第6巻 新しい挑戦
いよいよ百冊のマンガを召喚するガチャを実行してみる。最初は戸惑いがあったものの、強い好奇心が湧き上がってきた。
そして今までとは明らかに桁の違う演出が始まった。猛烈な雷の落下したような音が周囲に鳴り響いたかと思うと、床と天井に金枠の巨大な魔法陣が出現。次々とあらゆる色の雷と共にマンガが出現していく。
「きゃああ! り、リーベルっ」
「大丈夫だよ」
シオリは雷の音が怖かったのか、僕の腕を必死に掴んできた。しかしこれは圧巻というか、ここまで派手な演出は攻撃魔法でもそうそうありはしないだろう。
いよいよ召喚が最後になろうというところで、唐突な虹色の光が魔法陣中央より発せられていった。
「これは……なんだ?」
「わああ。綺麗……」
そして小さな宝石みたいな光達に彩られた一冊の本が姿を現した。神々しい演出からして、ただのマンガとは一線を画す代物かもしれない。
『★★★★★ 魔王転生 第一巻』
「これが星五のマンガかー!」
「素敵! とっても綺麗」
僕らは早速そのマンガを読んでみる。どこかの島国が舞台になっているらしい。冴えない町人に過ぎなかった少年が実は魔王の生まれ変わりで、後々その力を覚醒させていくという話だ。怪物達を剣や魔法、数多の知恵で撃退しながら成長していく主人公の物語は、多くの冒険者が共感できるだろう。
あっという間に巻末まで読み終えてしまった。
「お、面白い! なんて楽しいんだ!」
「凄いよ! こんな楽しい本を召喚できるなんて。やっぱりリーベルは特別だったんだねっ」
「いやいや、そんな事ないよ」
なんか照れくさくなってきた。役に立たないスキルと断ぜられてきたのに、ここにきていきなり効果を現し始めるなんて。
その後、僕とシオリは時間を忘れて本棚にしまわれているマンガ達を読みふけってしまうのだった。
◇
「あ! いけない。ねえリーベル、もう夕方になっちゃったよ」
「え? うわ! もうこんな時間かぁ」
マンガを読んでいる時間は、まるで一日が半分になってしまったように短く感じる。シオリも同じく夢中になっていたんだろう。
「でも……この施設って何をするところなの? マンガを読むところ?」
「うーん。マンガ……喫茶らしいから。喫茶? つまりここは、喫茶店?」
頭の中にはてなマークが浮かび上がりつつ、考えを整理する。そう、僕のオリジナルスキルはマンガではなく、マンガ喫茶なんだ。喫茶といえば喫茶店しか浮かばないんだけど。
「じゃあここは、マンガを読むことができる喫茶店っていうこと?」
シオリがいつになく目を輝かせてる。
「多分ね。まだまだ解らないことばっかりだから、調べてみなくちゃ」
早合点はいけない。もうちょっとスキルのことを詳細に調べてみないと。とはいえ、調べられることといえば【ヘルプ】を見るくらいしかないので、またウインドウを開いてみる。
実際ヘルプをみると、本当に沢山の質問があって、誰が書いたのか知らないが全てに返答が記載されていた。
【Q:マンガ喫茶とはなんですか?】
【A:マンガを多数揃えた喫茶店のことです。飲食代の他にも、滞在した時間によりお金を貰うことができます】
本当に喫茶店みたいだ。しかし、滞在した時間によりお金を貰えるって、なんか斬新だな。というか、マンガそのものが斬新すぎるように思えたのだけれど。
「間違いない……喫茶店らしい。どうやらマンガ喫茶というものを作って、働くことができるっていう能力なのかも」
「え……じゃあ、ここでお店が開けるのね!」
ぱあっと明るい顔になる幼馴染だが、一つ気がかりなことがある。
「うん。そうなんだが……ただ、ちょっと待ってくれよ。ここは君達の土地だし」
そう。なんか勢いでトントン拍子に話が進んじゃってるけど、そもそも人の土地で僕は何をしているんだ。それに、マンガ喫茶をオープンさせて働くって? なんて飛躍しすぎた話なんだろ。
「ううん。私は良いと思うよ。お父さんもきっと賛成してくれると思うの。だって、今の私達には他にどうすることもできないし。リーベルのおかげで、もしかしたらまた働いていけるかもしれない」
「ま、まあ今日は帰って考えるよ。シオリも大変だったし、ゆっくり休んでくれ」
「ううん。とっても素敵なものを読ませてもらえたから、今日は楽しかったよ!」
弾んだ声と一緒に、彼女は一冊のマンガを優しく本棚に戻していた。枠から何からピンク色で、表紙絵も僕が読んでいたものより繊細な感じがする。女の子向けの漫画なのかな。
とにかくそんなわけで、マンガ喫茶が出現した一日目は終了したんだ。近くに住んでいる人たちもやっぱり驚いていたっけ。そりゃそうだよね。店が焼かれて完全崩壊したと思ったら、また新しい店が建っているんだから。
◇
僕はとにかく朝が弱い。冒険者としては非常によろしくないって注意されたことがあったけれど、苦手なものは苦手。でも町の人達は大抵早起きして、既に仕事に向かっている時間だった。
みんな大変だなー。でも僕はこの前冒険者を辞めて自由の身になったわけだし、もう少しベッドのお世話になっておこう。
なんて考えていた時だった。
コン、コン、と優しくドアをノックしてくる音がする。
「ああ、いいのいいの。リーベルの部屋は好きに入っていいわよ」
「……す、すみません。それでは」
なんかおふくろの勝手な一言と、ちょっと緊張気味の小鳥っぽい声がしたんだけど。
「リーベル。おはよっ」
早朝から鈴の音色みたいに爽やかな声が、虚しいぼっち男の部屋に広がった。間違いない、シオリが来たみたい。
「…………」
しかし僕は寝たフリをする。早朝から動き回るなんてもうしたくはないんだ。ここまできたらとことんダラけるのみ!
「あれ? リーベル、もう起きてるって聞いたけど」
おふくろめ、時折ビックリするくらい勘が鋭いから困る。だけどシオリなら大丈夫。僕はこのまま昼まで寝てやる。
少しの間無音の世界になり、ガッカリしたシオリが帰っていくものと思っていた。でも違った。
「わああ、気持ち良さそうな寝顔」
なんか、じっと観察されちゃってるっぽい。ふわりと感じた風は、ベッド近くの椅子に彼女が座ったという証拠なのだろうか。まずい。恥ずかしくて寝れない!
チラッと薄目を開けてみた。
「お……おおお!」
「あ! 起きたんだ。おはよっ」
僕は今までヒナやビエント達と多くのダンジョンに潜ってきた。そして多くの高い山にも登り、数々の景色を記憶に納めてきた。
そんな僕ですら唸り声を上げるほどの絶景が今目前にある。椅子がベッド近くだったからか、シオリととっても近い距離にいたんたわけで。そして何より、顔よりも近くには谷があった。二つの谷が。
「おはよ……」
「えへへ。ごめんね! 寝顔ずっと見ちゃった」
「ああ、大丈夫大丈夫。それよりどうした? こんな朝から」
「うん。ねえ、これからあのお店に行かない? どうしても気になっちゃって」
どうやらシオリはマンガ喫茶のことが気がかりだったらしい。
「そうか。あのままにしておくわけにもいかないよね。じゃあ行ってみようか」
二人で外に出ると、雲ひとつない晴れ渡った青空が広がっていて、僕は久しぶりに気分が軽くなる。シオリも同じだったらしく、二人で並んで歩いていると、それだけで気持ちが穏やかになってくるようだ。
「私ね、あれから考えたんだけど……やっぱりあのお店で働いたほうがいいと思うの」
「マンガ喫茶かぁ。でもさー、店員とか雇ったりいろいろ、大変そうだよなぁ」
遠目に見えてきたお店は、まだなんの変哲もないただの家って感じがする。僕も昨夜はずっと考えていたんだ。しかし、冒険者とお店の店長じゃ全然違うよ。自信なんかやっぱりない。
「大丈夫! リーベルならきっとできるよ。私は信じてる」
「かい被りすぎだって。……でも」
ようやくお店の目前に来たところで、僕は一つだけ大きく深呼吸をした。
「こういう挑戦もありかもしれないって、ちょっとずつ思い直してもいる。せっかく作っちゃったんだから、一度やってみるか!」
僕は試してみたくなった。自分だけのオリジナルスキルがどこまでやれるのかっていうことを。ようやく気持ちを固めた時、隣にいるシオリは、なんていうか女神様みたいな微笑を浮かべてきた。
「やった! リーベルなら土地を貸してもいいって、お父さんからも許可をもらったの。それでね……私も、働きたいんだけど、いい?」
最後のほうでもじもじし始めるあたりが彼女らしい。
「いいのかい? 店員さんって大変かもよ」
「もちろん! 私、どんな仕事だって頑張る」
『シオリを店員にしますか?』
なんか最後のほうでマンガ喫茶の誰か? の声が聞こえたんだけど……。僕は大きく首を縦にふる。
「うん! ありがとうシオリ、改めてよろしく!」
そして僕の新しい挑戦が始まった。
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