「ぬう、ううううう。喰らうがよいわ」

「あ!? ちょっと待って、」


 レイラーニが狼狽して幽霊を止めようとしたが、奴は構わず両手から黒い煙のようなものを放出した。それはよく見ると先が髑髏の顔になっていて、恨めしそうにこちらに飛んできたんだ。


「……ん。あれ?」


 最悪なことにシオリが目を覚ましてしまったらしい。僕はとにかく目覚めたばかりの幼馴染を助けるため、誰よりも前に立つ。するとあっけなく骸骨にぶつかり、何かに呑まれそうになった。


「リーベルさん!」

「え……り、リーベルぅうう!」


 女子達の声が響く中、幽霊はケラケラと笑っていた。黒い呪いに包まれてしまった僕は、戸惑いながらも一歩だけ前に出てみる。


「あれ? なんか平気だぞ」


 普通に歩けるんだけど、一体どうしたことかと思いつつ、僕は迷惑極まりない幽霊に接近していく。青白い顔は初めて、脅かされる側と同じように顔を歪めて後ずさっている。


「ばかな……ばかな……」


 僕はさっきのウインドウから一つの魔法を選択する。他にも選べる魔法のページがあるようだけど、探す必要はない。幽霊のみならず、アンデットにも効果のある魔法ならこれが適任なはずだ。


「ホーリー!」


 向けた杖の先から白く巨大な線状の光が発せられ、どんな芸術にも負けない美しい魔法となった。光を注がれた幽霊は、体をよじらせながら苦痛に悶え、やがてはその姿が消えていく。


「手伝います! はああ!」


 レイラーニの緑色の風を思わせる魔法も加わり、幽霊は堪らず原型を保てなくなり、やがて透明になって消えていった。


「ああ……気持ち……いい」


 もしかしたら成仏したのかな? そう考えても無理はない最後の言葉だったように思える。ようやく終わった。かつてない安堵感に包まれて振り向くと、半泣きになっているシオリがいた。


「り、り……」

「シオリ、大丈夫だった? いや、そんなわけないかあ」

「リーベルー!」

「う、うおわ!?」


 僕は唐突な彼女のタックルによろめきそうになる。実際はタックルとじゃなくて、ただ抱きついただけだったんだけど。


「ありがとう! 私、怖かった」

「ああ、でももう大丈夫だよ。レイラーニやマンガ喫茶のおかげさ」


 マンガ喫茶の謎はまた深まってしまったけどね。あとでちゃんとヘルプを確認してみよう。レイラーニはまた不機嫌そうな顔に戻り、ぱんたはようやく落ち着きを取り戻して僕の肩に止まってくる。


「ううん! やっぱり一番はリーベルだよ。カッコ良かった!」

「レイもお役に立ちたかったんですが、役に立てませんでした。報酬の件はなしでいいです」

「キュー! キュー!」


 みんなそれからテンションが上がってしまったのか、とにかく騒がしくなる。僕はマンガ喫茶を守れたことで安心したから、どっと疲れが出ちゃったんだけどね。

 とにかく、次の日からマンガ喫茶は無事に、いつもどおりお客さんを向かい入れることができたんだ。

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