第33巻 激突する召喚士達

 僕らはとにかく防戦一方になっていた。合成魔物は全身から魔法や打撃、斬撃をいくつもいくつも放ってくるんだ。それらをかわし、防ぐだけで本当に精一杯の状況だった。


「くははは! 面白い姿を晒しているなぁ。俺はお前の無様な姿が見たかったんだよ」


 ゲイムは魔物の肩部分に乗り、高みから見物している。まったく楽でいいよ。僕らは逃げ回っているというのに。


 右の腕が振り下ろされるのをかいくぐり、左の腕が爪で引っ掻いてくるのをかわし、腹から出てきた口が火を吹いてくる。僕が焼かれそうになった寸前でスライムが庇ってきた。


「すらっち! ポチ、回復を頼む!」


 言われるまでもなくワーウルフは回復魔法を使用し、どうにかスライムは消滅させられずに済んだ。しかしホッとしている間もなく、奴の攻撃は激しさを増してくる……予定だったはずだ。


「ははは! さあ、そろそろ仕上げ……ん?」


 合成魔物の両腕がするりと抜けて地面に落ちる。ゲイムが気づいているかは解らないが、尻尾も半分地面に落ちた。


「貴様……何をした」

「僕だって、勇者パーティにいたんだ」

「グウウウウウアアアア!」


 百害の魔物はすぐに再生ができるらしい。唸り声と共に攻撃を再開しようとした奴を、ゲイムの左手が止める。アイツは真顔だが、今にも食ってかかってきそうな空気感に満ちていた。


「後衛職って言ったって、自衛ができなければならなかったんだよ。それに、僕は強い魔物が呼べない分、自分で頑張らなければならなかったんだ」

「……」


 まだゲイムの顔には疑問が浮かんでいる。このまま魔物の思うままに攻め続けていれば、僕らがつけいる隙などなかった。


「お前の言動は不可解なことだらけだ、リーベルよ。先程は召喚した魔物を庇っていたな。なぜそんな真似をする? 魔物なんてただの道具だろう」


 僕は首を横に振った。彼とは根本的な考えが違うんだ。


「召喚した魔物はただの道具なんかじゃない。彼らだって何かの目的の為に、僕に力を貸してくれているんだ。助け合うのは当たり前のことなんだよ」

「何をいうか! お前だって魔物を利用しているだろう! それは道具にしているというんだ。俺と同じで、お前もまた魔物に指示をしているだけだ。召喚士とはそういうものだ。今更綺麗事を言うのはやめろ」

「本当にそう思うか。ゲイム。僕が、本当に彼らに任せきりにしていると思うのか?」


 僕は血が滴っている杖をひらりと回し、隣にいるゴブリンのタロウに石突を向ける。彼は棍棒を持っていない左手で杖の支柱部分を掴んだ。もう長い付き合いだ。何をしたいのか理解しているのだろう。


「ゲイム、最後は僕自身の手で君を倒すよ」

「大きく出たな。しかし、その発言は悪手だ。自分をただ縛りつけるだけのな!」


 ゲイムの一言と、僕が杖を引っ張り、中にある刃を引き出したのはほぼ同時だった。仕込み杖の刃を見て、ゲイムの薄ら笑いが消える。

 奴はようやく気づいたらしい。巨大な怪物の腕や尻尾を斬り落としたのが、僕自身であったことに。


 チャンスは僅かしかない。僕は駆け出した。奴は一呼吸遅れて怪物に攻撃の司令を出す。百害の魔物は両手を広げ、全身からあらゆるものを解き放った。


 腹から無数の口が開いて、羽虫のような魔物がいくつも飛んでくる。同時に腕からは無数の矢みたいなのが飛んできた。どれだけの魔物が合体しているのか知らないけど、意味が解らなすぎて、まともにやっていたら勝てそうにない。


「ハイ・スピード」


 補助魔法を召喚して自身に付与する。奴らの攻撃を掻い潜りながら接近していく。僕は二、三回胴体を斬りつけすれ違い、Uターンしてもう一度攻撃を仕掛けた。攻撃のリズムが点でバラバラな上に、体全体が分厚すぎるから一太刀浴びせても効果が薄い。

 驚くべきことに奴は胴体ごと体をくるっと向けてこちらに幾つもの魔法を放ってきた。ファイアボールやアイスランス、サンダーといったものから、毒と思われる液体魔法まで様々だ。


「ハイ・スピード」


 もう一度補助魔法をかける。これで素早さはさっきよりも上がっている。


「小細工だな。そんなものは」


 ゲイムが杖を天井に向けてあげると、赤々とした光が魔物の全身に注がれていく。どうやら奴の攻撃速度も上がっているらしい。


「ハイ・オフェンス」


 今度は攻撃力を上げる。しかし、胴体ばかり斬っていても恐らくは倒せないみたいだ。やっぱり倒すなら、首から上に一撃を喰らわすしかないとか思っていたら羽がバタバタし出して、あいつ浮かび上がり始めたんだよ。

 ただでさえデカくて狙うのが大変なのに。


「ハハハハ! どうしたどうした!? さっきまでの威勢の良さはどこに行ったんだ! 貴様が倒してやるんじゃないのか!」


 ゲイムは笑っている。きっとこのまま楽に勝負が終わると確信したんだろう。でも僕らはまだ終わっていない。訳のわからない波状攻撃を潜り抜けている中、スライムが飛び回り、ゴブリン達がしきりにこちらを呼んでいた。ハイ・スピードやハイ・オフェンスはパーティ全員に付与される補助魔法。だから彼らもまた能力が上がっている。


「ギギ・ギ!」


 怪物の股下を通過した僕の側に待っていた二匹のゴブリンは、両手を組んでしゃがんでいる。マンガ喫茶で手伝ってもらった時もそうだけど、理解が早いから助かる。僕は勢いよく彼らの両手に足を乗せる。ゴブリン達は思いきり僕を上空へ投げ飛ばした。


 ハイ・オフェンスによって腕力も強化されている彼らの投げは、ゲイム達の予想よりもずっと勢いがある。どうにか胴体近くまで接近した。上から槍のような物が降ってきて、そいつを斬りながら胴体の口元を蹴り上げ、もう一度跳躍する。


「く! 逃げろ百害! さっさとしろぉ!」


 ゲイムの指示により僕から離れようとした合成魔物の動きが止まった。ワーウルフの回復魔法が目前に降り掛かろうとして体が止まっている。合成した中にはアンデットもいたのだろう。僕は奴の胸を超え、鎖骨付近までやってきたところで、ゲイムが顔色を変えて後ずさった。もう奴と僕の距離は本当にすぐ近くだ。


 無数の怪物を合体させて作り上げた百害の魔物。しかし、それだけの数を融合させるということは総じて大きな無理が生じる。無理を押し通して強大な力と生命活動を維持するためには、繋ぎ止める何かが必要だ。

 奴の額にある魔石こそが、その繋ぎ止める役目を果たしているはずだ。


 しかし、当たっているかは確信が持てなかったんだよ。なにせこうやって話している魔石のくだりっていうのは、実はマンガで覚えたことだったんだ。

 うん、僕って結構なアホだよね! ただ、今回の合成魔物はマンガに出ていた敵キャラに瓜二つだった。どういう因果か知らないけれど、もしかしたら弱点も同じかもしれないと賭けに出た。


「おのれ……リーベル!」


 僕の予想が当たっていそうだ。目前にいるかつての親友が焦り出したことで信憑性を増した。ゲイムが正面から杖を振りかざしてくる。あと少しの跳躍で奴の額に届くというのに。


「キュー!」


 唐突に懐から飛び出したぱんたがゲイムに突撃し、奴の頬をぶっ飛ばした。


「ぐわ! こ……この」


 これが唯一にして最大のチャンスだった。僕はぱんたに気を取られているゲイムを無視して、肩部分からもう一度ジャンプをする。魔物の巨大な頬の真上、あらゆるものを見下ろせる高い視界の中、仕込み杖を振り上げると、そのまま思いきり魔石に突き刺そうとした。

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