第21巻 リーベルからの手紙

 勇者パーティがマッハダチョウと奮闘をしていた次の日、ヒナはまるで子犬のようにはしゃぎながら郵便屋の前にやってきていた。


「ヒナさんですね? こちらになります」

「ありがとうございます! やったー」


 彼女が渡されたのは一通の手紙だった。スキップしながら宿屋の自室に戻ると、すぐに封を切って中身を読み始めた。


 ーーーーーーーーーーーーーー


 親愛なる妹ヒナへ。


 元気でやっているかい? 突然連絡してしまって申し訳ない。

 きっと君はクレアーテの町で今も頑張っていると思う。

 僕がパーティメンバーじゃなくなってからけっこうな時間が経ったけれど、立派に勇者をやれているんじゃないかと信じている。もう僕なんかよりずっと強くなっているんじゃないかな。

 ヒナのこれからが楽しみだよ。


 そうそう! 話は変わるけど実はお店を開店したんだ!

 マンガ喫茶っていうスキルを僕は持っていただろ。あれってお店で働くためのスキルだったみたいなんだ。

 今は幼馴染と、他のみんなと一緒に毎日忙しく働いているよ。でも凄く楽しいんだ。


 ただね、一つだけ手を焼いている問題がある。今アザレアでは、時折幽霊が出没することがあるんだ。

 でも、知っての通りこっちは魔物も弱いし、幽霊を退治してくれるような高位のプリーストは出払っている状態なんだよ。

 それで、実はヒナに頼みたいことがあるんだ。

 よければなんだが、どなたか浄化の魔法を扱えるプリーストを紹介してくれないだろうか?

 いきなりで申し訳ないんだが、できればこちらに招待してくれると嬉しい。

 勿論プリーストの方にも、ヒナにもしっかりとお礼はするつもりだよ。

 

 しばらく話ができなくて寂しいが、これも確かに君の為なのかもしれない。

 僕もいつか再会した時、笑われないように頑張らないといけないな。まあ、こんな変なお願いをしちゃってる時点で、どうかって感じだけれど。

 ごめんね! もし無理なら笑ってスルーしてくれ。

 ああそれと、チェンジとかでプリーストになれる人もいるんじゃないかなぁ、きっと。


 君ならきっと大成するはずだから、これからも頑張ってほしい。

 武運を祈る。


 兄、リーベルより

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「お、お兄ちゃぁあああん……」


 ヒナは手紙を読みながらふるふると体を揺らし、ポロポロ涙を流していた。久しぶりに兄とのやり取りができるというだけで、彼女にとっては幸福だった。

 すぐさま筆を取り、まっさらな羊皮紙に返事を書き始める。



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 拝啓

 お兄ちゃんへ


 ずっとずっとお話ししたかったよ! ねえお兄ちゃん、どうして一人で出て行っちゃったりしたの?

 ヒナはあれからずっと寂しくて、辛くて。

 いきなり過ぎてショックだったんだよ!


 ごめんなさい。お兄ちゃんを責めるつもりじゃないんだけど、どうしても信じられなかったの。

 でも元気そうなのはとっても嬉しい!


 ううん。今だって、本気になったお兄ちゃんにはかなわないと思うよー。

 マンガ喫茶を開店したっていう事なの!? 凄いじゃん!


 ところで幼馴染ってもしかしてシオ

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 途中まで筆を走らせていた右手が止まる。何か重大なことに気がついてしまったかのように、勇者は青い顔になっていた。


「え? ちょっと待って。今……シオリちゃんと一緒に働いてるの? ずっと?」


 筆の先が震え、やがて数秒ほど動きが止まった。窓から陽光が差し込み、彼女のふわふわした茶髪を照らしている。不意に机を叩き立ち上がると、


「お……お兄ちゃんが、取られるっ!!」


 近くを飛んでいた小鳥が逃げ出すほどの絶叫を響き渡らせた。

 既にプリーストの話は彼女の頭から消え去っている。


 ◆


「何!? 失敗しただと?」


 図書館ほどの広さがある書斎で、大商人はシュピールを睨みつけていた。老人はいささかも狼狽える様子を見せず、どこか他人事のような空気感を醸し出している。


「ええ、どうやらそのようですな。有能なネクロマンサーでしたが、やはりあの手練れには苦戦しているようです」

「苦戦しているようです、ではないだろう! 約束が違うではないか。奴らを早々に立ち退きさせる妙案があるというから待っていれば、なんと不甲斐ない!」


 商人は机を何度も殴りつけながら、老人を威圧しようとする。しかし老人は臆するどころか微笑みを見せる。


「ご安心くだされ。奴はネクロマンサーでも随一、ネクロマンサー姫とも呼ばれておりますからな。このままで終わるはずがありませぬ。それに、私めもじきに動きますゆえ」

「なんでもいいから、さっさとしてくれ! ワシは既に大規模な商業施設の企画をスタートさせておるのだ。時期が遅れることも、ましてや中止になることなどは決して許されんのだぞ! ワシが破産しかねん!」


 商人は我慢の限界が近い、とシュピールは察し緩やかに礼をした。ギョッとした商人は立ち上がったまま、彼がどう出るのかを観察している。


「ご安心くだされバルデス様。このシュピール、貴方に拾っていただけた恩は決して忘れてはおりませんぞ。もうすぐです。我が魔法の真髄、貴方様にお見せしましょう。その時こそ全てが正しい結果に収まるのです。あなた様が自らの催し物を大成功させ、国王すら一目置く存在になれます」

「いつだ? いつまで待てば良いのだ?」

「……来月の中頃には、恐らく……」


 商人は苛立ちながらパイプを加えると、勢いよく煙を吐き出しながらシュピールを睨む。


「随分と待たせてくれるな。だが、まあいいだろう。今度こそ失敗は許さんぞ! ふざけた報告などすれば八つ裂きにされると思え」

「はは。恐ろしいことですな。ところでバルデス様。計画の遂行にあたり一つだけお願いしたいことがございます」

「お前は図々しくなったのではないか? このワシにお願いだと」

「はい。少しだけ、この屋敷に魔法陣を貼らせてはいただけませんかな」


 商人にはなんのことやらさっぱりである。シュピールは黙りこくった男の視線を穏やかに見下ろしていた。


「バルデス様は昨今、小童どもに命を狙われております。私めの魔法陣があれば、不測の事態にいつでも駆けつけることが可能でしょう。もしもの時への備えというわけです」

「……ふん。ワシのためというわけか。ならばさっさとそう言わんか。解った! お前に任せる。せいぜいワシの為に尽くすのだぞ」

「はは! ありがたき幸せ」


 曲がりだした背中をさらに丸めるように、シュピールはお辞儀をすると、爛々と目を輝かせて書斎を後にした。彼はこれから起こそうとする何かが楽しみで仕方がない。

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