第19巻 あれ? 君は確かに僕が……
幽霊騒ぎから二日後。
朝からマンガ喫茶にはお客さんが沢山やってきて、僕もシオリも大忙しになった。実は新しい店員も増えたんだ。幾分楽にはなっているんだけど、まだまだこれから大変になりそうな予感がする。
僕はお昼休憩の為に街外れにあるレストランのテラス席にやってきていた。最近本当に充実しているなぁ、とか考えながら通りを眺める。
思えばアザレアも賑わってきたようで嬉しい限りだ。いろんな人がいるなぁ……。メイド風の衣装を見に纏う店員さんが料理を持ってくるのを、僕は今か今かと待っている。
実は店員さんを待ち侘びているのには、もう一つ理由があった。さっきから気になってしょうがないことがあるんだよ。
「ねえ……」
「いやー、今日も繁盛してて良かった。でも、そろそろ何か新しい企画を考えないとな。うーん」
「ねえってば」
僕は何気なく仕事のことを考えているアピールをする。昼間だというのに背中が寒い。
「見えてるんでしょ?」
「あーなんか眠くなってきた。もうここで寝ようかなぁ」
「私のこと、見えてるんでしょ?」
くうう! さっさと消えてくれと声の主に心の中で叫びつつ、救いの主がやってきたことに気がつく。
「お待たせ致しました。メニューはお決まりですか?」
ようやく店員さんがやってきてくれた。ああ良かった。声の主は急に黙り込む。
「あ、はい。Aランチでお願いします」
「あ……すみません。Aランチは今品切れしちゃってまして」
「え? そうなんだ。じゃあどうしようかな。えーと、メニューはっと」
僕は丸テーブルにあるはずのメニューを探すが、どうにも見つからない。
「手元にあるわよ。メニュー」
「ん? ホントだ。ありがとう。えーとじゃあ……あ!?」
しまったぁああ。気がつかないふりしてたのについ返事しちゃったよ!
僕の目前に髪の長い女幽霊がドアップで迫ってきた!
「今返事したよね!? 見えてるんでしょ!? ねえ!?」
「お、お姉さん! じゃあハンバーグランチでお願いしますー!」
「はーい」
ちなみに店員のお姉さんには見えていなかったらしく、首を傾げて不思議そうな顔で店内に戻っていった。僕がそのままずっと無視を決め込んでいると、幽霊はチッと舌打ちしていつの間にか去っていった。
マジかよ。あの幽霊てっきり退治していたと思ったのに。とはいえ、襲ったりはしてこないから、まあそこだけは助かるのだけれど。
幸いにしてマンガ喫茶に現れることはなくなったけれど、僕からすればまた出てきたらどうしようかと気が気じゃなかった。
そこで一つの妙案を思いついたんだよ。
きっと現役バリバリのプリーストならあの幽霊を天に送ってくれるはずだと。妹宛に手紙を書いて紹介してもらうっていうのはどうだろうかと。
ヒナは恐らく今もクレアーテにいるはずだから、手紙を送れば読んでくれる可能性は高い。頭に浮かんだらすぐに実行というわけで、僕はその日のうちに手紙を書き終えポストに放り込んだ。
◇
王都と港町の中間に位置している町、アザレアはは少しずつ人の出入りが増えているが、全く変化がない通りもいくつか存在している。
中でも顕著なのが、南西にある無人通りと呼ばれる地区だった。一戸建ての住居が並ぶ通りは昔こそ賑わっていたが、近年あまり人が住み着かなくなってしまい寂れている。
そんな通りに、一際異彩を放っている館があった。全体的に黒ずんでしまった外観も、薄暗く広い室内も、アンデットが現れてもおかしくないほど不気味に映る。
しかし、不気味で誰もが近寄ろうとはしないような館であれ、好んで住んでいる者はいる。
「しかしねえ。ミランダが負けちゃうなんて驚きだよね。ビックリしちゃった」
「呑気なことを言わないでよ。殺されるかと思ったじゃない。それと、話が違い過ぎた。どういうことなの?」
「ごめんごめん! ちょっとばっかし想定外だったのは認めるし、謝るからさ。それに、ちゃんと助けたじゃん」
書斎と思われるフロアのソファに座っているのは、白と紫が混じったような髪色をした少女だった。黒を基調としたフリル付きのドレスを身につけ、厚底の靴を退屈そうに空中でぶらぶらと振っていた。
「あたしは二度とごめんよ。今度あの魔法を受けたら確実に死ぬわ」
「あはは! 殺されるとか死ぬとか、変なの! ミランダはとっくに死んでるじゃん。それにしても、凄い人もいたものだよねぇ。あのマンガ喫茶とかいうのも、相当な力をひめているみたい。ねえ、シュピールもそう思うでしょ?」
向かいのソファに腰を下ろし黙りこくっていた老人は、不機嫌そうにため息を漏らす。
「大した問題ではない。しかし、話が違うのではないか? ワシはお前の魔法を存分に発揮して奴らを解らせてやれと頼んだはず。今のところ、まるで友人のような亡霊を消しかけただけではないか」
「友人のような、じゃなくて友人なの。ねーミランダ!」
ミランダと呼ばれた幽霊は、特に返答をすることもなく姿を消した。
「お前の魔法でなんとかしてもらえんかな? この地に眠る悪霊の類を大勢呼び寄せることも、ネクロマンサーの姫なら可能だろう?」
「やーだよ。誰かに頼まれて力を使うなんて嫌。やりたい時にやる……それだけ」
老人は深いため息を再び吐くと、ソファから重い腰を上げる。
「お前が動いてくれんというのなら、私がやるしかない。あまり、手荒なことはしたくないのだが」
「手荒なことしかしてないでしょー。でも、シュピールでもあの人を相手取るのは厳しいじゃない? 強いよぉホントに」
ふん、と鼻で笑い、老人は杖をついて歩き出した。
「私に勝てる……か。いやはや、舐められたものだ。この老体を侮った者は、皆それはそれは酷い目にあってあの世へ送られたものよ。何処の馬の骨か知らんが、まあ一捻りしてやろう」
老人は館の主である少女にではなく、ただ独り言として呟いていた。一見すると老いただけの背中からは、禍々しい瘴気が常に溢れている。
「しっかしあの人。なかなかカッコイイよね。頼りがいあるし……あんなお兄ちゃん、欲しいなぁ」
「彼氏にしたいってこと?」
カーテンが揺らぎ、先ほど消えたはずのミランダが姿を現し、興味深そうにジト目を向けている。
「ううん。そうじゃなくてぇ。お兄ちゃんってことだよ!」
「兄弟や親は手に入らない。当たり前のこと」
少女は首を傾げた。まるで不思議な生物でも見るような視線を幽霊に送っている。
「そうかなぁ? できるんじゃん? ……やり方によっては」
彼女の白い左腕には紋章が刻まれている。死神を表したその模様は、上級ネクロマンサーだけに現れる模様だった。
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