第20話 使えないギフト

 がっくりと肩を落とし、四つん這いで失意に暮れる俺の肩をポンポンっと誰かが優しく叩く。俺がプルプルと震えながら弱弱しく振り返ると、御巫が柔和な笑みを浮かべていた。


「おいおい……梅干しみたいな顔してんな。別に気にすることじゃねぇだろ? 攻撃したら偶々当たっちまっただけだ。颯が狙ってやった事じゃないって俺は分かってるからよ!」


「御巫……!!」


 え、どうしよう……御巫が優し過ぎて涙が出そうになってくる。チャラ男らしくなさすぎる。いや、今は余計な事を考えずにこいつの優しさに甘えよう。こいつなら深く深く傷ついた俺の心を癒してくれるはずだ。


 俺がすがるような目で見ていると、御巫はナイスガイな笑顔とともに、親指をグッと上に立てる。


「そんな事より夕暮のパイオツはどうだったよ、女の敵?」


 その親指へし折ってやろうか?


「俺の見立てじゃ、夕暮の大きさは中の中ってところだなー。大きすぎず小さすぎず、まさに健全なパイオツってこった!! ちなみにユッキーは上の下だ。まずまずの巨乳」


「……今の俺にその話題を振るんじゃねぇ」


「そんな落ち込む事ないって! クラスメートの女子のパイオツを指でつついたなんて伝説レジェンドが広まればこの学園中の女子が敵に回るだろうけど、落ち込む事ないって!」


 やばい。絶望と殺意が込み上げてきて留まるところを知らない。もういっその事、このチャラ男と心中するか。


「友情に生きればいいんだよ、颯君! 君は女性と縁がない男なのさ! 俺はばっちりこの学校で恋人探しさせてもらうけどな!」


 あっ、殺意の方が破裂しそう。いや、待て待て。あのにやけ面に鉄拳をめり込ませるのは簡単だが、それだとなんだか負けた気がするって話だ。


「……けっ! 元々こんな学校に出会い何か求めてねぇんだよ」


「おや? 強がりが出ましたねぇ。これはカッコ悪いですぞ?」


「何とでも言え。とにかく俺がここに何の期待もしていないのは事実だ。なんたって今日から俺のバイト先にめちゃくちゃ可愛い子が入るらしいんでな」


「……なんですと?」


 御巫の顔から笑みが消える。逆に今度は俺がニヤリと笑う番だった。


「いやー、前に面接に来たんだけど、バイト先の人がみんな可愛いって言ってたんだよねぇー。多分、異能力なんかない普通の可愛い子なんだろうなぁー」


「ぐっ……!!」


「あっ、御巫はここで恋人探すんだっけ? ギフテッドしかいないこの学校じゃ、夕暮みたいに暴力女子ばっかだろうけど、せいぜい頑張ってくれたまえ」


「ううぅぅぅぅぅ……!!」


 悔し気に歯噛みをする御巫。何と気持ちがいい事だろう。


「ずるいぞ颯!!」


 勝ち誇った顔を向けていると、御巫がいきなりヘッドロックをかましてきた。


「俺も普通の子がいいに決まってるだろ! さっさと紹介しやがれ!!」


「はん! 誰がお前なんかに紹介するか!! つーか、俺も今日初めて会うんだっつーの!!」


「俺もお前と同じところでバイトさーせーろー!!」


「残念だったな! チャラ男はお断りなんだよ!!」


 カフェバルCielシエルで働いているのは俺を含め、おじさんと結衣さんの三人だ。新しく入ってくる子と仲良くなるためにも、これ以上無駄な人員はいらない。


「…………おい」


 俺と御巫がぎゃーぎゃー騒いでいる横で、顎に手を当てて何やら考え事をしていた比嘉が突然声をかけてきた。


「なんだよ?」


「どうして貴様はギフトを使わなかったんだ? ……まさか相手が女だったから、などというくだらない理由じゃないだろうな?」


 なんかすげぇ怖い顔してんだけど。いや別に普段から仏頂面なんだけどさ。


「そんなんじゃねぇよ。今日の朝、目覚まし時計を壊したからだって」


「なん言ってんだ颯?」


「意味が分からん」


 二人にバッサリ切られたよ。まぁ、伝わらないよねー。


「朝寝ぼけて目覚まし時計にギフトを使っちまったからだよ。俺のギフトは一日一回しか使えないんだっつーの」


「…………え?」


 御巫も比嘉もポカンとした顔で俺を見てくる。え? そんなに変なこと言った?


「……クールタイムが一日、という事か?」


「そうそう。入学式の日にギフトを調べたらそんなのが出た。おまけに効果範囲が左手人差し指の先っちょだけときた。まーじで使いにくいったらねぇよ」


 あっけらかんと答えると、比嘉は思案気な表情で黙りこくった。何だってんだよ、一体。


「おいおい颯ちゃーん。そんなの聞いてないよー?」


「言ってないからな」


「つまり! すげぇギフトを持ってる風を装って、実は颯も使えないギフトを掴まされたってこったな!!」


 御巫が嬉しそうに肩を組んでくる。マジで鬱陶うっとうしい。


「バカ言え。俺のギフトの方がまだ使えるわ」


「いやいや。どんだけ強力だとしても一日一回しか使えないとか……しかも人差し指だけって不憫すぎんだろ! 現に今だって目覚まし時計に使っちまったから、ギフトが使えない状態なんだろ? 役立たずギフト確定だわそれ」


「はぁ? だったら少しだけ地面から浮くっていうお前のギフトは何の役に立つんだよ?」


「えーっと……毒の沼地を越える時とか?」


「ゲームかっ!!」


 んなもん現実世界にはねぇんだよ! という事で、お前のギフトの方が使えないでファイナルアンサー!


「クールタイムのあるギフトがいくつか知っているが、一日もクールタイムがあるものなど聞いた事もない」


「その口ぶりだと、比嘉のギフトにはクールタイムがないのか?」


「ないな。自由に雷を出せる」


 なにそれ。チートやん。


「俺もないな。自由に地面から浮ける」


 お前はいつでも浮いてるから大丈夫だ。存在そのものが。


「とりあえず、放課後もう一度ギフトを調べてみろ。何かの間違いかもしれん」


「え? いや、今日はちょっと……」


「可愛い子が来るから少し早めにバイト先に行きたいってか? かーっ! そんなの許されるわけねぇだろ!」


 こいつは妙なところで勘が鋭くて困る。主に女子関連。


 この後もなんだかんだと理由をつけて断ろうとしたが、全然許しちゃくれなかった。結局、帰りのホームルームが終わるや否や、俺は二人に引きずられるようにしてギフトを調べるあの部屋に訪れることになった。

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