第34話 国家防衛軍特殊部隊EGG
「颯ぇぇぇぇぇ!!」
……ん? 誰だよ、大声で俺の名前を呼ぶ奴は。せっかく冷たい地面を堪能していたっていうのに。ひんやりしたコンクリートが頬に当たって火照った体にベリーグッド。
俺は物臭げに顔を上げると、凪がこちらに向かって走ってきていた。たくっ……縄で縛られているっていうのに器用なやつだ。
「よぉ、凪。……悪いな、お前の兄貴に一発かましちまった」
「もぉ……ばか……!!」
涙を流しながら笑みを浮かべる凪。本当に器用なやつだな。とりあえず、意地の悪い兄のせいで縛られた両腕を自由にしてやらねぇと。
俺は痛みに顔を歪めながら体を起こし、凪の縄をといてやる。その瞬間、凪が俺の体に抱きついてきた。
「わっ! ちょっ! おまっ!!」
いやいやいや、えぇっ!? この展開は予想してなかったぞ!? 全身に駆け巡る柔らかな感触と女子特有の甘い匂いのせいで俺様テンパりんぐ! 思春期の男子に女子が抱きついてきたら大抵こうなるだろうが! どどど、どうすんだこれぇ!?
「よかった……大事にならなくて本当よかった……!!」
俺の胸に顔を埋めている凪の体が震えている。あー……不安にさせちまったみたいだな。まぁ、そりゃそうか。俺にもしもの事があれば、不本意ながらもここまで連れてきた凪は責任を感じてしまうわな。
俺は小さくため息を吐くと、ぎこちない笑みを浮かべながらその小さな体を包み込んだ。
バタンッ!!
突然、部屋の扉が開き、俺は熱湯に触れたかのように凪から離れた。あぶねぇぇ!! 凪に抱きついているところを見られるところだった!! 別に下心なんか無いけどマジであぶねぇ!! 部屋に入るときはノックくらいしろよ!!
「ヘ、ヘッドッ!!」
「こ、こりゃ一体どういうこった!?」
あっ、ブラックドラゴンの本拠地にいるのをすっかり忘れてたわ。つーか、お前らやっと来たのかよ。
「お前らがヘッドをやったのか!?」
「許せねぇ!! ぶちのめせ!!」
おー、随分と慕われてんなー凪兄。って、そんな呑気なこと言ってる場合じゃねぇ! これかなりまずくね? 俺はもう満身創痍でまともに動ける気がしねぇぞ? そもそも
俺が一人で焦りまくっていると、隣にいた凪が静かに立ち上がった。
「……颯に指一本でも触れたら、生まれてきた事を後悔させるわよ?」
漫画の主人公みたいなセリフとともに凪が俺の前に立つ。お、おっふ。威圧感が半端ねぇ。その迫力を前にブラックドラゴンの皆様も、俺も、仲良く縮み上がっています。
「……てめぇら。客人が来てる時は俺の部屋に来るなっていつも言ってんだろ?」
睨み合いの様相を呈するかと思いきや、背後から静かな声が聞こえた。って、ちょっと待て。後ろにいるのって確か……恐る恐る振り返ってみる。
「部屋から出ろ。俺はこいつらと話があるんだよ」
まじっすか。さっきまで壁に寄りかかってだらんとしてた凪兄が、首をコキコキ鳴らしながら平然としているんですけど。壁に亀裂が走るくらい吹き飛ばしたんだぞ? 化け物すぎる。ブラックドラゴンの連中が動揺しまくってんだけど。ちなみに俺もめっちゃ動揺してる。
「ヘ、ヘッド? 大丈夫なんですかい?」
「あぁ? いつから俺を心配するほど偉くなったんだ?」
気遣う部下を凪兄は怖い顔で睨みつけた。思わずたじろぐギャング達。
「さっさと出てけ。何度も言わすな」
「うっ……! だ、だけどよぉ……!!」
「出てけ」
俺達をチラ見しながら何か言いたげだったギャング達も、有無を言わさぬ口調で凪兄に言われ、大人しく部屋から出ていく。残されたのは俺達三人だけ。キッと口を結び、俺を庇うように立っている凪を見て凪兄はため息を吐くと、スタスタと部屋の隅っこへと歩いて行った。
「こっちの方が落ち着いて話ができるだろ」
こっち? ……あぁ、部屋の中が暗かったから全然気づかなかったけど、奥にもう一部屋あるのね。ってか、素直について行っていいのか? 罠じゃないよな?
俺が視線を向けると、凪も少し困惑した顔でこっちを見てきた。そんな俺達を見て凪兄は軽く息を吐き、奥の部屋へと入っていく。うーむ、少し迷うところではあるが、ここでまごまごしていても何も始まらん。まぁ、罠だったとしても何とかすればいいんだろ……凪が。
俺が歩き出すと、戸惑いながらも凪が後ろからついて来る。頼むぜー、凪さんよぉ。俺はもう凪兄に何かされても、反撃する体力は残っておりませぬんぜー。
少しだけ緊張しながら扉を開く。中に入った瞬間、刃物が飛んできた……なんて事はなく、こじんまりとした部屋の中央にあるソファに凪兄が足を組みながら座っていた。
「かーっ……容赦なくぶちかましやがって。絶対背中に青あざ出来てんぞ、これ!」
首の後ろをさすりながら俺にジト目を向けてくる。なんつーか、さっきまでの雰囲気と全然違うんだけど。
「何つっ立ってんだよ? 座れって」
「あ、はい……」
まるで状況が呑み込めず、思わず敬語で答えてしまう俺。おずおずとソファに腰を下ろすと、凪が懐疑的な目で兄を見ながら俺の隣に座った。
「さて、と……何から話すかな?」
うーん、と唸り声を上げながら凪兄がソファの脇に置いてある冷蔵庫から黒い瓶を取り出す。
「えーっと、ちょっといいっすか?」
「あぁ? なんだよ?」
「なんで話をする流れになってるの?」
単純にして最大の疑問。いや、俺が凪兄の持つ秘密を暴くためにここまでやって来たとかならわかるんだけど、今日がバリバリの初対面だからね。別に話す事なんて何もないわけさ。戦ったのも
「お前が俺に一発かます事が出来たら、色々教えてやるって言っただろうが」
「あー……確かにそんな事を言われたような気が……」
かといって、さっきも言ったけど初対面相手に教わるも何もないと思うんだよな。然して興味ないっていうのが本音。
「お前に興味がなくても、お前が世話しなくちゃいけない奴はそうじゃないみたいだぜ?」
楽し気に笑っている凪兄の視線の先には、真剣な表情を浮かべている凪がいた。あーっと……まぁ、そうか。俺に興味がなくても、こいつはそうじゃねぇわな。つーか、妹相手には素直に教える気になれなかったから、俺をだしに使ったなこいつ。同じ兄貴だから、何となく分かるっての。
「じゃあ、早速色々と教えてもらおうか」
「あぁ。まずは……そうだな……俺は
「えっ!?」
凪が驚いた顔で勢いよく立ち上がる。え? エッグって何? 卵の事?
「その
「ほえー……なんか凄そうだなー」
「何言ってんのよ颯!!」
率直な感想を言ったら、凪にすごい剣幕で睨まれた。こわっ。
「EGGって言ったらエリート中のエリートよ!? ギフテッドの中でも選ばれた人しかなれないんだから!! そもそもEGGはお兄ちゃんの憧れの……!!」
そこまで言って凪はハッとした表情を浮かべる。そして、勢いよく自分の方に向いた妹を見た凪兄はニヤリと笑った。
「……だから言ったろ? 俺は今も昔も変わってないって」
得意げにそう言うと、凪兄は栓抜きでコーラの瓶を開ける。えーっと……つまり、目の前にいるこのイケメンはギャングのヘッドなんかじゃなくて実はめちゃくちゃエリートって事? 益々もって気に入らんって事は置いておいても、なんでこんな所にいるんだ?
「そのあほ面を見ればお前の考えてる事は手に取るようにわかるぜ。とはいえ、あんまり詳しくは言えないんだけど……お前ら、ディスピアって知ってるか?」
「でぃすぴあ?」
何その仄かに中二感が漂う名前。聞いた事ないんだけど。俺が隣に目を向けると、凪が微かに首を左右に振る。ふむ、今度は常識じゃないらしい。
「……まぁ、普通のやつは知らないよな。それならそれの方がいい」
凪兄は軽い調子で言いながらゴクゴクとコーラを飲んだ。すげぇ美味そう。俺にもくれよ。
「俺がギャングのヘッドなんかやってる理由はな、簡単に言うとバンデットを作らないようにしてんだよ」
「バンデットを?」
「そうだ。あいつらを見たろ? どいつもこいつも脳筋ですぐに問題を起こすような血の気の多い連中ばっかりだ。放っておいたらあっという間にこの街はバンデットの巣窟になっちまうって話だ」
「……なるほど。そういう事ね」
確か比嘉が言ってたよな。ブラックドラゴンは国に見捨てられたギフテッドの集まりだって。それは犯罪に走らないよう、この男によって意図的に集められたって事か。
「あぁいう奴らは抑圧すると逆に爆発する。だから、俺が管理して適度に暴れさせてるってわけさ」
「はぁ……エリートさんなのに大変だなぁ」
「これも俺の
凪兄がビンをユラユラ揺らしながら苦笑いを浮かべた。こういう話を聞くと、俺はずっと学生でいたいと思うわ。学生でいたい、ずっと学生じゃラッキー。
それまで静かに話を聞いていた凪が静かに口を開く。
「……つまり、お兄ちゃんは闇堕ちしてなかったって事?」
「闇堕ちって……するわけねぇだろうが。少しは自分の兄貴を信じろよ」
「そうなんだ……」
凪は自分の胸の前でギュッと拳を握った。そして、心の底から安堵したような笑顔を見せる。
「よかった……!!」
……ずるいよな、顔のいい奴って。どんなに理不尽な扱いを受けてきたとしても、そういう顔は可愛いって思っちまう。俺もイケメンに生まれてきたかったぜ。クソッタレ。
「……それならそうと早く言えば俺はこんな痛い思いをしないで済んだっていうのに」
さっきから平然としてるように見えるけど、身体中が痛くてたまらんからね? 誰もいなかったら泣いてるっての。
「そうボヤくなって。これは家族にも話しちゃいけない極秘任務なんだぜ? つっても、うちの頑固な妹はここで追い払っても懲りずにまたくるだろうし、流石に自分の妹を再起不能にするわけにはいかねぇし、それに……」
凪兄が意味深な表情をこちらに向けてくる。なんとなくからかわれているようでイラっとする。
「それに、なんだよ?」
「ただのバイト仲間のためにあれだけ漢気見せられたら、話さないわけにはいかねぇよな。仮に上手くあしらったとして、また凪が俺のところに来る時も一緒についてくるんだろ、お世話係君?」
「……もう兄妹喧嘩に首を突っ込むのは懲り懲りだよ」
俺が不貞腐れたようにそっぽを向くと、凪はクスッと笑った。
「ぶっきらぼうに見えて意外と面倒見がいいからね、颯は」
「……うるせぇ」
長い間そうしてきたから面倒見るのが癖になってるだけだっつーの。もっと楽に生きてぇよ。
「とまぁ、お前らに話せるのはこんなところだな。……悪かったな、凪。色々と心配かけてよ」
「……ううん。お兄ちゃんがあたしの知ってるお兄ちゃんだったって事が知れたからよかった」
「……そっか」
凪兄が凪を見ながら小さく笑った。その表情は知ってる。兄貴が妹を優しく見守る顔だ。
「さーってと! あいつらに色々と言い訳してこなきゃいけねぇから、ちょっと席を外すぜ」
そう言うと凪兄は空になった瓶をゴミ箱に投げ、部屋から出て行った。
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