第33話 無慈悲な一撃
さて……勢いに任せて一発ぶちかますとか言っちゃったけど、まるでいい案が思いつかないんだよな。だって、相手の動きを遅くするとかいうチートじみたギフトを持ってんだぞ? どうしろっちゅーねん。
「いくぞ! 凪兄!!」
かと言って、今更後には退けない。とりあえず俺が出来ることなんて一つだけだ。自分を奮い立たせるように大声を張り上げ、凪兄に向かって走り出す。
「……おいおい、ちょっと待てよ」
なんの策もなくまっすぐに突っ込んできた俺を見て、凪兄が意外そうな表情を見せた。
「お前、もしかしてノーマルか?」
ノーマル? あぁ、ギフテッドじゃない一般人の事か。そうじゃないけど、否定する理由もない。
「おりゃぁぁぁぁ!!」
愚直に凪兄の顔面目掛けて拳を突き立てる。当然、そんな短調な攻撃が当たるわけもなく、凪兄は軽く首を動かしただけで俺の攻撃をかわした。
「まだまだぁ!」
とにかく拳を出し続ける。まともに人と喧嘩した事もない俺は誰かを殴るのだって違和感バリバリだ。あの高校で三年間みっちり鍛え、しかも首席で卒業した相手にそんな子供騙しが通じるなんて
「……こりゃ、ある意味やりづれぇな」
俺の不慣れ感丸出しなパンチを軽くいなしながら凪兄がぼやいた。やっぱり思った通りだ。この人は一般人相手にギフトを使うようなクズじゃない。こうやってノーマルのフリをしてくだらない攻撃を続けていれば、人差し指を体に当てるチャンスは必ずやってくるはず。
「何やってんのよ颯! 早くギフトを使いなさいよ!」
……凪さんや、あなたは敵ですか?
「なんだ。やっぱりギフテッドなんじゃねぇか」
凪兄がニヤリと笑みを浮かべる。焦って攻撃の手を早めた俺の手を華麗に掴み、そのまま俺の腹に膝蹴りをかました。
「がっ……!!」
凄まじい衝撃に思わず息が止まる。その場で蹲りそうな俺を掴んだ手で無理やり立たせたままにして、凪兄は見事なアッパーカットを俺の顎に決めた。
体が宙に浮く感覚、その後すぐに訪れる背中への痛み。強烈な一撃に一瞬意識が飛びそうになったが、どうやら俺は殴り飛ばされてから地面に叩きつけられたらしい。
「颯っ!!」
凪の声が俺の鼓膜を震わせる。そんな心配そうな声出すなって。二発食らっただけだろ? まぁ、正直な話グロッキー一歩手前なんだけどな。
「出し惜しみしていていいのか? このままじゃギフトを使わずに眠る事になるぞ?」
凪兄がこっちを見ながら楽しげな声で告げる。おうおう、存分に舐めてくれ。こちとらそういう扱いは学校で慣れっこなんだよ。
「……あんたこそ、ギフトを使わなくていいのか? 後悔することになるぞ?」
「はっ! 三下相手に俺のギフトはもったいねぇだろ!」
お腹を押さえながら立ち上がった俺を見て、凪兄が馬鹿にしたように鼻を鳴らす。いいぞ、そのまま油断してギフトを使わずにいろ。左手の人差し指さえあんたの体に触れれば俺の勝ちなんだ。
俺はゆっくりと呼吸を整え、再びなぎあにへとむかっていく。今度はがむしゃらに攻撃を繰り出さない。牽制なんてやり方わからねぇけど、相手の反撃にいつでも対応できるようにしておく。どれだけ痛めつけられようと、凪兄から離れないことが大事。
「どうした? 腰が引けてるぞ?」
ビビりながら戦っている俺に対して、凪兄はどこか遊んでるみたいだ。ちっ……場数が違いすぎる。今からでも料理対決に変更できねぇかな?
「こりゃいいサンドバックだわ」
凪兄の拳が俺の体に擦り注ぐ。見様見真似のボクサースタイル。とにかく、意識が持ってかれるような場所に攻撃を喰らわないようにしねぇと。俺の狙いはただ一つ。凪兄の油断の隙をつく、それだけだ。
「殴られるのが相当好きみたいだな」
「んな、わけねぇ、だろ! ドMじゃねぇんだから!」
俺は凪兄の猛攻を必死に耐えながら答えた。これだけ一方的にやられていてもわかる。この男はまるで本気で戦っていない。だからこそ、俺に一死報いるチャンスがある。
「……ったく、さっさと降参してくれよ。殴るのも楽じゃねぇんだぜ?」
「だったら大人しく俺に殴られればいい」
「それは聞けねぇ相談だな!」
腕でしっかりとガードを固めながら虎視眈々と機会を窺う。ガードしてるからって痛くないってことは全然ないからな。今すぐにでもこの苦痛から解放されてぇよ。
「なんなんだよお前。ただの凪のバイト仲間だろ?」
「ただのバイト仲間じゃない。俺はあいつの世話係だ」
「へぇ……?」
俺がそう答えると、凪兄は興味深そうな顔で殴ってきながら、俺の耳元に顔を寄せてくる。
「とは言っても世話の領分を逸脱してるだろ? ……さてはあいつに惚れてるな?」
「なっ……!?」
耳元で囁かれた言葉に思わず反応した俺のガードの隙間を、凪兄が的確についてくる。
「がはっ!」
「ははっ。そう照れんなって。兄貴の俺がいうことじゃねぇけど、あいつはとびっきりの美少女だもんな」
わけもわからず喧嘩をふっかけてくるような血の気の多い女なんて好きになるはずがない。そう否定したいのに、体を突き抜ける痛みがそれを許してはくれなかった。
「でも、そうだとしたら俺はお前の前に立ちはだからないといけねぇよな? 兄貴として」
「勝手、な事、抜かしてんじゃねぇ……!!」
なおもこうげきをしかけてくる凪兄に、俺はそう答えるのが精一杯だった。あいつが可愛いのは認める。最悪な性格してるって思ったのも、最近じゃだいぶ緩和されてきた。
でも、そういう事じゃねぇんだよ。
俺の体に力が宿る。ただひたすらに反撃の機会をまった。そして、その時が訪れる。
無呼吸運動を続けていた凪兄の動きが少しだけ鈍りを見せた。俺はその隙を見逃さない。
「はぁぁぁぁぁ!!」
全精力を人差し指に集中させる。頭に思い描くのは吹き飛ぶ相手の姿だけ。
「っ!? "
凪兄の眼前で俺の指が止まる。こりゃ、まじですげぇな。水の中にいる感じだ。いや、むしろ油かな? ほとんど体がいうことを聞きやがらねぇ。
動きが止まった俺の頬に凪兄の拳が容赦なく突き刺さった。俺はなす術もなく、ゴムまりのようにバウンドしながら地面を転がっていく。あー……体がスローになっても殴られたら普通に吹き飛ばされるのね。俺の意思で動かそうとしたら、のんびりとしか動けなくなるわけか。ほんでもって効果時間は五秒くらい? ……って、意識朦朧としたこの状態でそんな分析何の意味もねぇか。
「颯っ!!」
ボーッとした頭で地面に横になっていると、凪が近づいてくる気配を感じた。
「大丈夫!? しっかりして!」
声のする方へ顔をむけると、目に涙を溜めた凪が俺を覗き込んでいる。
「……今のは流石に効いたな。以前、お前にもらったパンチよりも強力だった。やっぱり兄妹なんだな」
「ばか! こんな時に何を言ってるのよ!?」
凪の目から涙が溢れるのは時間の問題だった。そんな顔させるために戦ってるわけじゃねぇんだけどな。
「今の悪寒……咄嗟にギフトを使っちまった。てめぇ……何をしようとした?」
ゆっくりと体を起こし、凪兄の方を見る。その表情は先ほどまで余裕たっぷりのものとは違った。こりゃ、もう油断をつくこともできそうにねぇな。まいったねぇ、本当。
俺は限界を告げる体に鞭を打ち、立ち上がる。それを見た凪が驚きに目を見開いた。
「ちょ、ちょっと颯!? まだ続けるつもりなの!?」
「…………」
その言葉には答えず、俺はまっすぐに凪兄を見据える。そんな俺を凪が縋るように見上げてきた。
「もうやめてよ! あたしより弱いあんたがお兄ちゃんに勝てるわけないでしょ!! もう十分だから!! だからこれ以上は……!!」
「うるせぇ!!」
俺が一喝すると、凪がビクッと体を震わせ、言葉を止める。俺はたっぷりと息を吐き出し、凪兄を見ながら口を開いた。
「勝てないのなんて百も承知だ! だけど、俺はな……決死の思いでここまで来たお前の思いを踏みにじったあの男に一発かまさねぇと気がすまねぇんだよ!!」
「っ!?」
妹が兄貴に思いの丈をぶちまけるっていうのは勇気がいるよなぁ。他人の俺にはその気持ちがわからねぇかもしれないけど、少しくらいは理解しているつもりでいるんだ。だから、俺はあの男が許せねぇ。
「……行くぜ。これでラストだ」
「……何を企んでいるのかわからねぇが、いい度胸だ。気に入った。もし、お前が俺に一発かます事が出来たら、褒美に色々と教えてやるよ」
凪兄が意味ありげな笑みを向けてきた。色々教えるってなんだ? 別に知りたい事なんて何もないぞ? ……まぁ、いい。今は集中だ。
俺は一度深呼吸を挟み、覚悟を決めて凪兄へと向かって駆け出す。それをしっかりと見据えながら、凪兄は手のひらを俺へと向けた。
「"
凪兄がギフトを発動させる。俺は一縷の望みをかけ、静かに人差し指を前に突き出した。
「──"
……俺の体は何の変わりもなく凪兄へと向かっている。その代わりに、凪兄は信じられないといった表情を浮かべようとしていた。思わず、俺の顔に笑みがこぼれる。
「……どうやら賭けには勝ったみたいだな」
ありとあらゆるものを跳ね返す、一日一回しか使えない俺のギフトの能力だ。それなら、目に見えない力もちゃんと跳ね返してくれるだろ。
「嘘……? どういう事……?」
後ろで凪のそんな声が聞こえた。悪いな、今はその疑問に答えてやる暇はないんだ。
「どうだ? いつもは誰かの自由を奪っているあんたが、その自由を奪われる気持ちは?」
「…………!!」
凪兄が何かを言おうとしているが残念、口が追いついていないぜ? 俺は右手の親指で中指を引き絞る。もう一個、俺には扱いづらい力があるんだよな。
「歯ぁ食いしばれよ!?」
戦いの最中に相手のおでこを狙うなんてまず不可能だ。でも、相手が動けない状態でいるのなら?
「"
俺は渾身の力を込めて、凪兄の額に自分の中指をぶっ放す。凪兄の体は何の抵抗もなく凄まじい速さで後方へと飛んでいき、壁にぶち当たった。激しい亀裂を走らせながら壁に叩きつけられた凪兄は、そのままずりずりと壁から落ちていき、地面に倒れ伏す。
「へっ……ざまぁみやがれ……!!」
俺はその光景を見届けると、ゆっくり地面に倒れ込んだ。
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