第28話 怖いお兄さん達

 連休初日。早朝からもう既に忙しさの片鱗を見せ始めていた。開店と同時にじわじわと増えていく客足。午前中は比較的落ち着いているはずのCieLシエルが十時前には満席となっていた。まじで、大量にサンドウィッチの仕込みをしといてよかったわ。ひっきりなしに注文入ってくるからね。

 いやー連休初体験だけどやばいなーこれ。普段の休日と違ってピークがねぇ。忙しくないって事じゃなくて、常に人が入りまくってるから言っちゃえば全ての時間がピーク。息つく暇がないってのはこういう事を言うんだろうな。夕方頃とか気絶しながらパスタ作ってたもん、俺。

 そんな忙殺って言葉も生易しいぐらいに忙しい中、我らが新人の働きはどうだったかと言うと……なんと、大活躍しておりました。え? 一日二日やったくらいで配膳の仕事をマスターしたのかって? いやいや、ウェイターの仕事はそんな甘いもんじゃねぇわ。客の僅かな仕草で注文が決まったかどうかを見極め、料理待ちの順番を把握し、場合によっては厨房をせかしにやって来る。流石になぎはそのレベルに達していない。


 じゃあ、どう大活躍したのかって? それは隣のシンクに答えがある。


 夜も大分遅くなり、ようやく客足が落ち着いてきたところで、少しばかり余裕が出てきた俺はパスタを炒めながらチラッと横に目を向ける。


「あたしは食洗器……あたしは食洗器……」


 そこでは凪が何やら呪詛のようなものをブツブツ呟きながら皿を洗っていた。遺跡から発掘された土偶どぐうみたいな顔して洗ってるんだけど、驚くべきはその速度。洗剤の付いたスポンジで食器を洗い、水で流すという一連の流れが一秒とかかっていない。


「……"誰よりも速くアクセレート"だっけか? 便利なギフトだよなぁ」


 彼女が持つ、自分の動きを何倍にも速める事が出来るという超有能なギフト。本人に聞いた感じ、クールタイムはなしでデメリットは少し疲れやすい事ぐらいらしい。はっきり言って羨ましすぎる。


「是非とも俺のと交換して欲しいわ」


「あたしは食洗器……あたしは食洗器……」


「おーい、凪。帰って来ーい」


 白目を剥いて皿を洗い続ける美少女をこちらの世界に引き戻そうと試みたが無駄だった。残念、惜しい人を失ってしまったようだ。


 とまぁ、忙しくはあったけど、特に問題もなく連休初日を乗り切った俺達だったのだが、事件は二日目に起こった。



「あー……もうダメ。死ぬわ……」


 今日も皿洗いとしてその辣腕らつわんぶりを発揮した凪が、俺の後ろで椅子に座りながら机に突っ伏している。俺は苦笑いしながら、凪の前にまかない飯を出した。


「ほらよ。食材の余りで作ったリゾットだから大したもんじゃねぇけどよ」


 俺が皿を置いた瞬間、凪はガバっと体を起こし、リゾットの香りを堪能する。そして、そのまま素早くスプーンを掴むと自分の口へと運び、その顔をほころばした。


「うーん……はやてって本当に料理が上手よね。どんな人でも一つくらいは長所があるって事かしら?」


「そんなん言うなら取り上げるぞ」


「もうこのリゾットはあたしの物でーす」


 凪がリゾットを守るように抱え込み、美味しそうにパクパクと頬張る。それを見て軽く息を吐くと、俺は再び料理を再開した。

 連休の特徴として朝、昼、夕の忙しさは尋常ならざるものだが、その分夜は落ち着いていた。会社も休みだから、仕事帰りに飲みに来ようって人が少ないからだと思う。だから、こうやって午後九時を過ぎたくらいに俺達バイトがまかないを食べる時間が出来るってわけだ。


「はふはふ……ホールはどんな感じー?」


 凪がふーふーと息を吹きかけリゾットを冷ましながら聞いてきた。俺は皿に料理を盛りつけつつ、店内をさらっと見回す。


「あー……特に問題なさそうだ。新しい客はいなそうだし、ちらほら空いてる席も見えるしな」


「それならまだゆっくりしててもよさそうね」


 嬉しそうにリゾットを食べる凪を横目に、俺は今出来た料理をお客さんのテーブルまで持っていった。今の時間はおじさんも結衣さんも奥で休憩中だ。あの二人、こういう暇な時に休ませておかないと、ぶっ倒れかねないからな。また忙しくなったら呼べばいいだろ。


「お待たせしました。春野菜のペペロンチーノです」


「お、美味うまそうだな。そこに置いてくれ」


「かー! 俺もそれにすりゃよかったぜ!」


 ピアスにタトゥーといった、あまり関わり合いになりたくない見てくれをした二人組のお兄さん達の前に大人しく皿を置く。そして、一礼するとそのまま逃げるように厨房へと戻っていった。


「……あーこえぇ。ああいう連中もこの店に来るんだな」


「なにギフテッドが一般人にビビってんのよ」


 呆れ顔で俺を見てきた凪が、リゾットの入った皿を持ちながら厨房越しにホールへ目をやっている。


「うわぁ……ああいう見た目を派手にしてる連中って、その実大した事ないのよね」


「ば、ばか! 聞こえるぞ!」


 まじで勘弁してくれよ。この前はただの飲んだくれのエロ親父だったから助けに入ったが、あれは無理だ。だって、刺みたいなピアスが顔のいたるところについてるし、もう一人はニワトリよりも立派なトサカが頭にあるんだぞ?


「この辺りの不良って感じかしら?」


「不良にしては結構歳いってるだろ。少なくとも二十は超えてるぞ、あれ。ビール飲んでるし」


「二十歳も過ぎてよくやるわね。親の顔が見てみたいわ」


 俺が声をひそめて言うと、凪が心底呆れた様子で肩をすくめた。どうかあの二人には聞こえていませんように。


「……でよぉ、この前レッドの連中が舐めた真似してきやがってよ。思わず切れてボコちまった」


「おいおい、大丈夫か? 戦争にでもなったらシャレにならねぇぞ?」


「あぁ? 舐められっぱなしじゃギャングの名が泣くだろうが!」


 どうやら彼らはギャングの一員らしい。そういえばこの辺はギャングが出るって結衣さんに言われたなー。だから、この前も昨日も凪と二人で帰ったわけだし。本当に怖いんで早く帰っていただけませんかね?


「ヘッドはその事知ってるのか?」


「……いいや、知らねぇ。あの人はバカつええのに抗争とか嫌いだからよぉ、他のシマの連中と喧嘩したなんてバレたら怒られちまう」


「だろうな。そこまで分かっていて手を出したお前が悪い。これで揉め事になったら、その立派なモヒカン丸めるこった」


「けっ! 上等だよ!!」


 モヒカン男が勢いよくビールジョッキを机に叩きつける。割れると困るんで、もう少し丁寧に扱ってもらいたいんですけど。当然、そんな事言えるわけない。


にわかさんの悪口言われたんだ!! それで黙ってたんじゃ男じゃねぇ!!」


 バンッ!!


 隣で凄まじい音がして思わずビクッてなる俺。慌てて横を見ると、凪が怖い顔で机に両手をつけて立ち上がっていた。


「凪? どうした?」


 声をかける俺を無視して、唇をキッと結んだまま厨房から出ていく。そして、そのままつかつかと店の中を歩いて行くと、ギャング二人のテーブルの前で立ち止まった。


「……なんだ? 店員なんか呼んでねぇぞ?」


「それとも逆ナンってやつか? いやぁ、モテる男は辛い……」


「あんた達、『ブラックドラゴン』の一味なの?」


 凪の言葉で二人の顔つきが一瞬にして変わる。『ブラックドラゴン』? なにそれちょっと中二臭い。


「……悪いな、お嬢ちゃん。何の話をしてるのかわからねぇよ」


「ブラックドラゴンっていうのが何なのかもわからねぇし、お嬢ちゃんがなんでそんな事を聞くのかもわからねぇ」


「御託はいいわ。あんた達のアジトに案内しなさい」


 ちょっとちょっとちょっと? あの子は何を言っちゃってるの? そんな中華料理屋の店名みたいな集団のアジトになんて行っちゃいけません!


「……おいおいお嬢ちゃん。火遊びしすぎると大やけどするぞ?」


「まだお日様の当たる場所を歩いていたいだろ?」


「それっぽい事言って格好つけてるようだけど、正直滑稽こっけいなだけだわ。頭の悪いあんた達にも分かるように言ってあげる。あんた達のボスに用があるから黙ってあたしをアジトへ連れて行きなさい」


 あばばばばば……。まずいよまずいよ。俺とかテンパりまくって自分の手をガシガシ噛んでるからね。他のお客さんも異様な空気に気づき始めてるし、どうしようどうしよう。とりあえず、今日は目覚まし時計壊してないよね俺?


「このアマぁ……優しく言ってたら付け上がりやがって……!!」


「調子に乗んのも大概にしとけよぉ!!」


 机を殴りつけながらいきり立つギャング二人。だが、目の前に凪の姿はなく、気づいたらギャングの一人の背中に回り、手首をひねり上げていた。


「あいててててててっ!!」


「どうやら相手も分からず調子に乗っていたのはあんた達の方だったみたいね」


 凪が男を組み伏せながら冷たい声で告げる。そうだった、強いんだったこの子。本来助けなんて必要な女じゃなかったわ。やぶれかぶれな感じで飛び出そうとしていた俺、すごすごと厨房に戻っていくの巻。いやいやちょっと待て! ギャングでもその人達お客さんだから! あの酔っ払いみたいに迷惑かけたわけじゃないし、これはこれでまずいって!


「落ち着け凪! 相手は客だぞ!?」


「…………」


 慌てて俺が駆け寄ると、凪はしかめっ面でこちらを見てから渋々といった感じで男を解放した。


「す、すみませんお客さん! こいつ新人なもんで!」


 とりあえずお決まりの文句でお茶を濁す。ギャングのお二人はしばらく凪に鋭い視線を向けていたが、お金をテーブルに置いて店を後にした。とりあえず大事にならなかった事にホッと安堵の息を吐く。


「お前なぁ……何にもしていない客に手をあげるなんてどういう了見だ?」


「……あんたには関係ないわ」


 それだけ小声で言うと、凪はプイッとそっぽを向いた。なんて態度の悪さなんだ。これは世話係として一言言ってやらないといけない。なんて思ったんだけど、これ以上話したくないとばかりに凪は俺から離れて行っちゃったんだよね。


 結局、今日はその後、凪は一言も俺には話しかけてこなかった。

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