第13巻 勇者達の失敗

 リーベル達が順調にマンガ喫茶を開店させた頃、勇者ヒナ達はとある遺跡の探索を行っていた。


 奥に非常に恐ろしい魔物達が巣食っており、村にやってきては人々を襲っているのだという。そして確かに魔物達は存在している。

 遺跡の奥へと続く血の跡を苦い顔で見つめながら、賢者ビエントはヒナと共に先頭を歩いていた。


「周囲の村人を襲って殺しているという魔物は、相当凶暴らしい。ディナルド、特にお前は気をつけるのだぞ」

「は、はい!」


 ディナルドはリーベルの穴を埋めるべく導入された召喚士であり、歳も四つほど上でキャリアも十分。まさに望んでいた逸材だとビエントは喜び、盗賊シーは代わりの荷物持ちがきたと内心ホッとし、アルコバは特に変わらなかった。戦士にしてみれば、戦えればそれでいいということなのだろう。


 しかし、最も無関心なのは勇者ヒナだ。

 新人召喚士のことだけではない。彼女は最近冒険のことも好きなスイーツのことも関心がなくなってきている。関心があるのは唯一兄のことだけだった。


「お兄ちゃん……今頃ヒナがいなくて、寂しくて泣いてるのかも。どうしよう」

「ちょっとちょっとー。なぁーに暗くなっちゃってんのよ。アーンタがそんなに暗くなってちゃ、リーベルも安心して暮らせないんじゃないのぉ」


 自堕落で引きこもっていたヒナをなんとか冒険に連れ出すことができたのは盗賊シーだが、あくまで出来たのは連れ出すことだけ。やる気を奮い立たせることは到底できなかったのだ。


 しかし賢者ビエントはあくまで楽観的だった。こうして冒険を続けていれば、自身の兄がいかに無能であったかをいずれは理解できるだろうと、そう考えている。


「勇者よ。兄がいなくなって辛いかもしれないが、そう気を落とすな。君には誰よりも勝る大義があるのだぞ。いずれは魔王を討伐するという大義が」

「魔王なんか何処にもいないじゃん。めんどくなってきた。もう帰っていい?」

「待つのだ勇者よ。まだ我々は依頼を……?」


 上の空の勇者に声掛けをやめ、ビエントは正面にある何かに目を凝らす。遺跡の中にいくつもの赤い光が不吉な輝きを放っていた。いくつも存在しているそれは、凶暴な魔物の瞳に違いない。


「あ! 魔物……っていうか。ヤッバーい! なんかあたし達囲まれてないー!?」


 シーが叫んだ瞬間と、魔物達がこちらに駆け寄ってくるのはほぼ同時だった。いつの間にか開けた場所にたどり着いていた勇者達は、四方から攻撃を受けることになってしまう。


 ◇


 洞窟内の開けた場所で、大小さまざまな魔物達が勇者パーティを襲う。

 人間の三倍程大きな体躯を持った巨大な猿、枯れ枝のような体をローブで包んだ魔法使い、人よりも大きなムカデなど、いずれも不気味な悪しき怪物達だ。他にも山賊のような服装をし斧を振りかざす二足歩行の狼もいる。


「く! ヒナはいつもどおり戦ってくれ! アルコバとシーは我々のサポートを頼む。ディナルド! 召喚魔法を使え」

「は、はい!」


 狼狽しつつ召喚の詠唱を始めるディナルドとは対照的に、アルコバは不満げな顔をして左手に持っていた斧をしまい、背中に預けていたシールドを取り出した。普段の彼は斧を二丁振り回して戦うスタイルである。


「俺も暴れていいんじゃねえのか? ったくだりいな」

「文句を言ってる場合ではない! シー、アルコバと連携して時間を稼ぐのだ」

「ええー。あたしってば、前線は苦手だって言ってるじゃんー」


 文句を言いつつも二人は迫り来る魔物達からなんとかビエントとディナルドを守る。魔物達は十匹や二十匹という数ではなく、恐らくは百匹を超えていることは容易に想像がつく。


 ヒナだけはほぼ自由に行動することを許されている。大抵の場合、一番火力がある彼女が好きなように暴れることで、結果的にパーティは危機を回避してきた。

 迫り来る大猿や狼山賊を、彼女は黙々と一人で向かい打っていて、囲まれたり不意を突かれそうになろうとも、柔らかな手に握られた剣がこともなく斬り裂いていった。


「いいぞ勇者よ! では我々も見せ場を作らねばな!」

「……………」


 張り切る賢者ビエントとは対照的に、勇者にはやる気のかけらも感じられない。


 ムカデや魔法使いが迫り、それぞれの長所を生かした攻撃を繰り出してくる所を、アルコバは盾や戦斧で幾度も防いでいた。


「ちい! おいお前ら、まだかよ!?」

「早くぅー。あたしもうダメかも! あひゃ!?」


 シーはいつの間にか倒したはずの狼に尻を噛まれている。自らのナイフでの一撃を過信してしまった。


「あいたたた! ちょっとちょっと、なんとかしてええ!」


 盗賊が駆け回る姿を見て呆れつつも、気を取り直したビエントは杖を魔物達に向けて叫ぶ。


「喰らえ! ハイ・フリーズ!」


 杖から解き放たれた猛烈な吹雪が、一際体の大きな猪の魔物や大猿に命中し、瞬きする間もなく氷漬けにした。しかし今の攻撃によって倒した魔物達は全体の一割にも満たず、他はいずれも交戦中だ。

 ビエントは自らの魔法があまり効果をなさなかったことに奇妙な違和感を覚え、焦りが生まれ始める。


「な……なぜだ? く! ディナルド、まだ召喚できないのか?」

「すみません。強い魔物を呼び出すのは、それなりに時間が」

「言い訳はいい! では低級のモンスターで構わぬ。ゴブリンを五体ほど召喚しろ」

「は、はい?」


 賢者の指示に、召喚士は自らの耳を疑う。後衛が危機に陥った時、リーベルはいつも低級の魔物を数対召喚して守りを強化してくれていた。同じことが格上の召喚士にできないはずはない、そう考えていたのだが。


「そんなこと無理です! 魔物は一度に一体しか召喚できません!」

「な!? お、お前は……ぐわ!」


 気を抜いていた時に魔法使いが放ったファイアボールが命中し、ローブが若干だが焼けてしまう。


「何をしているアルコバ! シー! しっかり守らないか」

「バカ言え! こっちも限界なんだよ!」

「痛い痛い痛い! このバカ犬! 話せって言ってんでしょーがっ」


 アルコバは魔物に囲まれジリジリと追い詰められ、シーは相変わらず狼にかじられて走り回っている。ビエントは苛立ちと焦りがないまぜになっていたが、それらを吹き飛ばす猛烈な行動が視界に映る。


「お兄ちゃああああああん! なんでええええ!」


 苛立ちがピークに達した勇者ヒナが、嵐のように洞窟内を駆け回り始め、触れた魔物が千切りにされて吹き飛ばされていく。


「勇者よ! 流石だ! それでこそ私が見込んだだけのことはある」


 ビエントは感激と同時に確信を持った。彼女は既に覚醒を始めており、兄を追放したことは間違いなかったと。だが次の一手で彼の脳内は真っ白になってしまう。


「うわああああん! お兄ちゃああああああん」


 彼女は盾を背中に預けると、空いた左手を天井にかざすように上げ、即座に黄金の光を発する。賢者であるビエントには、それが何の魔法かはすぐに理解できた。


「それは……爆発魔法ではないか!? 勇者、ちょっとまーーーー、」


 黄金の光は一瞬にして巨大化し、やがて洞窟内で大爆発を起こした。


 ◇


「あれ? ここどこ?」


 全てが終わり、呑気な声を漏らした勇者ヒナとは対照的に、みんなはもうボロボロになって地面に倒れている。間一髪、シーがオリジナルスキルである【緊急回避】を発動させることに成功し、ダンジョン前の入り口まで戻ることができたのだ。


「はあはあ……どうなってんだぁこれはぁ!」

「あたしの服が野蛮な狼のせいで穴だらけなんですけど! もおサイテー!」

「すみません。結局誰も召喚できなくて」

「ヒナもう疲れちゃった。帰ろっか」

「帰ろっかではなーい! 何を考えているのだぁ! 遺跡ごと爆発してしまったら、我々の依頼は失敗ではないか!」


 結果的に依頼は失敗に終わり、その日勇者パーティは骨折り損になってしまった。ビエントは魔物が遺跡を破壊したと偽りの主張を続けていたが、ギルド側はあくまで報酬を出そうとはしない。

 勇者達は今回の依頼をきっかけとして、徐々に失敗が目立つようになっていった。

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