第19話 指でつつくものと言えば?
翌日、基礎訓練の授業。
最近ずっと地味な基礎トレーニングが続いていたんだけど、今日は久しぶりに実習棟の壁をよじ登ることになった。最初の授業以来だからなんとなく懐かしい気分になってくる。
「お、おほほほほい!! は、ははは
「ば、ばばばば馬鹿野郎! こ、こここここんな所で、は、はははは話しかけんじゃねぇよ!!」
必死にパイプを掴んでる
「最初の勢いはどうした? もうゴールは目と鼻の先だぞ?」
落ちこぼれ二人の下からエリートが余裕そうな顔で
「貴様らの補習にわざわざ付き合ってやっているんだ。さっさと終わらせろ」
「んな事言ったってよぉ! ひぃぃぃぃ!!」
今めっちゃ風吹いた! 危うく落ちそうになって股間がヒュンってなった!!
「安心しろ。仮に落ちたとしても、地面につく前に俺様が雷で黒焦げにしてやるから」
「そ、それのどこが安心できるって言うんだよ!! や、優しく受け止めてくれよ!!」
「断る」
御巫が泣きそうな声でした頼みも、何の迷いもなく却下された。まじで鬼畜の所業。……まぁ、前回屋上まで行けた奴は今日の授業が自由時間になる所を、俺達に付き合ってくれてるだけましか。無理やり付き合わせたともいえるが。
ちなみに初回の授業ではギフトを使って屋上まで行った比嘉だったが、ギフトを使わなくても涼しい顔で壁を蹴りあがってあっさりと屋上にたどり着いた。これだからエリートって奴は……。
「一階から二階に上がったときは楽々行ってただろうが。それと同じ事をここでもすればいい」
「か、かかか簡単に言ってくれる!!」
「あ、ああ足が震えて、う、う動く気がしねぇんだよ!!」
「落ちると思ってるから恐怖心なんぞが芽生える。曲がり
あの比嘉が優しい言葉をかけてくれてる、だと? 俺は夢でも見ているのかもしれない。だが、夢でもなんでもいい。今はあいつの言葉が俺に力を与えてくれた事に感謝せねば。
よくよく考えれば比嘉の言う通り、こんなもん大した事ねぇだろ! 別に上と下で建物の構造が様変わりしているわけじゃないし、同じように登れば楽勝だ! しっかりと体を鍛え始めている俺達の敵じゃないはず!! 高いって言ってもたかだか五階だろ? わけないってあっやべ下見ちゃった無理高い怖い。
「やれやれ……付き合ってられないな」
ほとほと呆れたといった感じの声が聞こえた。……いや、聞こえたのは声だけじゃない。バチバチバチって弾ける音も聞こえた気がする。俺と御巫は顔を見合わせると、ゆっくりと比嘉の方に目を向ける。
「落ちるのがそんなに怖いなら、俺様が手を貸してやろう」
いやいやいや、手を貸してくれるのはありがたいんですが、俺達の真下にスタンバっているその雷の槍は何でしょうか?
「面倒だが、この雷槍で連れて行ってやる」
連れて行ってやるってどこに? あの世? あの世だよね? 地獄の番人みたいな顔で笑ってるもんね?
「は、颯! あいつ殺る気マンマンだぞ!!」
「わかってるよ! くそったれ!!」
逃げ道は一つしかない。僅かなくぼみに足をかけ、必死に上へと駆け上がっていく。ひぃぃぃ! 今、雷が耳を
と、夢中で雷槍から逃げてたら、いつの間にか屋上にたどり着いていた。はて? どうして俺はここにいるんだ?
「落ちこぼれの割には頑張ったじゃないか」
ひらりと鉄柵を越え、息を切らしながら座っている俺と御巫の前に比嘉が降り立った。こいつ……雷を俺達にけしかけて落ちる恐怖を紛らわせてくれたってのか? 比嘉のくせにいいとこあるじゃねぇか。なんかちょっとどぎまぎしてしまう。
「これでやっと貴様らから解放されるな。バカ二人と離れる事が出来て清々する」
前言撤回。やっぱりこいつはこうじゃないとなんか落ち着かんわ。
「おっしゃー!!
「……貴様に礼など言われる筋合いはない」
突然お礼を言われ、面食らいつつもぶっきらぼうな声で比嘉が言ったが、御巫の耳には届いていない様子。つーか、そうだよな。俺達、屋上まで登っちまったんだよな。なんか段々と実感わいてきた。
「ありがとな、比嘉! ギフテッドとしてまた一つ成長した気がするぜ!」
「なっ……貴様まで……!!」
「だよなー! なんたって建物登っちまったんだもん! こりゃもう俺達超人って事でいいだろ!? うぇーい!!」
「うぇーい! 超人うぇーい!!」
御巫が出してきた拳に、俺の拳をぶつける。屋上だぞ屋上! 一般人じゃ絶対登れねぇだろ! やっべ! アドレナリンが爆発すっぞこれ!!
「──なんて浅はかな連中なのかしら」
御巫と二人で浮かれまくってると、喜びに水を差す冷たい声が聞こえた。そっちに顔を向けると、黒髪ストレートの完璧美少女が腕を組みながら険しい顔で俺達を睨んでる。
「なんだよ、
「文句? はっ、あるに決まってるじゃない」
俺が問いかけると、
「子供じゃないんだから屋上まで上れたくらいで、そんなにはしゃがないで欲しいわね」
「……ごめんね、凪」
夕暮の言葉を聞いて、後ろに立っていた
「優樹菜!?」
「こんなので浮かれてちゃだめだよね。でも、やっとの思いでここまで来れたから嬉しくって」
「いや、あの……別にそういうわけじゃ……!!」
なんか夕暮がテンパってるんだけど。いきなり喧嘩売ってきたと思ったらなんなのあいつ?
「おっ! ゆっきーも屋上まで上がれたんだな!」
「うん! 御巫君も氷室君も一緒だね!」
夕暮の事などお構いなしに御巫が北原とハイタッチをする。って、ちょっと待て。ゆっきーってなんじゃ? お前はいつの間に北原と仲良くなってるんだこら。
「こっちに来なさい、優樹菜!! そんなばっちぃ物に触れたらメッでしょ!!」
「いや、おかんかよ」
「……ばっちぃってひどくね?」
夕暮が北原の手をとり、自分の背後へと回す。御巫、落ち込んでるとこ悪いが、ばっちぃかばっちくないかで言ったら、凄まじくばっちぃです。身なりっていうか性格がばい菌っぽい。
「優樹菜はいいの。よく頑張りました」
「ありがとう! 凪が手伝ってくれたおかげだよ!」
「あたしは少し手を貸しただけ。優樹菜の力でここまで来れたんだよ」
「えへへ……」
夕暮に優しく頭を撫でられ、北原が嬉しそうにはにかむ。え? 俺は一体何を見せられてるの?
何とも言えない表情で二人の様を見ていると、その視線に気が付いた夕暮がはっとした表情を浮かべ、ばつが悪そうな顔で北原を後ろへと追いやる。
「と、とにかく! あなた達はギフテッドとしての自覚がないわ!!」
「はぁ……?」
今更そんなすごまれてもこういう反応しかできないって。適当な返事をした俺をキッと睨むと、夕暮は横で興味なさげな顔をしている比嘉に視線を向けた。
「比嘉流星……あなたはこのお上りさん達とは違うと思っていたけど、最近よく一緒にいるわね。一体どういうつもり?」
「……俺様にも色々と事情があるんだ。貴様に話す義理はない」
比嘉はさらりと答えると、もうこれ以上話すつもりはないと言わんばかりに顔をそむける。一瞬、むっとした表情を見せた夕暮だが、すぐに無表情になり、再び俺と御巫の方に顔を向けた。
「よくわからないけど、まぁいいわ。私が気に入らないのはあなた達二人だけなんだから」
「あー……なんか夕暮が怒ってるけど、颯なんかしたのか?」
「いや? 身に覚えはねぇな」
御巫が聞いてきたので、軽く肩をすくめて答える。そもそも殆ど話したことなんてないから、怒らせる事も出来ないっての。
「……どうやら自覚がないようね。あなた達みたいな人達がギフテッドの質を
なんか凄い事言われたんだけど。これって怒るところ?
「あたしはここへ強くなるために来てるの。あなた達みたいにいつまでも学生気分でおちゃらけてる人達とは違う」
……おいおい、随分な言われようだな。
「勝手に決めつけるんじゃねぇよ。俺だってここには強くなるために来てんだ」
「……へぇ?」
夕暮が俺の顔を見ながら薄く笑う。
「だったらその覚悟、見せてちょうだい!」
そう言いながら夕暮が俺に向かって走り出した。そして、間髪入れずに拳を突き出してくる。
「わっ! ちょっ! いきなりなんだよ!?」
「強くなるために来てるんでしょ!? なら、あたしに勝ってみなさいよ!!」
「勝ってみなさいよってお前……!!」
女相手に戦うなんて抵抗あるっての! ってか、ぼこぼこ殴られまくってるんですけど!! 戦う以前に両腕で顔面守るのが精いっぱいなんですけど!!
「防戦一方でいいのかしら? もっとスピード上げていくわよ!!」
そう言うと夕暮は少しだけ俺から距離をとった。あ、なんか嫌な予感。比嘉と対峙した時の感じとちょっと似てる。って、事は……。
「"
ですよね。ギフトですよね。
ギフトを使った瞬間、夕暮の姿が消える。と思ったら、いつの間にか俺の目の前に迫っていた。
「は、はやっ!!」
「まだまだこんなもんじゃないわよ!!」
繰り出す拳も速すぎる! 殴られた腕が痺れてるっての! なにそれ、超高速になるギフトかよ! 使い勝手よさそうだな、おい! それ俺にくれよ!
「颯ー! 守ってばっかじゃ勝てねーぞー!!」
「うっせぇ!! じゃあお前が代われ!!」
「無理無理。だって、速すぎて夕暮の動きとか全然見えねぇもん」
俺もだよ、ちくしょう! 外野は気楽でいいよな、おい! とは言え、このままやられっぱなしってのは趣味じゃねぇんだよ! 絶対に一矢報いてやる!
腕の隙間から夕暮の動きを探る。え? まじで全然見えないんだけど? 薄っすら残像が残る程度の移動速度ってやばくね?
いや、別に動きを捉える必要なんてないんだ。俺のギフトなら人差し指の先っちょに少しでも体が触れれば発動するはず。これだけ動き回る相手ならこうやって適当に人差し指を前に出せば相手は吹き飛んで……。
むに。
マシュマロをつついたような感触が俺の指に伝わる。その瞬間、この場の空気が凍りついた。
「ひっ……!!」
夕暮が短い悲鳴をあげる。そして、俺は思い出した。今朝、十五代目の目覚まし時計が天寿を全うされた事を。
「……ど、どこ触ってんのよぉぉぉぉ!!」
絶叫と共に放たれた右アッパーは見事に顎へとジャストミートし、俺はきりもみ回転しながら宙を舞った。
「…………最っ低!!」
無様に着地した俺に向かって吐き捨てるように言うと、夕暮は俺達に背を向け、肩を怒らせながら歩いていく。いや、ちゃうねん! そういうつもりはさらさらなかってん!
なんとか弁明しようと伸ばした手の前に、北原が悲しそうな面持ちで立った。
「氷室君……変態さんだったんだね。……信じてたのに残念だよ」
僅かに潤む瞳で俺を一瞥すると、北原は夕暮の後を追っていく。残された俺、真っ白な灰になりました。
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