第5話 学生寮

 無事自分のギフトが判明し、洋式便所に腰かけながら膝に腕を乗せがっくりと肩を落とす俺。その姿はまるで真っ白に燃え尽きちまったボクサーのようだ。

 いや、だってこんなギフトないだろ。簡単に言えば『指の先っちょで何でもはね返せるよ! でも、一日一回だけだけどね♪』って能力だ。一日一回しか使えないとか理不尽すぎる。クールタイム一日は流石にやり過ぎだろ。能力自体は強いのかもしれないけど、使い勝手が悪いにもほどがあるっての。


「氷室、ギフトは…………どうやら分かったようだな」


 部屋に入ってきた樽井が完全に脱力している俺を見て苦笑いを浮かべる。


「まぁ、ギフトなんつーのは授かっただけありがたい事なんだからどんな能力でも贅沢言えねーわな」


「はぁ……そうっすね」


 樽井の言うことは最もだけど、そうはいってもいい能力を期待してしまうのが欲深き人間って生き物だ。かくいう俺もその例に漏れない。


「でも、これじゃギフトを知る前と大して変わらないっすよ。だって、俺の能力は」


「やめとけ」


 愚痴るように自分の能力を話そうとした俺を、樽井が真面目な顔をしながら手で制した。


「自分のギフトは極力他人に言わない方がいい。相手の能力を知っているとどれだけのアドバンテージがあるかぐらいお前にもわかるだろ? 使いづらいギフトを授かったんなら猶更だ」


「た、確かに……でも、結局国には報告するんですよね?」


 樽井が手に持っている紙を見ながら言う。そこには『ギフト申告書』と書かれていた。


「そうだな。それを怠ると軍に捕まっちまう。……だがまぁ、虚偽の申告や隠ぺい工先は罪になるが、自分のギフトを事細かに書かないのは罪にならん」


「それってつまり……」


 国にすらきっちり報告しないほうがいいってことか。まぁ、自分のギフトを知られてもいいことなんて何一つないわな。なるべく隠しておく方が吉だ。特に俺の能力なんて対策し放題だし。つーか、ギフテッドの世界って殺伐としすぎじゃね? すげぇ怖いんですけど。


「ギフト名と能力の概要をふんわり書いて明日提出な」


 ウインクしながら俺に申告書を渡した樽井は、白衣のポケットに手を突っ込み、だらだらと部屋から出て行こうとした。だけど、確認したい事があった俺は樽井を呼び止める。


「……一つだけ聞いてもいいっすか?」


「あぁ? なんだよ、面倒くせぇ」


 露骨に面倒くさそうな顔で樽井が振り返った。こいつ、本当に教師か?


「俺のギフトに『効果一』って書いてあったんですけど、『効果二』はなかったんですよね。そういうもんなんすか?」


「ん? そりゃお前あれだよ。さっき言っただろ? ギフトは成長するって」


 あっさりとした口調で樽井が言った。なるほど……つまり、ギフトを使いまくって成長させれば効果二、三が現れて俺の時代が来るって事か!? こいつはまだ捨てたもんじゃねぇな! ……その使い込まなくちゃならないギフトは一日一回しか使えないんだけどさ。くそったれ。


「複数の効果があるギフトなんて中々ねーんだぞ? よかったな。面倒くせぇと思うけど、定期的にこのトイレに顔出しとけよ」


「今、完全にトイレって言ったよね?」


「超高性能異能力解析装置RXだ。じゃっ、俺は行くわ」


 ひらひらと手を振りながら、樽井が部屋から出て行った。やっぱりトイレって思ってんじゃねぇかよ。まぁ、見た目がどうであれ自分のギフトはわかったから良しとするか。

 とりあえず、ここにいてもしょうがないので教室へと戻る事にする。樽井の口ぶり的に戻る必要はないと思うけど、一応な。教科書とか机の上に置きっぱなしだし。


「……思った通り誰もいないか」


 一年D組の扉を開き、がらんっとしている教室を見て呟いた。廊下から他の教室を窺うにまだホームルームをやっているっていうのに、うちの担任はどれだけ面倒くさがりやなんだ。まぁ、めちゃくちゃ厳しい先生よりはいいって話か。

 少し迷ったけど、別に持って帰らなくてもいいかって思って教科書を後ろにある自分のロッカーに詰め込み、教室を後にする。えーっと、学生寮に向かえばいいよな?


 しばらく歩いてみて思ったけど、本当この学校は迷宮だ。適当に歩いてたら絶対に学生寮なんてたどり着かない。こりゃ、しばらく敷地マップは手放すことはできなそうだわ。

 若干道に迷いつつも何とか学生寮の前まで来た俺は、案内板を見て自分の部屋を探す。当然だけど、男子寮と女子寮は別。案内によると建物の周りには赤外線センサーが張り巡らされていて、入り口には静脈センサーによるオートロックシステムときてる。登録されていない者が少しでも寮に近づくと、すぐさま警備隊が駆け付けるってわけだ。銀行もびっくりな警備態勢だろ? まぁ、登録されている俺には関係のない話なんだけどね……女子寮にでも潜入しようとしない限りは。


「俺の部屋は……三階だな」


 部屋割りは単純明快だった。三年が一階、二年が二階、それで新入生である俺達は三階に部屋が割り振られている。年功序列というか、ぺーぺーが階段を上らなきゃいけないのは定石だな。別に何十階も上るわけじゃないし、問題ないだろ。

 さっさと三階まで上がり、自分の部屋を目指す。部屋の鍵とか渡されないと思ったら、部屋のロックは指紋認証なのね。今時スマホのロック解除も指紋認証だったりするからそんなに驚きはしないけど、まじでセキュリティが強固すぎる。


「……っと、ここが俺の部屋か」


 ドアノブの上にあるセンサーに親指を乗せると、ガチャリと部屋の鍵が開いた。そのままドアを開け、部屋の中へと入っていく。


「うお! すげぇな!」


 ある程度の予想はしていたものの、部屋の豪華さに思わず声が出た。そこら辺のビジネスホテルなんかより全然広い部屋の中には、勉強机やベッドだけでなく冷蔵庫や電子レンジといった白物家電、さらには料理ができるような立派なシンクまで備え付けられている。トイレと風呂は別々だし、結構収納もあるしで、至れり尽くせりの部屋だなおい。

 教室同様ピッカピカに綺麗だから、部屋の中央にポツンと置かれているみすぼらしい俺の荷物がゴミにしか見えない。


「……はぁ、さっさと整理しちまうか」


 何となく場違いな感じがして少しだけみじめ気持ちになりながら、ダンボールを開封していく。とは言っても、持ってきたのは制服と私服が何着かに目覚まし時計とかそういう必要最低限度の生活必需品だけ。寮の部屋に何が用意されてるかとかあんまりわからなかったから、親からは足りない物があれば自分で買いなさいって言われてたんだよな。この感じじゃ、ほとんど足りない物なんてないだろうけど。


「ん? ……これは」


 勉強机に文房具を閉まっていると、引き出しの中に小さな冊子が入っていることに気が付いた。取り出してみると表紙には『学生生活のしおり』と書かれている。


「なになに……朝飯と晩飯は大食堂で用意してくれるのか。でも、時間内に行かないと食べさせてくれないみたいだ。えーっと時間は……朝は午前八時半までで夜は午後九時までか」


 ふむ、割と妥当な時間だな。朝ごはんに関してはそれより遅くなったら授業に間に合わないし、バイトでもない限り夕飯も逃すことはないだろ。場所は男子寮と女子寮をつなぐ建物が大食堂になっているみたいだ。


「門限は夜中の零時。それを過ぎると静脈センサーは反応しなくなり、寮に入れなくなるってわけか」


 意外と猶予があるんだな。てっきり午後十時くらいに施錠されるもんだとばかり思ってた。


「それと洗濯物はランドリーバスケットの中に入れておけば、部屋の掃除に来た時に回収するって書いてあるな。んで、部屋の掃除をして欲しくない者はドアノブにドント・ディスターブのカードを……」


 いや、ホテルかよ。サービス行き届きすぎてんだろ。

 まぁ、掃除も洗濯をしてくれるっていうのはありがたいな。極力家事なんてやりたくないっての。学生の本分は勉学にあり(キリッ)。


 『学生生活のしおり』にはそれ以上重要なことは書かれていなそうだったので、片づけを再開する。大体の整理が終わった頃にはお日様もすっかりなりを潜め、いい時間になっていた。昼めし食わずにぶっ通しでやってたから腹減りまくりだ。早速、大食堂とやらに行ってみるとするか。

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