第3巻 幼馴染と町を歩いて

 シオリは幼馴染みであり、二つ年下の親友だ。

 町を離れてからも、僕はなぜかシオリと三年間も文通をしていた。


 冒険者になって一年くらい経った頃、地元が気になって試しに手紙を送ったことがきっかけとなり、彼女はそれからずっと返事を送り返すという律儀な対応をしてくれて、駆け出しの頃は精神的に助けられたものだった。


 でも、親切に手紙を返してくれるからと言って、彼女が僕に気があるという勘違いをすることはなかった。どうしてかというと、僕らには一人共通の友人がいて、きっとシオリが好きなのは彼であると察したからだ。

 名前はゲイム。確か今は十九歳になっているはずで、僕と同じく召喚士だった。彼はどうしているのか? という問いかけに、本当にシオリは楽しそうに近況を伝えてくれた。


 文面を読む度に、ああ……シオリはきっとゲイムに恋をしているんだろうとしみじみ思ったんだ。でもある時から急に、彼の話題には簡潔にしか答えてくれなくなったんだよね。僕が旅に出て二年もしないうちに、彼は何処かに行ってしまったらしい。


 だんだんと彼の話題は消えていき、違う話ばかりになった。僕がゲイムの話題に触れようとすると、シオリはむしろ嫌そうな空気感を文面から出すほどだったが、それでも文通は終わることはなかった。


 前置きが長くなっちゃったけど、とにかく四年ぶりの再会であることには変わりない。内心驚きで胸がいっぱいだった。思わず立ち上がった僕はまず彼女の変貌ぶりに目を見開いてしまう。


 薄く青い長髪と金色の瞳はそのままだったけど、女子って四年でこうも綺麗になるものだろうか。白いオフショルダーのブラウスがよく似合っていて、同じく青い膝丈のスカートにブーツという格好は、お世辞抜きに可愛いと誰もが思うに違いない。


 そしてちょっと言い難いけど、スレンダーかつとある箇所が立派になっている。何処とははっきり言いませんが。


「シオリー。久しぶり」


 まだおふくろと話し込んでいた彼女はこちらに気がついて、ハッとした顔になる。


「四年ぶりだね。元気にして、」


 パタン、とドアが閉められてしまう音。え、なんで?


「あら、シオリちゃーん。どうしたの?」


 おふくろも心配して扉を開けると、キョロキョロ辺りを見回してた。心配になった僕が玄関を出てみると、木陰にちょっとだけ青い髪が見えている。

 少しだけこちらに顔を出して様子を伺っているようだ。なぜか顔がトマトみたいに赤くなってる。


「どうしたんだよ。僕だよ、リーベルだ」

「り、り、リーベル。あのあの、ひさ……しぶり」


 そうかー。文通だと積極的だから忘れていたけど、シオリって恥ずかしがり屋で超がつくほど内気なんだった。


 彼女は小さい頃アザレアに引っ越してきたんだけど、見た目が普通じゃないから虐められていたんだよ。可哀想だったし虐めてる奴が許せなかったから、助けに入ったのが知り合ったきっかけだった。

 性格は変わってないみたい。


「どうしたの……かな? もしかしてお休みいただいて帰省したとか? ヒナちゃんは?」

「あ……うーん。ちょっとそれは言いずらい。話せば長いというか」


 本当は一言で終わる内容だけどね。追放されました、っていうのは辛い。木陰からちょっとだけ顔を出してるシオリは、まるで変質者に怯えてるみたい。


「あらあらー。シオリちゃんったら照れてるのね。普段はこんな感じじゃないのに。じゃあ、二人で何処かでお話ししてきたら?」

「え!? いいんですか、おばさま」

「そっか! じゃあそうしよう。僕も久しぶりにアザレアを見て周りたいんだ」


 ヒョコッと木陰から脱出してきた幼馴染みはようやく笑顔になった。というわけで僕とシオリは二人で町を見て周ることになった。


 ◇


 大抵の町は四年も経っていれば建物が変わっていたり無くなってたり、何かしら変化が見られるもの。でもアザレアはほとんど変わってなかった。国の兵士達が在中している役所や、武器屋に防具屋に道具屋。服屋、飲食店関係などなど、記憶とほぼ相違がない。


「見てっ。教会も四年目から変わってないの。神父様も八十歳を超えたけれどまだまだ元気だよ。それから、それからー」

「うーん。なんていうか、四年前のまんまだね。でもシオリは変わったなぁ」

「え!? そう、かな。でもリーベルのほうが変わったと思うよ。なんていうか、強そうっていうか」

「僕ってそんなに強そうかなぁ。シオリは可愛くなったね」


 それにしても代わり映えしてないなーこの教会も。ぼうっと考え事をしていたら、隣を歩いていたシオリがいないことに気がついて振り向くと、だいぶ減速してこちらについて来ていた。


「大丈夫!? なんか顔赤いぞ」

「う、うん。大丈夫大丈夫。きっと大丈夫」

「あれ? 顔から湯気出てない? 本当に大丈夫かい」

「大丈夫大丈夫! 全然大丈夫! 死にそうなくらい大丈夫だよっ」

「それ大丈夫じゃないよね!?」


 顔真っ赤じゃないか。本当に恥ずかしがり屋なんだと改めて実感していると、そわそわしつつ白い人差し指をあるお店に向けてきた。


「ね、ねえ! 最後に紹介したいところがあるの。私のお父さんの喫茶店なんだけど」

「お! シオリのお父さんの喫茶店かぁ。懐かしい!」


 そうだった。シオリのお父さんは喫茶店の店長だったんだ。久しぶりにスパゲティとコーヒーのセットをいただくことにしよう。

 追放されて気分は最悪だったけど、ちょっとだけ気が紛れてきた。お腹すいたー!


 ◇


「あはは。ちょっとだけ建物が傷んじゃってるけど、今日もちゃんと営業してるの。さあ、入って」

「う、うん」


 アザレアのお店はどこも大体定年劣化していたけれども、ここ【ウィザード喫茶店】はダントツで趣が出まくっている。本人達には決して言えないが、ストレートに言えばボロボロになってた。周りが空き地なだけに荒廃してる感じが凄い……。


 っていうか、店に休憩中の札がかけられていて、今シオリが営業中にクルリと変えてる。


「えへへ。実はお父さん体が弱くなっちゃって、今働いてるのは私だけなの。さっきまでは休憩時間だったんだよ」


 あの元気だったおじさんがか。心配になりつつ店内に入ってみると、清潔に整えられたテーブルにチェアー、すくすくと育っている観葉植物達が視界を彩ってくれる。


「好きな所使って。あ、それとお昼ご飯はまだなの?」

「ああ、そう言えばずっと食べてない」

「キュキュー」


 ぱんたも腹を空かせているらしい。


「じゃあぱんた君の分も作ってあげるね」

「ありがとう! とりあえずスパゲティお願い。500Gだっけ?」

「ううん、お金はいいよ。今日は久しぶりに会えたし」

「え!? いや、悪いよ。それは」


 ちょっと抵抗を試みたものの、シオリは結局ご飯を奢ってくれるという意思を変えなかった。クレアーテなら1000G以上は間違いなくする内容だけれど、良心的な値段だと思う。


 料理が出来上がるまで、僕は窓の外に広がる景色を楽しむことにした。見晴らしがいいこの土地は、シオリのお父さんが苦労して購入したものらしい。実際に住んでいるのはもう少し南にある小さな家だが、木造で四年前ですらかなり傷んでいたことを思い出した。


 しばらくすると厨房フロアから精霊みたいな歌声が聞こえてきた。上機嫌な時にしか聞こえない微かな美声は、もしかして劇場に行っても通用するんじゃないかと思うほどだ。四年前よりも更に透明感がある。


 彼女の声に聞き惚れながら外に見える森や川を眺め、僕はようやく地元に帰ってきたという実感が湧いてきた。さっきまでは強制的に帰らされてしまったという現実を、どう受け止めていいのかも解らなかったんだ。


 しかし、こうなってしまった以上は落ち込んでも仕方ないのではないか。いっそのこと新しい道を探すきっかけになったと思えばいい。あまりにも切り替えの早い自分に苦笑しそうになっていた時、シオリがスパゲティを乗せた皿を持って席にやってくる。


「おまたせー。いっぱい食べてね! ぱんた君のもあるよ」

「キュキュキューイ!」

「ぱんたテンション上がってるなー! すっごい旨そうじゃん。いただきます!」


 急にぐーぐー鳴ってくるお腹に耐えかねて一気にスパゲティをすすっていると、カラカラと鈴の音が誰かの来店を告げてくる。


「いらっしゃいませ……あ」


 たった一人の店員の挨拶が尻すぼみになり、僕は違和感で顔を上げた。想像とは違う声色が店内に響く。


「よう。シオリちゃーん。そろそろ考えてくれたかい?」

「十分待ったよなぁ。もういいだろ?」


 いかにも柄の悪そうな二人組の男が入ってきたんだけど。

 うわー、嫌な予感がしてきた。

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