第13話 桃とメロン

 高校生になってから一週間がたった結果、俺が抱いた感想。高校生、忙しすぎるだろ。

 中学の頃がお遊びだったって思えるほど、勉強のレベルは上がってるし、復習しなきゃいけない量も尋常じゃない。始まったばかりだっていうのに未だに基礎訓練の授業についていけてないから体も鍛えなきゃいけないし、やる事が多すぎて泣ける。

 おまけに軽い気持ちで受けたアルバイトもやばい。おじさんが笑顔で無理難題を課してくるんだよね。それに応えようと必死になるから、まだ二三日しか通っていないっていうのに、俺の料理スキルは格段に上がってる気がする。


「はぁぁぁぁぁ……」


 男子更衣室で制服に着替えていたら思わずため息が出た。


「オーイェー! どうしたはやて? クソデカため息なんてついてよぉ?」


 ツーブロックの髪に何本かヘアピンを刺した御巫みかなぎ直斗なおとがテンション高く俺に絡んでくる。


「ため息も出るだろ……今日の持久走、ドベに近かったんだからな」


「そいつは残念だったな! まぁ、努力するこった! そうすりゃ、俺みたいにトップを駆け抜ける事が出来るんだからよ!」


 こいつ……完全に調子乗ってやがる。完全にギフトのおかげだっていうのによ。いつもは俺と同じで基礎訓練の授業の後はがっつり落ち込んでんじゃねぇか。


「"浮いてる男フロートマン"を使ってズルしただけだろうが!」


「ちっちっち、それは負け犬の遠吠えに聞こえるよ? あの授業は自分のギフトを有効活用していいはずだろ? その証拠に、樽井たるいは俺がギフトを使っているところを見ても、何も言ってこなかったぜ?」


「ぐっ……!!」


 御巫のくせに正論言ってきやがった。反論の余地がないのがまたむかつく。地面に浮くだけの役に立たないギフトだと思ってたのに、まさかこんな利点があるとは思わなかった。どれだけ長い距離を走っても、こいつは息一つ切らしてなかったぜ。


「つーか、颯もギフトを使えばいいじゃねぇか。まだ一度も使ってないだろ?」


「俺のは……授業に向いてねぇんだよ」


 今のところ目覚まし時計を壊す事しか用途が見えないギフトをどうやって授業で使えっていうんだ。ちなみに俺の部屋にはお亡くなりになった目覚まし時計が三つ陳列ちんれつされている。今度アイスの棒でお墓を立ててやるからな。


「なんかそう言われると気になるな。お前のギフト見せてみろって」


「俺のはとっておきなのさ。そうやすやすと見せられるか」


「……とかなんとか言って、本当は大したことないギフトだったりして?」


 御巫がニヤニヤしながら俺の顔を覗き込んでくる。うるせぇ、お前の目覚まし時計もぶっ壊してやろうか?


「つーか、今日は宿題終わらせるために図書室行くんだろ? 早く行こうぜ」


「おっ、そうだったそうだった。俺一人じゃ一生かかっても終わらなそうだから颯の力を借りねばいけん! ……あんまり頼りにならないけどな!」


「うるせぇ。お前も人のこと言えねぇだろ」


 意気揚々と更衣室から教室に戻った御巫は、鞄を手に取り図書室へと歩いていく。俺も必要な教材を鞄に入れ、その後についていった。

 はい、というわけで大変不本意ではございますが、順調に御巫と仲が深まっております。いやだって、こいつ以外話せる人が北原きたはらぐらいしかいないんだもん。その北原も朝の挨拶を交わす程度だし、話しかけようとすると夕暮ゆうぐれなぎとかいう狂犬がぎらついた目で睨んでくるんだよね。怖すぎる。結果、俺はこのバカとつるむしか選択肢がなかったってわけだ。


「図書室ってどこだっけ?」


「集合棟の先にある丸い建物だろ? あそこが資料棟でそん中に図書室が入ってるって聞いたけど」


 俺が尋ねると、御巫が頭をポリポリ掻きながら答えた。


「あー……あれがそうか。ドーム球場みたいな建物だろ?」


「あぁ。なんでもあの建物の大半は図書室が占めてるらしいぜ?」


「まじかよ!? どんだけ本があんだ、それ!?」


 まじで大きさもドーム球場レベルの建物だぞ!? 国立図書館もびっくりじゃねぇか!!


「それにしても、本とは無縁に生きてきたこの俺がまさか図書室へ行くことになるとはな。皇聖学園恐るべし、だぜ」


「確かに御巫は無縁そうだな」


「いや、お前も無縁だろ」


 失敬な。漫画とかめっちゃ読んでるっつーの。そして、その漫画の小説版とかもしっかり目を通している俺はまぎれもなく文学青年だ。


「ん?」


 他愛のない会話をしていたら、前からおかしな集団が歩いてきた。いきなりおかしなってつけるのも失礼な話だと思うけど、実際おかしいから仕方がない。だって、病院の院長総回診みたいに十数人の生徒が綺麗に整列して歩いてくるんだぜ? おかしいって表現するほかないだろ。まぁ、院長総回診ってドラマでしか見たことないから、本当の病院でやってるか知らないんだけどな。

 怖い顔をしながらきょろきょろ周りを見回しているところを見るに、どうやら中心にいる生徒を護衛しているようだ。誰だ? そんなVIPみたいな扱いを受けている奴は?

 興味本位で中心の生徒に目を向けた俺は思わずはっと息をのんだ。


「…………颯君?」


「…………あぁ、御巫君」


 御巫に名前を呼ばれ、俺は正面を向いたままゆっくりと頷いた。言葉など不要だ。そんなもの交わすまでもなく、御巫の思いは通じている。そして、俺も全く同じ思いだ。


 でかい。圧倒的にでかい。どことは言わないが、とにかくでかい。


 中心にいたのはほんわかした顔で笑っている女子生徒だった。顔はなかなか、性格もよさそう。だが、それは些細な事。重要なのは、男子の視線を釘付けにする、たわわに実ったその二つのアンデスメロンだ。もう目を離す事が出来ない。


「おい、貴様ら」


「え?」


 突然、集団の一人に声をかけられた。なんとかメロンから視線を外し、声をかけてきた男に目を向ける。学生服の襟元えりもとについている校章を見た感じ二年生だけど……あれ? なんか怒っていませんか?


「お前ら! もも様をいやらしい目で見ていただろ!?」


「桃? いや、俺が見ていたのはメロンっすけど?」


 思わず正直に答えてしまった。いやだって、桃なんてつつましやかな代物しろもんじゃねぇぞ? メロン若しくはウォーターメロンのたぐいだ。


「な、なにを言ってんだ!?」


「桃様に対して不敬すぎるだろ!!」


 あっ、桃ってその人の名前だったのね。うっかりしちゃったテヘペロ。


「あら? 一年生やろか? 初めまして。うちは」


「桃様! お下がりください!!」


 俺達に気が付いた桃って先輩が柔和な笑みを浮かべながら話しかけてきたけど、すぐに他の先輩の手で止められた。周りにこんな連中引き連れてやばい奴かと思ったけど、自己紹介しようとしてくれたって事はいい人かもしれない。ここはこっちから礼儀正しく挨拶をして、トップの機嫌を取ることにより、周りを鎮める作戦を取ろう。


「初めまして、メロン先輩」


「メロン……?」


 あっ、間違えた。


「こいつ……一度ならず二度までも!!」


「こいつらは桃様に害をなすものに違いない!!」


「そうと決まれば行動あるのみ!!」


「『小鳥遊たかなしもも親衛隊』の名に懸けて、害虫を始末せよ!!」


 俺の発言を受けて、周りが顔を真っ赤にして激昂げきこうし始める。やべぇぞ、御巫。先輩達を怒らせちまった。どうするよ?

 俺がこっそり隣に目を向けると、そこにチャラ男の姿はなかった。あの野郎……。


「一人逃げたぞー!!」


「もう一人も走り出した!! 追え追えー!!」


「絶対に逃がすなよ!!」


「桃様に失礼を働いた罪、その身をもって教えてやれ!!」


 全力で走り出した俺の耳に次々と怒声が飛び込んでくる。とにかく俺は前を走る御巫の後ろにぴったりとくっついていた。もし捕まったらお前も道連れじゃ! 一人だけ逃げ切ろうなんて絶対に許さないからな! 地獄の果てまで追いかけてやるぜ!!

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