第10巻 マンガを宣伝しよう
ふぅ……マンガ喫茶の準備もたった一日でけっこう進んでしまった感があり、夜はわりかし呑気にリビングでくつろいでいた。
そんな僕の気持ちを知ってかしらずか、帰宅するなり嵐のように駆け込んできた人がいた。僕の親父である。
「リーベル! リーベル! どういうことだ一体!?」
「え? 何が」
「何がではない! お前、店を始めるらしいな。さっきご近所さんから聞いたぞ」
流石は商人。耳の早さは天下一品だ。別に隠すつもりじゃなかったんだけど、まだ話してなかったんだよね。でも、こんなに血相を変えるなんて意外だった。反対におふくろはいつもと何も変わっていない。
「そうなんだよ。僕のスキルで喫茶店が開けるみたいだから、やってみようと思って」
「えらく簡単にいうが、商売というのはとても大変なのだぞ。とにかく私に説明してみなさい」
「あらあら。お父さんったら、なんだか張り切っているわね」
張り切っているんだろうか。僕はちょっぴり面倒くさかったけど、商売では大先輩だから色々教えてもらえるかもしれない。全てを説明し終えると、親父はなぜか額から汗を流していた。
「し、信じられん……。たった一日でそこまで準備が進んだというのか。しかし、マンガ喫茶なんて聞いたことがないなぁ。リーベルは冒険者としても一流だとヒナは話していたが、商売も人並み以上ということか」
「いやいや! 僕はどっちも二流だと思うよ」
「つまりこういうことだな。人数さえ調整できれば開店できると。なら、私がツテを辿って何名か紹介できるぞ」
「え! 本当? じゃあお願いするよ!」
これはラッキーかも! 人脈が全然ない僕としては、この展開はありがたいことこの上ない。
「うむ。だがその前に、お前に商売のイロハを叩き込まねばなるまい。ではまずは商人の心得その一から、」
「お父さん、日が暮れてしまいますわ」
「しかしな母さん、商売とは何よりも初心が大切なのだよ。私が駆け出しだった頃から順を追って、母さんとの馴れ初めまで語らなくてはなるまい」
「まあ、お父さんったら」
「それは商売と関係ないじゃん!」
必要以上に熱くなりまくっている親父と、うっとりし始めるおふくろを見てため息が出ちゃう。
「それはさておきリーベルよ。お前はまだ大切なことを行っていないぞ。何かわかるかね?」
「え? もう大体揃ってきてると思うけど。スキルのおかげで水とかも汲んでくる必要ないし……」
「違う! まだ、宣伝を行っていないではないかぁあ!」
「うわ! ちょっと、顔近いって」
くわ! という顔をアップにしてくる親父に怯んでしまう。
「良いか! どんなに素晴らしい土地に、サービス満点の店を構えたとしても、しっかり宣伝をしないことには客は訪れてはくれない。いかに多くの人々に店を認知してもらうかが大切だ! 故に何よりもまず重要なのが宣伝行為だ。さてリーベル、お前ならどうやって店の存在を広めていく?」
「そう……だね。とりあえず立札でも立てようかな」
「ふむ。立札以外にはどうする?」
「後はお客さんが来るのを待つ」
ドン! とテーブルが親父の拳で揺れる。
「うわわ!」
「ダメだ! それでは全然客などこない! 私ならまずは宣伝行為だけを目的とした人員を雇うな。そして王都と南にある港町ハナギレでひたすら店の情報が書かれた紙を配るのだ。続いて町長や商人仲間にも連絡して宣伝をしてもらう。勿論宣伝費用は嵩んでしまうが、これは致し方ない事。しかし、それでもまだ十分とは言えぬ! 最後にもう一つ必要なことがあーるっ」
「も、もう十分な気がするけど?」
流石は商人歴が長いだけのことはあって、親父は本当によく宣伝というものを知っている。最後の一つは僕の頭には当然浮かんでこなかった。
「最後の一つ、それは著名人に宣伝をしてもらうことだ。有名であれば有名であるほどいい。また宣伝費も高くつくかもしれないが、商売とはまず投資することが必要だ!」
「でも、僕の知り合いに著名人なんていないなぁ」
「居なかったら、どうやったら知り合えるかを考えるのだ。私もいくつか当たってみよう。とにかく健闘を祈る!」
親父は最後まで熱く語り終え、そして風のように部屋から出て行った。予想外だったけど、親父のおかげで店の開店準備は加速していくことになるのだった。
◇
店の宣伝について、僕なりに一つ考えたことがある。今更だけど、マンガって物自体よく分からない人ばっかりだったと。
だから、僕はまずマンガというものをお試しで読んでもらって、その後マンガ喫茶を宣伝するという方法を考えた。
そして馬車に揺られ、今は王都に向かっている。
王都ミカエシと港町ハナギレ、それからアザレアはそれぞれが近い位置にあり、行き交う人々も多い。アザレアはちょうど中間地点に存在するため、休憩などもかねて寄ってくる人が多いんだよね。
だからこの三つの町で宣伝活動をしてみようと思った。
「街頭で宣伝って、なんだかワクワクしちゃうね」
予想外だったのは、シオリが宣伝にも付き合ってくれたこと。人一倍シャイで恥ずかしがり屋の彼女がまさか手伝ってくれるとは思いも寄らず、僕としては本当に助かるのだけれど無理してないか心配だった。
「本当にいいのかい? シオリは人前に出るのが苦手だったんじゃないか」
「ううん、大丈夫。私、リーベルとお店のためなら頑張るっ」
グッと小さな手を胸の前で握りしめ、僕は頭が下がる思いだった。健気というか真面目というか、とにかく昔から真っ直ぐなところがある彼女に今は助けられているわけで。
僕らは半日かけて王都に到着すると、とりあえず中央広場に行ってみた。やっぱり国の中心だけあって人が沢山いるんだよね。人間だけじゃなくて、シーみたいなエルフとか、ドワーフとか獣人も沢山いるんだ。
「やっぱり王都は人で賑わっているね。私達の町も近いのに、全然違う」
「ここの土地が借りれたら大繁盛なんだけどなぁ」
思わずポカーンと人混みを眺めてしまう。いけないいけない! ボーッとしてる暇があったら行動しないと。
「よし、とりあえずこの辺りに場所取りしよう」
僕らが今回の拠点として選んだ場所は、中央広場の端っこにあるベンチの近くだった。他にも商売している人が沢山いて、ここしか場所が取れなかったんだ。それでもかなりいいスペースだと思うんだけど。
シオリと二人で簡易的な屋根を作り、テーブルと椅子を三つほど用意する。後は昨日作ってきた立て札を立てかけて準備完了。割とあっさりと出来ちゃった。
「いよいよね。お客さん来てくれるかな……」
「うーん。まあ、今回は売るわけじゃないから、敷居は高くないと思うんだけど」
テーブルにはいくつかのマンガを持ってきてある。ここでマンガの認知度を高めて実際にマンガ喫茶まで遊びに来てもらおうと考えているんだけど、上手くいくかは正直解らない。
なんて思っていたのはほんの数分くらいだった。
「見ろよ。すげえ可愛い娘がいるぜ」
「わああ! 美人ねえ。何を売っているのかしら」
「あのー。ちょっと品物見せてくれます?」
みんなシオリにつられて集まりだしてる。五分もしないうちに囲まれちゃってるよ。
「は、はいー。マンガっていう本をお試しで読んでもらってるんですっ」
シオリはガチガチに緊張しちゃってる。この状況は彼女にはわりと拷問かもしれない。
「マンガっていうのはほとんどが絵で書かれた創作書物なんです。冒険ものから恋愛もの、怖い話から推理ものまで色々ありますよ。それと……こういうのも」
チラッ……と健全な男子達にとあるマンガを見せてみる。そう、あの十八歳以上しか読んではいけない秘蔵のマンガを。
「おほ!? す、すげええ! その本読ませてくれ。っていうか買いたい!」
「おい待てよ! まずは俺が先だぜ」
「はあはあ……シオリちゃん最高」
一人だけなんか違うこと言ってる人がいるな!? シオリの周りには女子達も沢山集まってきて、なんだかんだでマンガの普及活動は成功したのだった。
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