第4巻 初めて発動したスキル

 いかにもガラが悪い感じの大男二人が喫茶店に入ってきて、シオリに絡んでいるようだ。

 僕としては正直、何が起こっているのかさっぱり。


「シオリちゃんの喫茶店、今日もガラガラだよなぁ」

「全くだ! こんな店意味なくね? って言うかさぁ、パーっと売っ払って新しい所探せばいいだろ」

「すみません……。あの、引っ越す予定は今のところなくて」


 一人は金髪で褐色肌の体格のいい男で、もう一人はスキンヘッドでこれまた筋肉質である。うーん、とっても怖い連中がぐいぐいきて、気弱な幼馴染みは萎縮してる。

 こいつらは立ち退きをさせようとしてるのだろうか。


「はああ!? いつまでもこの土地に居座ってるつもりかよ? 図々しいガキだなぁ。いつ来たって客がいねえじゃねえか。つべこべ言わずに出て行けよ!」


 スキンヘッドが睨みつけて怒鳴り出した。僕のことは完全に無視しているみたいだ。シオリは傍目にも解るくらいオロオロし始めて、もう見ていられなくなってきた。

 きっとこいつらは大金を握らされてこんな真似をしているんだろう。彼女が苦しむところは見たくない。スッと立ち上がって抗議しようとした時、金髪の男が近くの丸テーブルを蹴り上げた。


「オラ! こんなボロ臭えインテリアで客なんか来るわけねえだろーが! 舐めてんのかおい」

「きゃああ! やめて下さいっ!」

「へへへ。シオリちゃーん。今日は店終いして、俺達と来なよ。悪いようにはしないぜ」

「お、お断ります。離して」


 スキンヘッドの男はシオリの右腕を掴んでいる。その光景をみた時、頭よりも体が勝手に奴の肩を叩いていた。


「何してるんだ。やめろ」

「は? お前誰?」とスキンヘッドは目を見開く。

「関係ねえだろ! すっこんでろやガキ」金髪男もめちゃめちゃ凄んできた。


 普通なら怖くて堪らないところだけど、そこは僕だって冒険者だった男だ。猛獣より睨みのキツイ魔物達に比べたら、このくらいは慣れている。

 それに後衛職だったとはいえ、僕は肉弾戦もある程度はしなくてはいけない立場だった。だからある程度自信はあったわけだけれど。


「僕はシオリの昔からの友人だ。君達こそ誰だ? どうしてこんな強引な真似をしているんだ。営業妨害だし、連れ出してどうしようとしていたのか教えてほしいね」

「はは! なんだなんだ。正義感からの行動かよ。そりゃ立派なもんだ」


 スキンヘッドのおっさんが余裕ありげに顔を近づけてくる。僕が涼しい顔で見つめていると、しばらくニヤニヤしているだけだった。背後を取るように金髪が後ろに回ってきた。油断させようとしているみたいだけど、どちらも殺気が丸出しだ。


「やめて下さい。彼は関係ありません。リーベル、逃げて!」


 シオリは僕を巻き込みたくないようで咄嗟に庇ってきた。でもこいつらは何を言っても止まる奴らじゃない。


「シオリちゃん。別に喧嘩なんかしないよ。なあ! あんたみたいな男は、俺は好きだねえ。ははは……はぁ!」


 不意をつくように頭突きをしようとしてきたので、その分だけ体を後退させて、ツルツルの頭を右手で掴む。


「手を出したな。いや、頭だったか。さっきのテーブルはどうするんだ? 弁償してもらうぞ」

「て、てめえ……」頭を掴まれているスキンヘッドがプルプルしてる。

「調子に乗ってんじゃねえぞ、お前!」


 チラリと視線を送ると、背後から金髪が殴りつけてきた。僕は奴の拳を左手で錆びきつつ、スキンヘッドの腹部を蹴り飛ばして自由になった右手で、今度は思いきり金髪にボディブロー入れた。


「ぬうう!」

「あ……ぐ……」


 シオリには申し訳ないと思う。できれば店の中で騒ぎを起こしたくなかったけれど、そうも言ってられない。しかし後衛職である僕の打撃では、こいつらでも相手にするのは苦しいだろう。


 ……と思っていたがスキンヘッドは派手に仰向けに倒れてしまい。金髪は腹を抑えて蹲っている。

 あれ? なんか意外と弱くない?


「誰に雇われたんだ? そいつの名前を教えてもらおうか」


 ちょっと想定外だったけど、とにかく平静を装って聞いてみた。二人をこのまま撃退したところで、きっと雇い主は諦めはしないだろう。素性を調べる必要があるのだが、青い顔になった金髪はスキンヘッドを抱き起こして駆け出した。


「立て! 逃げるぞ!」

「てめえ……覚えてやがれよ」


 うーん。帰省そうそう大変なことになっちゃったよ。シオリは震えながら僕の側にやってくると、もうポロポロ涙を流してしまっている。


「リーベル……ごめんなさい。ごめんなさい」

「君が謝ることなんてないよ。それより、あいつらのことについて話してくれないか?」


 ◇


 シオリの話によると、奴らが喫茶店に現れるようになったのは二週間ほど前らしい。とある商人に前々から立ち退きをしてくれないかと言われていたが、お父さんの病気も酷く、他で働ける保証もないからお断りしていた。

 丁度断った次の日から奴らが店に頻繁にやってくるようになり、客足が遠のいてしまったとか。


 酷い話だと思う。シオリの説明を聞いている間、確かに新しいお客さんは来ていない。


「誰も助けてくれなかったのかい? 役所に言うとか、いろいろ手段はありそうだけど」

「役所の人にはもう話しているの。でも、彼らが見回りにくる時は、決まってあの人達は来なくて」

「とにかく明日、もう一度役所に行ってみようよ。兵士さん達には僕からも話してみる」

「でも、悪いよ……リーベルまで巻き込んじゃったら」

「もう巻き込んでるよ。って言うか、僕が首を突っ込んだ。君は何も気にしなくていい」

「……ありがとう」


 そういってまたシオリは泣き出してしまった。泣き虫なところはあまり変わっていないのかも。破壊されてしまった丸テーブルを片付けた後、僕はとりあえず帰ることにした。

 奴らの素性だって調べれば見えてくるはずだ。とにかく明日になったら、解決させなくちゃいけないと心に強く誓っていた。


 ◇


「キュキュ、キュー!」

「うわああ!?」


 朝の陽光が窓から差し込んで、僕は眠いまぶたを擦っているような暇もなく、ぱんたから強烈なモーニングアタックを受けた。


「なんだよぱんた? 痛いじゃないか」

「キュ! キュキュ!」


 あれ、なんか焦ってるなぁ。一体どうしたんだろ。次に僕の部屋の扉が勢いよく開かれ、親父が顔を出してきた。


「リーベル! 大変だぞ。シオリちゃんの喫茶店が……」

「え」


 不意に昨日の二人組が頭に浮かんだ。そういえば、外から何か煙が出ているような。


 まさか! という嫌な予感はあっさりと的中してしまう。急いで喫茶店にたどり着くと周囲は野次馬の山で、兵士達と自警団の方々が消化活動をしている。

 長く続いている伝統的な喫茶店は、猛烈な炎に焼かれ崩壊している真っ最中だった。自警団の人達のすぐ後ろには、茫然と立ちすくむシオリと、痩せ細ったおじさんがいる。


「あ……あの……」


 僕はどうしていいか解らないが、とにかく二人に話しかけてみた。


「リーベル君か。随分と久しぶりだ。こんな形での再会はしたくはなかったがね」


 弱々しいおじさんの声に、僕は涙が滲んでしまう。


「私達のお店が……」


 シオリの短い言葉には、今までの思いが集約されているような気がした。なんてことだ! 僕は怒りが込み上げてきて、自分自身の考えが甘かったことを悔いていた。

 まさか放火までするなんて。


 元々が古いお店だっただけに、あっという間に店は完全に崩壊し、ほとんどが空き地と変わらない状態になってしまう。ただ、どうやらあのゴロツキ達は捕まったらしい。現行犯だったから言い逃れはできないし、恐らく牢屋から出てこれなくなるはずだ。でも、彼女達の喫茶店は戻ってくるわけじゃない。


 お昼を過ぎた頃には野次馬や兵士さん達もいなくなっていた。何もなくなってしまった土地を、シオリとおじさんは手放すしかないのだろうか。


 僕は空き地と化したところでただ考え続けていた。そんな時、ふといくらか気持ちが落ち着いたシオリが側に歩み寄ってくる。


「驚いたよ。本当に酷い奴らだった。……気分は落ち着いた?」

「ん。少しだけ」


 どんな言葉をかけていいのか解らなくて、それ以上話を続けることができない。僕は悔しかった。なんとかならないのだろうか。


 僕には、どうすることもできないのか?


『ここを拠点にしますか?』


 ……え? なんだって?


『ここを拠点にしますか?』


 へ!? いきなり何? 咄嗟にシオリを見たが、彼女は不思議そうにこちらに視線を返しただけだった。って言うか、この大人っぽいお姉さんの声はシオリじゃないね。


『ここを拠点にしますか?』


「は、はい?」


 次の瞬間、空き地同然となった土地に【マンガ喫茶】が誕生したのだった。

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