第15話 理不尽

 最悪だ……よりにもよってこんな所であいつに会うとは。これなら小銭を巻き上げられた方がましだったかもしれない。


「なんだお前? カッコつけた登場の仕方しやがって」


「おい、こいつ比嘉ひが流星りゅうせいって言わなかったか?」


「あぁ? ……ってことは、こいつが噂になってるヒガソーのお坊ちゃんってわけか」


 流石は比嘉。上級生にもばっちり知られているなんて有名人だねぇ。


「ゴミの分際で俺様の名前を口にするな。けがれるだろ」


「…………あ?」


 殺気立つ先輩方。おいおいおいおい、比嘉のばかちんが。火に油を注ぐんじゃねぇ。


「おい、比嘉さんよぉ。ここは皇聖学園だぜ? お前さんを手厚く保護してくれるボディーガードなんかいねぇんだよ」


「粋がってるようなら、ギフトの能力向上を名目にぶちのめしてやってもいいんだぞ、こら」


「ギッタギタにされたくなかったら、けつまくってここから消えろ」


 明らかに怒気をたぎらせた先輩達を見ながら、比嘉は盛大にため息を吐く。


「……無能っぷりもここまで来るとお笑いだな。力の差が分からなくて粋がっているのはどっちなのか教えてやる。こい」


 比嘉が薄く笑いながら指をクイクイッと動かした瞬間、先輩達の血管がぶちっと切れた音が聞こえた気がした。


「温室育ちのクソガキが!! 調子に乗るんじゃねぇよ!!」


「ヒガソーの威光なんて関係ねぇ!! あの野郎をぶっ殺せ!!」


「裸にして屋上から吊るしてやる!!」


 ぶちぎれた先輩達が比嘉に向かって走り出そうとする。しめた! この隙に逃げるぞ、御巫!


 ピシャン!


 一瞬の雷鳴。そして、間髪置かずに四方八方へと吹き飛んでいく先輩達。


「……ふん、口ほどにもない」


 いつの間にか目の前まで来た比嘉が、バチバチと体の周りで雷をはじけさせながら、退屈そうに呟く。そして、ぽかんと口を開けたまま尻もちをついている俺達に冷たい視線を向けた。


「あんなゴミ共にいいようにされるとは……呆れを通り越して怒りすら覚える。貴様らみたいなのが俺様と同じクラスにいる事にいきどおりを禁じ得ない」


 吐き捨てるようにそう言って不愉快そうに鼻を鳴らすと、比嘉は俺達に背を向けてスタスタと歩き出した。やっとの事で我に返った俺は慌てて立ち上がり、比嘉に声をかける。


「ひ、比嘉! その……あり」


「勘違いするな」


 俺の言葉を遮るように、比嘉が声を張り上げた。


「別に貴様らを助けたわけじゃない。目障りなゴミを片付けただけだ。……下らない事を言おうものなら、貴様らも処分するぞ?」


 僅かに首を傾けた比嘉が、こちらに鋭い視線を向けてくる。なにこいつ、めちゃ怖いんですけど。素直にお礼を言おうとした俺が馬鹿だったって事か。


「さっさと消えろ。俺様の気が変わらないうちにな」


 右手から雷を放ちながら、こちらを威嚇してくる比嘉。あれはあかんわ。敵う気がまるでしない。


「よし、御巫。行こう」


「そうだな。俺達には時間がないんだ」


 その通りだ。若干忘れていたが、俺達には狂気の親衛隊から逃げおおせるという大事な使命があるのだ。こんな所で浪費していい時間などない。比嘉の雷が怖いから今すぐにこの場を離れたいなんてことは断じてない。

 ビクビクと早足で寮を目指す俺達を見て、比嘉は苛立ちながら舌打ちをした。


「ふん……生きている価値もないくずめ」


 ピタッ。


 その言葉で俺の足が止まる。


はやて……?」


 突然立ち止まった俺の名前を、御巫が戸惑いながら呼んだ。だが、俺は何も答えず、ゆっくりと比嘉に向き直る。


「……今の台詞セリフは聞き捨てならねぇよなぁ? 取り消せよ」


「なに?」


 比嘉がいぶかしげな表情を向けてきた。そんな事はどうでもいい。


「生きている価値がない奴なんていない。取り消せ」


「…………」


 別に俺がゴミ扱いされても我慢できる。馬鹿にされたってかまわん。だけど、その言葉だけは我慢ならない。

 しばらく何も言わずに俺の目を見据えていた比嘉が乾いた笑みを浮かべた。


「……取り消すわけないだろ。俺様が正しいんだからな」


 さげすむような目でこっちを見てくる比嘉の目を、俺は真正面から見返す。


「この世は力がすべてだ。ギフテッドだろうと力のない奴は存在する価値がない。そういう奴はいなくなった方が世の中のためになるというものだ」


「力が全て……」


 俺はそうは思わない。その理論なら、強ければ強いほどいいって事だろ? そんな単純な世の中だったらどれだけよかった事か。


「…………一発だ」


「ん?」


「お前の全力の一発を俺が耐えきったら、さっきの台詞セリフは取り消せ」


「…………は?」


 俺の言葉に、呆気にとられた表情を見せる比嘉。少しの間そのまま固まっていたが、突然、笑い声をあげた。


「何を言い出すかと思いきや……正気か貴様?」


「力が全てなんだろ? だったら、お前の力を俺が受け切ってやるって言ってんだよ」


「やれやれ……おかしな奴だと思っていたが、道化のたぐいだったか。笑わせてくれる」


 比嘉の奴、まるで本気にしてねぇな。無理もねぇか。基礎訓練の授業でいつもひーこら言ってるような劣等生だもんな、俺は。それなら、全力であおっていくしかねぇわな。


「指一本だ」


 俺はニヤリと笑みを浮かべながら左手の人差し指をピンッと立てた。


「俺はこれしか使わない。もし、これでお前の攻撃を防げなかったら、下僕げぼくにでもなんでもなってやる」


「…………なに?」


「お、おい! 颯!」


 比嘉の顔から笑みが消える。それまで黙って成り行きを見守っていた御巫が、あまりに突拍子のない俺の発言に、思わず口を挟んできた。


「お前は下がってろ。これは俺とあいつの問題だ」


「で、でもよぉ……!!」


「安心しろって。負けやしねぇよ」


 余裕たっぷりの笑みを見せながら言った俺の言葉に、比嘉の眉がピクリと反応する。


「……つい先日まで己のギフトも知らなかった愚か者が、あまり大きな口を叩くなよ?」


「どうした? びびってんのか? ヒガソーのお坊ちゃんよ?」


「……いいだろう。その安い挑発に乗ってやる」


 その瞬間、空気が震える。無数の稲光が比嘉の周りで荒れ狂い始めた。現実離れした光景を前に、俺はごくりと唾を飲み込む。


「全力の一発をご所望だったな? そのリクエストに応えるとしよう」


 目の前の男から発せられるオーラに、俺は圧倒されていた。いや、オーラだけじゃない。規格外のギフトを目の当たりにし、俺は銅像のようにその場で動けなくなってしまった。

 空は雲一つない晴天だというのに、耳をつんざくような雷鳴が轟いている。体から無数の雷をほとばしらせながら、比嘉ひが流星りゅうせいはニヤリと笑みを浮かべた。


「なに、殺しはしない。校則を破るつもりなどないからな」


 地面を砕くいかずちの余波が俺の肌を焼く。それが、目の前で起こっている現象は見せかけではないということを否が応にも俺に教えてくれた。


「たが、もう二度とこの俺様に舐めた口を利けないよう、少々痛い思いをしてもらうぞ。……もっとも、痛いで済むかどうかはわからないがな」


 奴を取り巻く雷の激しさが増していく。同時に、俺の背中に冷たいものが流れた。


「指一本というふざけた条件を撤回させてやってもいいぞ? 俺様は優しいからな」


「……うるせぇ。さっさと来いよ」


「強がりはよせ。俺様の力を目の当たりにして、随分と顔色が悪くなっているじゃないか」


「よくしゃべる奴だな、おい。指一本に負けるのがそんなに怖いか?」


「……そうか。余程地獄を見たいようだな」


 スッと目を細めると、比嘉はゆっくりと手を前にかざす。すると、周りで踊り狂っていたいかずちが奴の目の前で何かの形を成していった。


「俺様には下僕など必要ないが、そうだな……もし、本当に指一本でこいつに耐えられたら、俺様が貴様の下僕にでもなんでもなってやろう。……耐えられたらの話だがな」


 それは雷で作られた金色にきらめく龍だった。前に立っているだけで信じられないほどおっかない。比嘉に食って掛かった事をちょっとだけ……いや、かなり後悔している。


 でも、どうしても譲れなかったんだ。


「"轟く者トール"のギフト……とくと味わえ!! そして、自分のバカさ加減を病院のベッドで呪うんだな!!」


 比嘉が凶暴な笑みを浮かべながら、バッと手を大きく開いた。


雷龍レイ・ロン!!」


 人一人容易く呑み込めるほどの巨大な龍の化け物が、俺目掛けて襲い掛かってくる。はっきり言って怖い。怖すぎる。膝なんてガックガクだっつーの。立ってるのがやっとだ、くそったれ。

 おい、俺のギフト……ちゃんとやれるんだよな? ありとあらゆるものをはね返してくれるんだよな? 全く信じられないけど、もう信じるしかないんだよ! まぐれでも奇跡でもなんでもいいから起こしやがれ!!


 俺は指を差すように、震える指を雷龍に向ける。


「──理不尽バウンス


 人差し指が雷龍に触れそうになった時、自然と言葉が口から出た。その瞬間、雷龍はその場で大きく身をひるがえし、自分を生み出した主人のもとへと帰っていく。


「なっ……!?」


 目を見開いて驚いた比嘉だったが、慌てて他の雷を集めて雷龍を迎撃しようとした。だが、あの雷の龍は奴が全力を注いだ一撃。いくら比嘉とて、そう簡単に打ち破ることなどできない。


 ズドォォォォォン!!


 まさに落雷があったかのような音と衝撃。その中心にいた比嘉は黒こげになってゆっくりとその場に崩れ落ちる。南無。


「いや、南無じゃねぇよ!! 比嘉の奴、生きてるよな!?」


 慌てて駆け寄り、心臓に耳を当ててみた。……と、とりあえず生きてる。まじで安心した。危うく犯罪者になるとこだったぜ。でも、やばい状態には変わりない! 早く保健室に連れて行かねぇと!


「おい! 御巫! 手を貸してくれ!!」


「…………」


 少し離れた所にいる御巫を呼ぶが、なぜか返事がない。不審に思い、比嘉を引きずって近くまで寄ると、何やら物物と呟いていた。


「あ、ありえない……! 颯は俺と同じでクソみたいなギフトを掴まされたと思ってたのに……!! パッとしないキャラだと思ってたのにぃぃぃ……!!」


 御巫がワナワナと体を震わしている。こいつ……そんな風に俺を見ていたのか。ぶん殴っぞ、まじで。って、今はそんな事をしてる場合じゃねぇんだよ!!


 なんとか御巫の正気を取り戻し、俺は比嘉を背負いながら一目散に保健室へと走っていった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る