第27話 帰り道
事の発端はこうだ。
常連客のセクハラ事件以外は滞りなくバイトの終了時間を迎える事ができた。滞りなく……全員が足腰立たなくなるまで働き続けたけど、滞りなくでオッケー。
んでいつもみたいに着替えて帰ろうとしたら、結衣さんに笑顔で「女の子の一人歩きは危険だから、凪ちゃんの事送ってあげてね♪」って言われてさ。なんでも、この辺は最近ギャング共がたむろしてるらしい。ギャングって響きに時代を感じたのは内緒。
当然凪から苦言が出てくると思ったら、不思議な事にあいつ何も言わなかったんだよね。最恐女神に言われたら俺も断れるわけもなく、こうやって二人で帰ってるってわけだ。
特に会話もなく学校までの道のりを歩く。いやぁ……この沈黙は地味にきつい。まだ罵倒されていた方がマシな気がする。つーか、ギャングふざけんなよ? お前らのせいでこんな状況に陥ってんじゃねぇか。なんで俺より強い女子を俺が護衛すんだよ。むしろ俺をギャングから守っていただきたいわ。
「…………ねぇ」
俺がギャングに八つ当たりしていると、不意に凪が話しかけてきた。
「お店の迷惑になりたくないから必死に堪えてたのに、どうして出てきたりなんかしたの?」
……うはっ、それ聞いちゃう? ってか、やっぱ店の迷惑考えてたのな。そうなると俺がやった事って余計な事以外のなにものでもなくね?
「……別に大した理由なんてねぇよ。俺はお前の世話係だからだ。それに……」
「それに?」
「あんなおっさんにケツ触られて我慢してるお前を、あんま見たくなかったんだよ」
そう言うと、凪が勢いよく顔を上げ、驚いたように俺を見てきた。いや、そんな変な事言ってないだろ。知ってる奴の困ってる所とか、見てて気持ちのいいもんじゃない。
「……あんたはあたしの胸を触ったくせに?」
「いやーあのーそれはー……」
よくよく考えれば俺も助さんと同じ事してるじゃねぇか! 説得力ねぇなおい!! だが、あれは事故だ!! だから、俺と助さんは自信をもって違うと言える!! ……多分。
慌てる俺を見て、凪はクスッと笑った。
「冗談よ。……ここ数日で颯はそんな事する奴じゃないってわかったから」
「えっ?」
「そもそも、あんたみたいに鈍い男がギフトを使ったあたしの体を正確に捉えられるわけないものね」
「くっ……!!」
何という酷い言い草だろうか。あまりにも正論すぎて返す言葉が見つかりません。だけど、悔しいからとりあえず睨んでおく。すると、凪は腰に手を当て、眉をひそめながらジト目を向けてきた。
「なにその顔。じゃあ、あれは狙ってやったっていう事なの?」
「あ、いや……そういうわけじゃ……!!」
「別にそれならそれでいいけど? そういう危険人物がクラスにいることを他の子にも教えてあげるだけだから」
「あれは事故です。本当にすいませんでした」
「分かればよろしい」
俺の謝罪を聞いて、凪が満足そうに頷く。女子に広められたら最後だ。奴らの噂を伝える速度は流行り病なんて目じゃない。最初の話に尾ひれ背びれがついて、おまけに手足までついたとなりゃ、勝手に独り歩きし始めて俺の人権が失われるのは必然。ここは男らしく素直に謝る選択をとらせてもらうぞ。その発想がすでに男らしくないという意見はティッシュに丸めてゴミ箱にぽいしました。
「本当、あんたって変わってるわよね。妙に料理は上手いし、弱いくせにエロ親父からあたしの事助けようとするし……塩辛いトーストを美味しいって言いながら食べるし」
「いやー、あのトーストは…………え?」
なぜこいつが塩辛い事を知ってるんだ? ま、まさかあれは俺を陥れるためにわざと作ったというのか!?
「何驚いてるのよ。あの後、蓮也さんにも食べてもらって優しく指摘してもらっただけ。……あたしも食べてみたけど、凄まじい味だったわ。あれを美味しく感じるなんて、颯の味覚はどうかしてるんじゃない?」
「……大きなお世話だ」
からかうように俺を見てきた凪の視線から逃げるように、俺はプイッとそっぽを向く。あれを美味しいなんて感じるわけねぇだろうが。あんなもん、岩塩かじってるようなもんだっつーの。
「なに拗ねてんのさ。あたしの事気遣ってくれたんでしょ? ちゃんとわかってるわよ」
そう言うと凪は俺の前に立ち止まり、小さく笑みを向けてきた。
「今日の分も含めて、本当にありがとうね」
その笑顔がとても魅力的で思わず心臓が高鳴った。高鳴る? ホワイ? 全くもって意味が分かりません。こいつは理由もよくわからないまま喧嘩をふっかけてくるような野蛮人だぞ? 見てくれの良さに騙されるな、俺!
「……なによぉ。素直にお礼を言ったんだから反応くらいしなさいよね」
僅かに頬を膨らませた凪が再び前を歩き始める。目に見えない敵と必死に戦っていた俺は慌ててその後を追いかけた。
「あんたがくだらない人間じゃないって事は理解したわ。……相変わらずギフテッドとしては自覚が足らな過ぎてイライラするけどね」
「随分と
「当然でしょ? 樽井先生も言ってたじゃない、ギフテッドは強くなきゃいけないって。あたしは本気で強くなりたいって思ってるの。強くならなきゃいけないの」
「俺だってそのつもりだぞ?」
心外だ、と言わんばかりに顔をしかめたら、凪が興味深げな視線を向けてきた。
「そういえば前もそう言ってたわね。強くなるために来てる、って。……あんたにそんな理由があるとは思えないけど?」
「失敬だなお前。俺にだって色々と事情があるんだよ」
その事情はとてもダサいので、言うつもりなんてない。
「凪こそなんで強くなりたいんだよ?」
「あたし? あたしは単純よ。……どうしても倒さなきゃいけない男がいるの」
少年漫画の主人公かよ! そのうち『あたしより強い奴に会いに行く』とか言い出すんじゃねぇか?
「そのために
「あ? どういう事だよ?」
「その男が東都の街にいる事はわかってる。あたしがあの店でバイトをしているのは、こじんまりしていて客層も豊富だから、情報収集にもってこいの場所だと思ったからよ」
あー、なるほど。だから、俺がいるってわかってもバイトを辞めるって言わなかったわけね。目的はバイトじゃなくて、あの店で人探しをする事だったから。色々とツッコミどころ満載だな、おい。
「言っちゃ悪いと思うが……」
「……なによ?」
「あの店は情報収集には向かないと思うぞ? その……忙しすぎるという意味で」
「……そうなのよねぇ。まさかあんなに繁盛しているお店だとは思わなかったのよ」
凪が盛大にため息を吐く。人を探している暇があったら皿洗えって感じだからな。
「今日初めて夜の部を経験したけど……あれは下手な訓練より大変ね。でも、明日からの連休はもっとすごいんでしょ?」
「俺も経験した事ないから何とも言えないけど、おじさんと結衣さんは二人共遠くを見ながら『死ねた』って言ってたな」
「あの二人からその言葉が出るって……想像しただけでも恐ろしいわ」
凪が真顔で身震いしている。その気持ちはわかるぞ。俺も正直、若干びびってる。
「とりあえず、気合入れて挑まなきゃいけないって事は間違いなさそうね。上等だわ」
その表情は
ぐっと拳を強く握ると、凪は小首を傾げて俺の顔を覗き込んできた。
「というわけで明日も頼むわね、お世話係さん。ちゃんとフォローしなさいよ?」
「善処します」
「……どうにもその言葉って信用できないのよね」
何を言う、大物政治家とかよく口にしているじゃないか。国民の代表として
その後も、他愛のない会話をしながら、月明かりに照らされた道を俺は凪と二人でのんびり歩いていった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます