第6話 チャラい男

 食堂はかなりの人で賑わっていた。見たところ上級生達もいるようで、楽しく談笑しながら友達とご飯を食べている。ふっ……残念ながら俺にはまだ友達がいないぜ。悲しす。とは言っても、一人で食べている奴もチラホラ見受けられるし、あんま気にしなくていいかもな。今日、初めてこの学校に来たわけだし、この段階で友達ができる奴はコミュ力の化身に違いない。

 食事の形態はよくあるブッフェ形式だった。食堂の中央に置かれている台に様々な料理が並んでいて、その中から自分の食べたいものを選んで取る。肉ばっかりじゃなくて野菜も取らないとおかんに怒られそうだからな。監視されているわけじゃないけど、ここはバランスよく料理を選ぶとするか。


 目ぼしい料理を選び終えたところで、適当に空いてる席に座る。多分、メインに陣取って騒いでいるのは先輩だろうからな。目を付けられても面倒くさいし、ぼっちは端っこで食べるに限る。

 ふむ、中々に美味しそうな匂いはするけど、肝心の味の方はどんな感じだ? どれどれ一口…………えっ、うまっ。ただのサラダなのに、新鮮な野菜もドレッシングも超美味い。こんな美味しいご飯をこれから毎日食べられるのかよ。ギフテッドになってこの学校に入学して本当に良かった。


 ……ギフテッドと言えば。


 右手に持っている箸で間断なく食べ物を口へと運びながら俺は自分の左手に目をやった。俺のギフト……確か"理不尽バウンス"だっけか? 左手人差し指の先っちょらへんに触れたものをはね返すってやつ。うーん……先っちょらへんとかやっぱりアバウトすぎるだろ。ギフトを使う授業があるかもしれないのに、そんな曖昧なものをぶっつけ本番で使うなんてリスキーだよなぁ。かと言って、練習しようにも一日一回しか使えないんじゃ、まるで練習にならんぞ。

 つーか、あの装置は本当に正しく俺のギフトを解析できたのか? 俺は今まで人差し指で何かをはね返したことなんてねーぞ? ……いや、そもそも人差し指で何かをはね返そうとしたことがねーわ。ぶっちゃけ、やり方も分からん。飯を食い終わったらちゃんとギフトが使えるか部屋で試してみるかな?


「ん?」


 そんな事を考えていたら、こちらに向かって歩いてくる男子生徒の姿が目に入った。あの制服を軽く着崩してちゃらい雰囲気を醸し出している感じ見覚えがある。あれは確か……。


「ちょりーっすちょりーっすちょりーっすちょりーっす♪」


 確実にやばい奴だ。関わり合いになるのはよそう。


「おーっと! そこにいるのはうちのクラスで唯一自分のギフトを知らなかった氷室じゃねーか!!」


「人違いです」


 残念ながら見たことありませんね。今日俺の席の後ろにとってもよく似た容姿の男子生徒がいた気がするけど、全然全く毛ほども知らない人です。


「何を言ってんだよ! 自分のギフトを知らない奴はいるかって先生が聞いたときに、堂々と手を挙げていたあほを間違えるわけがないだろ! うぇーい!」


「人違いです」


 目を合わせずにきっぱりと告げる。ピアスに片側だけツーブロックに軽い調子ノリ、絶対に俺とはあわん。だが、目の前のチャラ男は完全に俺の言葉を無視して話しかけてきた。


「まさかあんなに大胆な行動を取る奴がいるとは思わなかったぜ! やるねー!」


「だから、人違いだって言って」


「自分のギフトを知らない、なんて弱みをみんなに知られたら、この学校じゃすぐに潰されるっていうのによ!」


「人違い……」


「あの挑戦的な振る舞い……ありゃ、自分のギフトを知らなくても、お前らなんて目じゃないって事だよな? いやぁ、氷室は大胆不敵だねぇ!」


「人……」


「まさかこの学校の事を良く知りもしないで、『おっ、自分のギフトわかるじゃん。楽しみだなー』みたいな軽いノリで手を挙げるバカはいねぇよな?」


「…………」


「クラス中のギフテッドを敵に回して自分のギフトを磨こうって魂胆だろ? 中々出来る事じゃねぇわな。まじリスペクト」


「うるせぇよ」


「ぎゃぁぁぁぁぁ!!」


 皿の上にあった二つのミートボールを目の前でニヤニヤ笑っているチャラ男の眼球に見事ぶち当てる。醤油ベースの甘だれが目にしみるだろ?


「な、なにすんだよ! ……はっ! まさか、氷室のギフトは『どんな場所にいてもミートボールを目ん玉にぶつける能力』!?」


「なにその役に立たないギフト。つーか誰だよ、お前」


 お手拭きで顔面についたタレを懸命に拭きとっている男を横目で見ながら、俺は食事を再開する。


「誰って、同じクラスの御巫みかなぎ直斗なおとだよ! お前の後ろの席にいた親友の名前くらい覚えてんだろ!?」


「いや、今日会ったばっかりだし覚えてないだろ。親友どころか知り合ってもないっての」


「なら、今知り合ったから親友だな! うぃー!」


「全力でお断りさせていただきます」


「ガーン!!」


 俺の言葉に御巫がオーバーリアクション気味にがっくりと肩を落とした。なにこいつ。パリピに憧れてパリピになりきれてない奴の典型だな。そもそも『ちょりーっすちょりーっす』って鼻歌歌いながら近づいてくる奴と親友とか、俺じゃなくても断ってるって。友人ですら厳しいわ。


「そうだよなぁ……初日からクラスの注目をかっさらった主人公体質の氷室には、俺みたいなモブキャラは釣り合わねぇよな……」


 その表情は悲壮感に包まれ、曲がった背中はどこか哀愁を誘う。その後ろには二、三枚の枯れ葉が木枯らしに吹かれ、寂しく舞っている光景が……なんかすげぇ罪悪感が湧いてくるんだけど。チャラ男のくせにナイーブすぎんだろ。


「いや……別に釣り合わないとかじゃないけどよ……あまりにも急だったもんだから」


「そうだよな! 氷室は並よりちょっといいかな? くらいの顔立ちだもんな! やはりモブキャラの域は超えねぇ!!」


「ぶん殴ってやろうか?」


 俺がジト目を向けると、御巫は気にせずご飯を食べ始めた。


「まぁまぁ、そうかっかすんなって。すぐムキになる男はモテねーぞ?」


「くっ……!!」


 なんか完全にこいつのペースに呑まれているみたいで腹立つ。だが、もうミートボールはない。こんなことなら、もっとたくさん取ってくるべきだった。


「氷室はキャラクター的にやられ役がぴったりだよな。『殺人犯と同じ場所にいられるか! 俺は自分の部屋に戻るぞ!』的な」


「それ、死ぬ奴じゃねぇか」


「やっぱり主人公って言い張るならあいつくらいじゃねーと」


「あいつ?」


比嘉ひが流星りゅうせいだよ」


 俺が首をかしげると、御巫は当然とばかりに言ってのけた。比嘉流星……比嘉流星……どこかで聞いた、いや見た名前のような……。


「ま、まさか比嘉を知らないとか言わねぇよな?」


 御巫がありえないものを見るような目で俺を見てくる。なんていうか、非常に居心地が悪い。


「え? そんな有名なの? その比嘉って奴」


「……色々とツッコミどころが多すぎて、一瞬言葉が出なかったぞ。まぁ、後ろの席の俺を覚えてないんじゃ、当然、前の席の奴も覚えてねーわな」


 その口ぶりから察するに俺の前の席の奴が比嘉流星らしい。つまり、入学式で足を組んでふんぞり返っていたイケメンだ。イケメンは朽ち果てろ。


「流石に比嘉総合警備株式会社ってのは聞いたことあるだろ? ヒガソー」


「あぁ、なんかテレビのCMで見たことある気がするな」


 確かプロの格闘家達が警備会社の人間にぼこぼこにされるやつだろ? 中々面白かった気がする。


「この国でトップの警備会社だよ。戦力的には国の軍とタメを張るって話だぜ?」


「へー、そうなのか?」


「あぁ。何でもヒガソーのガードマンは全員ギフテッドらしい。だから、雇ってる人数自体は少ない。それでも、業界トップに立てるんだから、相当凄い奴らが集まってんだろうよ」


 なんか話しながらすげぇ瞳をキラキラさせてんだけど。


「やけに詳しいな」


「当然だろ? あこがれの職業ランキング第一位だぜ? 自分がギフテッドってわかった瞬間から企業研究を始めたっつーの!」


 何こいつ。チャラ男のくせにちゃんと将来の事見据えてんのかよ。敗北感が半端ない。


「そのすげぇ会社の御曹司が比嘉流星だ」


「まぁ、そうなるよな」


 話の流れ的に何となく察しはついた。つー事はイケメンで尚且つ金持ちって事か。増々もって気に入らねぇ。人はこの感情を嫉妬と呼ぶ。


「おいおい、随分と落ち着いてやがんな。初日から比嘉に噛みついておきながら」


「へ? なんで?」


「比嘉と揉め事起こしたら、そのこわーいガードマン達が飛んでくるかもしれねぇんだぞ?」


 …………。ソレ、ヤバクナイ?


「……御巫直斗君、今日から僕達は親友だ。一緒に比嘉ヒガードマンと戦おうじゃないか」


「おっ、あそこにいるのは同じクラスの奴だな! うぇーい!!」


 そそくさと俺の前から姿を消した御巫。チャラ男にすら見捨てられる俺涙目。一人ぼっちで残りの夕食を食べながら、比嘉流星には近づかないようにしよう、と心の奥で強く誓った俺だった。

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