第2巻 転移の羽
賢者ビエントと盗賊シーは、これでもかというくらいのドヤ顔をこちらに向けてくる。
「ふん! 貴様のような役立たずなど、もう見限ることに決めたのだよ。そして既に新しい仲間とは話がついているのだ。残念だったな」
「アンタはお払い箱ってわーけ! キャハハハハ!」
二人の声がまた酒場に響いてる。冒険者達がみんなこっちに聞き耳を立ててることは間違いない。恥ずかしいなぁー、この悪い目立ち方は。
「ええと。僕を追放するって、本当にいいの? だってヒナが、う!?」
声に詰まって、思わず背を丸めてしまう。いきなり背後から、お腹にドスンと重いものを乗っけられてしまったらしい。これは僕が持っていた道具袋じゃないか。
「おらよ。お前の借りてた部屋から、少ない荷物を持ってきてやったぜ」
間違いなく聞き覚えのある声だった。パーティで前衛職である戦士を務めているアルコバだ。酒場にいないと思っていたら、宿屋に行っていたみたい。
「ご苦労だった。いやね、私とて悪魔ではない。君が追放されてからのことも親身になって考えてあげたのだよ。まずこの町ではやっていけないだろうな。何しろ冒険者の聖地とも呼ばれているところだ。そんな場所で追放された人間が生活していくなど、とてもとても」
「そうそう! アンタみたいなダメダメちゃんには、無理無理!」
シーの煽りっぷりに頭痛がしてくる。今度は背後から肩を叩かれた。振り向くと黒い短髪と髭、褐色の肌がワイルドな戦士が笑みを零してる。
「まあ、そういうこったぜ。だからビエントは、お前を地元に速攻で帰らせてやるんだとさ」
「へ? 僕を地元に?」
うーん。まだ話が見えてこない。
「つまりだ。今から君を故郷であるアザレアに送ってやろうというのだ。今ここでね」
「へ? 一体どうやって……!?」
ビエントは自らの道具袋をあさり出して、何かを見つけ投げつけてきた。それはもう自然に、特に何でもないような感じがしたが、実はかなりヤバいものだった。
「あ……これっ転移の羽だよね。そうかそうか。これで僕を……ってここで!?」
転移の羽っていうのはかなりの希少アイテムで、術者が魔力を込めて投げつけると、触れた相手をワープさせることができるっていう効果がある。しかし突然のワープというのは危険が伴うわけで。そしてすぐに羽は光出した。こうなったらもう止められない。
「ちょっと待った! いくら何でもいきなり過ぎるじゃないか!」
こんなに強引なお別れは聞いたことがない。しかし三人は僕の抗議などお構いなしでケラケラ笑ってる。
「おいおい。せっかくタダで地元まで帰してやるっていうんだぜ。感謝しとけよ」
「今までお疲れちゃーん。どっかで会ったらよろしくねん」
「後のことは私に任せておけ。君がいなくなったら勇者は口先でどうとでも……いや、しっかり導いていくから安心してくれ」
「若干一名本音が見えたんだが! ちょっと待ってくれー。僕がいなくなったらヒナは」
言い終える間もなかった。視界が真っ白になり、僕は一瞬で転送されてしまったのだった。
◇
普通はもうちょっと情緒のある別れ方になるはずであり、ある程度時間だって貰えるはず。
沢山の苦情が頭の中で巡り回っているうちに、異次元の渦に巻き込まれていた僕は唐突に出口に吸い込まれていき、
「う、うわあああー!」
「キュー! キュー!」
ぱんたと一緒に仲良く落下したみたい。茂みに体が押し込まれ、けっこうな深さに埋もれるような錯覚がある。
「イタタタ。うん? ここは?」
多分木の上にいるに違いなかった。枝と葉っぱに体を預けている感じ。もう少しスマートな転送だと思っていたんだけど、とっても泥臭い到着の仕方にいろんな意味でガッカリだ。
仕方なく木から降りて周囲を見渡すと、見覚えのある山の中にいることに気がついた。
ああ、そうか。本当に帰ってきちゃったんだ。僕の地元に。
「はああ……なんて強引なお別れだったんだ。これって酷いよね?」
「キュ! キュ!」
十中八九意味が解っていないだろうぱんたに話しかけることで、なんとか気を落ち着かせようとする。既に夜が明けていて、お日様が登り始めている。実は結構な時間がかかっていたらしい。
とにかく実家に戻るしかないか。まずは気持ちを落ち着かせてじっくり考えたい。一度追放されたっていう経歴がついてしまうと、冒険者はなかなか新しいパーティを組んでもらえなくなる。
妹のことは心配だけれど、僕自身が限界を感じていたことは確かだ。ヒナには知っている限りのことは教えたし、あの気質は厄介だがきっと大成してくれることを信じる。
今は自分の今後を考えたほうがいい。冒険者を続けるか、他の道で生きるか。
頭の中をモヤモヤさせつつ、僕は見慣れた道を歩いていく。
草原の先に見えた故郷、アザレアの町はどうやらヒナと一緒に旅立った四年前より発展しているらしい。
【勇者様誕生の地、アザレアへようこそ】っていう旗があるんだけど。ちゃっかりしてるよホント。僕については触れてないところが悲しい。
そんなこんなでようやく、僕はアザレアの町中にある実家へ到着してしまった。いや、これはなかなか気まずい。どう説明したらいいものか。
でも、悩む必要はなかったかも。
なかなか玄関ドアを叩けずにいた時、唐突にドアがバーン! って感じで開かれて親父が飛び出してきた。
「うわあああ! 母さん、やめてくれええええ」
「今度という今度は許さないわよ!」
「うわわ!?」
鍋を持って追いかけるおふくろから、必死に逃げようとしている親父とぶつかってしまう。
「ちょっとどいてくれ! む!? お前は」
「どうしたんだよ親父。いきなり」
「あら? リーベルじゃないの!?」
親父もおふくろも全然変わってない。むしろ以前より元気になったのかも。
◇
父は商人で、母は専業主婦(昔は凄腕の女戦士だったらしい。育てられた僕からすれば、間違いなく事実だと思う)という、ごくありふれた家庭で僕とヒナは育った。
まさか妹が勇者になるとは想像もしてなかっただろうし、兄だけが戻ってくることもまた想定外だっただろう。お茶の間で親父とおふくろに事情を説明すると、それはもうビックリされてしまった。
「なんだと!? お前だけを追放してしまったというのか!」
「うん……そうなんだ。転移の羽っていうアイテムを使って、速攻でここに転送されちゃったんだけど」
「まあ! いくらなんでも酷いわ!」
親父もおふくろも憤慨している。
「しかしおかしいなぁ。一般人の俺としては、リーベルは決して無能ではない。むしろ優秀な部類に入ると見ていたのだが」
「ええ、ええ。間違いありませんよ。リーベルは優秀な召喚士です。元冒険者の私が自信を持って推せます。その人達は間違っているわ。しかもヒナと離れ離れにさせるなんて許せない」
身内とはいえ、こうしてフォローしてもらえることはありがたい。一通り話し終えたら気持ちが楽になってきた。
「そういえばさっき、なんで親父が追いかけられていたの?」
「ああ、あれはな……深い事情があったのだよ。まだお前には難しい話かもしれない」
「この人ったら、隠れていかがわしいお店に向かおうとしていたのよ」
難しい話でもなんでもなかった。
「誤解だよ母さん。俺はね、ただの酒場に息抜きに伺おうとして、」
「はい。後でじっくり聞きますからね」
ゾク……と親父の背筋が強張るのがはっきり分かった。やばいわ、修羅場が始まっちゃうわとか考えていた時、小さく玄関ドアがノックされる音がした。
「あら、誰かしら。はーい。今開けますよ」
「このタイミングは! リーベル……俺の救いの神が来たかもしれん」
「多分気のせいだよ」
玄関ドアを開けたおふくろは、なんだか嬉しそうな声色に変わる。
「おばさま。リーベルが戻ってきたって本当ですか?」
「あらー! シオリちゃん。ええ、ついさっき帰ってきたの。リーベル! シオリちゃんよぉ」
シオリ? 懐かしい響きを聞き玄関に向かい、僕は四年ぶりに幼馴染に再会した。
実はクレアーテで冒険者活動をしている間にも文通はしていたんだけど、実際に会うのは本当に久しぶりだったんだ。
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