第31巻 百害の魔物

「どうした? まるで過去の亡霊と出会った、そんな顔だな」


 ゲイムの姿をしている男は、微笑を絶やさず平然としている。まだ理解が追いつかない。


「俺が獲得したオリジナルスキルによるものだよ。【チェンジ】と呼ばれるものだ。名前くらいは聞いたことがあるだろう? 俺には二つの姿がある。老人であるシュピールと、若き召喚士ゲイム。スキルによって獲得した姿が、お前の友人だったというわけだ」


 そこまで言われて、ようやく僕の理解が追いつく。


「……信じ難い話だ。君が本当はシュピールだったってことなのか」

「どちらも俺だ。そしてシュピールとしての人生は終わる。もううんざりでね」


 町が魔物達に襲撃を受けている。感傷に浸っている場合じゃないと、僕の中にいる冷静な声が呟いた。状況がはっきりしていなくとも、するべき事は決まっている。杖を持ってきて正解だった。杖を振り、発動させた召喚魔法により五体のモンスターを召喚する。


 ゴブリンのタロウとカツオ、スライムのすらっち、ワーウルフのポチ、スケルトンのルードを召喚した。選択肢の中にはゾンビのヴィクトリアもいたが、今回の戦いには適さないだろう。


「キュー! キュー!」


 懐から顔を出してぱんたが威嚇している。


「僕らを騙していたということか」

「それは少し違うかな。俺は騙すつもりで接していたわけではない。ただ、欲しかっただけだよ」


 奴も同じように杖から光を発し、後方に一つ魔法陣が出現した。中から姿を現したのは、常識では考えられないほど巨大な、六メートルはあろうかという怪物だった。


 まずい、と直感的に思った。恐らくはドラゴン種をも超える、最強の魔物だったからだ。


 以前魔物の情報に詳しいビエントから聞いたことがある。奴の名は【百害の魔物】といい、百匹をゆうに超える魔物達を合体させることで誕生した唯一の成功例らしい。遥か昔から召喚士にとって禁断の存在であり、もし一度でも百害の魔物を召喚した者はギルドから追放され、あらゆる権利を剥奪させられると言われる。


 ただ、禁止されてるとか以前に、そもそも召喚できる人間なんていなかった。桁違いに高位の召喚士でさえ、選択肢に現れたことがなく、実在しないのではないかとも疑われていたんだ。


 顔はライオンで額に黒い宝石が埋め込まれている。体は熊や蛇、虫が合わさったようで様々な動物の顔が見えた。二本の両腕も様々な魔物達が合体していて、背中には巨大な日本の羽根が生えている。下半身は極彩色でムカデのようになっていて何百本もの足がある。


「お前のように何体も同時に召喚することはできないが、俺は既に召喚士としても頂点を極めたのだ。こいつ一匹いれば後はいらない。そうだろ?」

「聞きたいことは山ほどあるけど、時間がないことが悲しいね。つまり町を救うには君を倒すしかない。そうなんだろ?」

「ああ。俺はずっと、この時を待っていたんだよ。しかし、そんな低級モンスターを召喚して立ち向かうというのは、無謀ではないか?」

「無謀とは思わない。みんな、行くぞ!」


 聞きたいことが山のように積もっているのに、時間が足りない。奴はモンスターを召喚した後、頭上に光の玉を発した。泡のような魔法は部屋全体に侵食し、邪魔者と言わんばかりに屋敷を綺麗に消し去っていく。


 荒廃した世界が顔を現した。屋敷は跡形もなくなり、残っているのは後方のゲートのみだ。魔物達は次々と現れては、僕らの存在を無視してアザレアの町中へと飛び出していく。


 早く止めなくてはいけない。町のみんなを守る為には、ゲイムを倒さなくてはいけない。心の中に生じる迷いを断ち切るように彼を睨む。


 そして僕は慣れ親しんだ魔物達とかつての友人に立ち向かっていく。誰かの悲鳴や爆発音が鳴り響いている。


 ◇


 町には大量のモンスターが溢れかえり、駐屯していた兵士達や自警団、僅かにいる冒険者達が必死に戦いを繰り広げていた。町民達は逃げ惑い、混乱のるつぼとかしている。

 親からはぐれ、逃げそびれてしまった小さな女の子が泣きながら駆けている。


「ママ! パパぁ!」


 ご馳走を見つけたと言わんばかりに背後から迫ってくるのは、棍棒を振り回すトロルだ。女の子は足を滑らせて地面に転び、黒い影が覆う。


「グヒヒヒ!」

「いや、いやー!」


 トロルは女の子を掴み、頭からかじろうとした。しかし黒い影は歪な変形を見せる。首も胴体も一瞬して切断されて床に転がっていた。巨大な手からどうにか抜け出した少女は、目前に剣を構えている存在に気がつく。


「大丈夫ー? ヒナが来たからには、もう安心だよ」


 ニコっと笑う茶髪のショートカットを見て、女の子は必死に抱きついた。


「う、うわあああん!」

「はいはいー。あ、パパとママいたよ」


 ようやく見つかった娘を助けようと、両親が必死に駆け寄ってきた。


「ああ! ありがとうございます! ありがとうございます!」

「だいじょーぶ! それより早く逃げてね」


 ヒナは家族を庇いつつ、近くにやってくる魔物達と交戦を開始する。ただの帰省のはずが大変なことになってしまっていて、内心一番戸惑っているのは彼女自身だった。


「これやっばいなぁー! ちょっと数多すぎない?」


 どう考えても人手が足りない。火事もそこかしこで発生し、町は大変な事態に陥ってしまっている。実家には誰もいなかった。

 しかし、自分達の家族については大丈夫だろうという自信が彼女にはある。兄を信頼していたからだ。


 そんな中、後方に急激な振動を感じ、思わず彼女は振り返った。魔物達が倒れている中、唐突に魔法陣が発生している。四つの魔法陣より姿を現したのは、賢者ビエントを含めたパーティメンバー達だった。


「ふぅむ。ここがかの町アザレアか……んん!?」


 ビエントは町に流れ込む魔物と、正面で突っ立っているヒナを見つけて驚愕する。


「ちょっとちょっとー!? どうなってんのぉ。ヤッパイじゃーん」


 シーはあからさまに狼狽して両手をバタバタ振っていた。


「おいおい! 勇者よお、一体何の騒ぎなんだこれ?」


 アルコバは面倒そうに顔を顰めたが、すぐに戦斧を手にした。ディナルドは愕然としたままだ。


「えええー!? みんな、何でここに来てんの!?」


 ヒナからすれば当然の疑問である。賢者は動揺を顔に出さないことで精一杯の様子だった。


「わ、我々は仲間ではないか。答えはそれだけで十分だろう」

「全然十分じゃないよ! 意味わかんない!」

「ヒナ! アーンタどうして地元に帰っちゃってるの? ……もうお兄ちゃんには会った?」

「ヒ、ヒナはね。その……直感かなぁ。地元に危険が降り注ごうとしているような気がしたんよ。お兄ちゃん達は探し中!」

「予知能力でもあるわけぇ? 絶対嘘でしょー!」


 強気に言い放ちながら、内心シーはまだ兄に出会っていないという事実を聞いて安堵している。


「とにかく話は後だ。まずはこの怪物どもをひとしきり成敗してからにしよう」


 ビエントが杖を構えている。他のみんなも同様に、戦いの決意を固めていた。

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