第22話 他言無用
新しいバイト仲間と素敵な出会いを果たした俺は、次の日教室に到着するや否や机に突っ伏した。あぁ、なんて世間は世知辛いのだろう。どこまでも俺に優しくない。いっその事もうこのまま机と同化してしまいたい。
「おはよーっす! ……おやおやぁ?」
後ろからチャラい声がする。しかも心底嬉しそうな声。
「その様子じゃ当てが外れたなー颯君? 新しく入った子、全然美少女じゃなかったんだろ?」
「何言ってんだ。すげぇ美少女だったぞ? ……声なんてかけられないくらいにな」
腹の中で怒り狂ってる獅子に気安く話しかけられるか? 出来るわけがない。
「じゃあなんでそんなに落ち込んでんだよ? あれか? 仲良くなれそうになかったのか?」
「まぁ……そうだな」
「それとも見た目はいいけど性格はいまいちそう、とか?」
「……それもある」
「もしかして第一印象から嫌われちまったか?」
「ははは……」
核心ついてくるね、御巫君。正確に言えばバイト先で会う前に嫌われてたな、うん。
最初はからかいの色が強かった御巫も、魂が抜けかけている俺を見て、次第に心配そうな顔になっていく。
「おい、大丈夫かよ……そんなに気まずい感じなのか?」
「昨日は本当に顔合わせ程度だったからなぁ……本格的に絡むのは今日からだ」
そして、本格的にやばいのも今日からだ。俺が遠い目をしながら言うと、御巫が不憫そうな顔で俺を見てくる。本当は顔合わせじゃなくて普通に働いてもらうつもりだったのに、っておじさんが嘆いていたんだよね。まぁ、俺に対してあれだけ無言の殺意を
……てっきり、俺がいるってわかったらバイト辞めると思ったんだけどな。帰り際に「明日、また来ます」ってはっきり言ってたから、今日も来るだろう。可愛い新人が来るからって気合入れてシフト組むんじゃなかっ……。
ぞくっ……。
背筋に寒気が走る。反射的に振り返ると、たった今教室の扉を開けて入ってきた二人の女子の片方と目が合った。学校でもバイト先でも変わらない。アイドル顔負けの可愛らしい顔を台無しにして、射殺すように俺を睨んでいる。いや、あと三秒目を合わせていたら多分実際に射殺されてたわ。
「おっ、ゆっきーじゃねーか。おはようさん。夕暮さんもおはようございます」
「おはよう御巫君!」
「……おはよう」
仲良さげに北原に手を挙げた御巫が、すぐに直立不動の姿勢を取り、夕暮に向かって九十度腰を曲げてお辞儀をする。そんな御巫に天使のような笑顔を向ける北原と適当に挨拶を返す夕暮。正直、夕暮が御巫に挨拶を返すとは思わなかった。まぁ、ずっと鋭い視線を向けられているところから察するに、俺の事が気になって御巫まで意識が回ってない感じだな。もちろん悪い意味で。さて……どうしたもんか。
「お、おはよう! 北原! 夕暮!」
今後の学園生活およびバイト先の
「…………」
ペッ、と地面に唾を吐きそうな表情を浮かべた夕暮は、何も答えずに自分の席に着く。これは想定の範囲内。別になんの感情も抱かない。問題は北原の方だ。
「氷室君……おはよう」
少しだけ棘のある口調で言うと、北原もさっさと自分の席にいってしまった。それだけで内なる俺は血の涙を流す。いやだって、あの誰にでも笑顔を振りまく北原に棘があるんだよ!? 夕暮が俺に向けている致死量の毒が塗りたくられた
「颯……どんまい」
御巫の顔には笑みなど一切なく、心の底から俺を憐れんで言っているみたいだった。それはそれで腹立つわ、くそったれ。
「随分とくだらない事で悩んでいるようだが、貴様が悩むべき事はもっと他にあるんじゃないか?」
「ん? ……あぁ、比嘉か。おはよう」
顔を上げ、声をかけてきた人物を確認した俺は、すぐさま自分の腕の中に顔を埋める。
「流星、おっはー」
「……相変わらず馴れ馴れしい奴だ。だが、今はバカの相手をしている場合じゃない」
相当時代遅れ感がある挨拶をした御巫を一瞥すると、比嘉は前の席に座りながら俺に真剣な表情を向けてきた。その顔がイケメンすぎてむかつく。
「家にも連絡して確認したが、やはり一日もクールタイムがあるギフトは異例のようだ。むしろ、異常ともいえる」
「家にも連絡って……あのヒガソーに連絡したって言うのか?」
「何を当たり前のことを言ってる? 父の会社は職業柄様々なギフテッドと出会う機会があるので、ギフトの事を聞くのならば実家が一番だ」
いや、そうだろうけどさ。この国トップのギフテッドによる警備会社であれば、そりゃ敵のも味方のも……主に敵のだろうけど、ギフトに触れ合う機会は多いのは分かってる。だからって、わざわざ聞いたりしねぇだろ。もしかしてこいつ、お家大好きっ子か?
「……何となく失礼な事を考えているような気がするが、まぁいい」
「お前意外と鋭いのな」
「黙って聞け」
険しい顔でぴしゃりと言われ、俺しょんぼり。そんな俺の事など意に介さず、比嘉は少しだけこっちに顔を寄せ、声のトーンを低くした。
「氷室颯……貴様は自分のギフトを他言しない方がいい」
「…………は?」
なんかめちゃくちゃタメを作った割に、至極普通の事を言われたんだけど。すげぇ反応に困る。
「なーに言ってんだ、流星。自分のギフトをバラさない方がいいなんて常識っしょ?」
さも当然とばかりに御巫が言い放った。うん、まったくもってその通りだけど、お前は自分のギフトを真っ先にさらしただろ。
「ふん……これだから知能指数が低いサルは困る」
「俺はチンパンジーかよ!!」
「バカが。それだとチンパンジーに失礼だろうが」
「まさかのチンパンジー以下!?」
比嘉に冷たい言葉を浴びせられ、御巫ががっくりと肩を落とす。御巫よ、お前はチンパンジー以下ではない。未満だ。
「ギフトを他者に教えない、それが常識な事ぐらい俺様だって把握している」
「だったらなんでわざわざ忠告したんだよ?」
俺が問いかけると、首を左右に振りながら比嘉はこれ見よがしにため息を吐いた。
「ギフトというものは使ってこそその真価を問われるというもの。そして、使う以上はある程度は自分のギフトがどのようなものか知られてしまうのは避けられぬ事態。……俺様が言ったギフトを他者に教えない、というのはギフトの本質を教えない、という事だ」
「あー……なるほど! そういう事か!」
おい。ポンッて手を打ってるけど、お前絶対分かってないだろ。
「俺様のギフトが雷を操るものなのは何となく想像がついているだろう?」
「まぁ……そりゃな」
あれだけ派手に見せられれば誰だってわかるって。
「なら、俺様がどれほどの規模の雷を、どれだけの時間、どれだけの範囲操れるかはわかるか?」
「え?」
「そ、そんなの分かるわけねーだろ!」
御巫の言う通りだ。そんなの本人以外分かりっこない。
「つまりそういう事だ。ギフトの詳細なんて人に教えていい事など一つとしてない。ましてや、貴様の様に異常なギフトを持っている奴は猶更だ。……下手に
「……研究所って国立異能力開発研究所とかって事か?」
「そこはギフト研究の最高峰だな。かなりいい待遇を受けられるのではないか? モルモットとして」
比嘉がニヤリと笑みを浮かべた。それだけは本当に勘弁願いたい。あんなところに閉じ込められるならギフトを消し去ってくれた方がまだましだ。
やっと事の重大さに気づいた俺を見て、比嘉は呆れたように鼻を鳴らした。
「そもそも一日一回しか使えないなんて致命的な弱点、家族であっても他人には絶対言わないだろうが」
「……うるせぇな。
「友達? 誰がだ?」
「ん」
俺が指を差すと、比嘉は鳩が豆鉄砲食らったような顔になる。何その顔、おもろいな。
「……バカか、お前は? 俺は友達になったつもりなどない。お前との約束を果たすために仕方なくつるんでいるだけだ」
あー……まぁ、そうか。比嘉は約束通り俺の下僕をしているだけか。こんなに偉そうな下僕なんて見た事ねぇけど。
「友達なんぞ実に下らん。所詮は力のない連中が傷をなめ合うために群れているだけだろう。俺様には必要ないんだよ。ここには己を高めるためだけに通っているのであって、それ以外の事にはまるで興味がない。当然、貴様らの事もな」
俺と御巫を見ながら比嘉が冷たく笑った。なんとなく入学式の日の事を思い出す。あん時もこんな目で見られたっけ?
「……なぁ、御巫。どう思うよ?」
「どうって……今更冷酷な感じ出されてもって感じ」
「……なに?」
何とも言えない表情を浮かべる俺達を見て比嘉がスッと目を細める。いやー……そんな顔されても……ね?
「もう流星がいい奴だって事は、俺も颯も分かっちまってるからなー」
「なっ!?」
「なんだかんだ文句言ってノート貸してくれたり、勉強教えてくれたりするし」
「それは……こいつとの約束のせいで仕方なく……!!」
「昨日は基礎訓練の授業で、屋上まで行くの手伝ってくれたしな」
御巫が笑いながら言うと、比嘉は思わず口を
「それに今回だって俺の事を心配してギフトを調べたり、忠告してくれたりしてんだろ?」
「…………ぐっ!!」
俺が思った事を言ったら、なんか顔赤くして悔しそうにしてんだけど。
「……とにかく! 氷室は自分のギフトを他人に言わないようにしろ!! そして、御巫! これ以上俺様に馴れ馴れしくして来やがったら、ただじゃ済まさん!!」
そう言うと、比嘉は肩を怒らせながら後ろのロッカーへと歩いていった。
「ひゃー……流星、まさかのツンデレ。男のツンデレは誰も求めてねーぞー」
「バカめ。あいつはイケメンだからそれだけで需要あんだよ」
「イケメンは死すべし」
奇遇だな御巫。俺も同じ意見だよ。
まぁでも、初めてあいつの人間臭い一面見れてよかったかな? それと、大人しくあいつの忠告を聞いて、可能な限り自分のギフトは隠すようにしよう。研究所送りだけは死んでも嫌だ。
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