第35話 兄貴と姉御
凪兄がいなくなり、残された俺達の間に微妙な沈黙が生まれる。こういう空気は苦手だ。何を話題にすればいいのか全然思いつかねぇ。
「……悪かったわね」
俺が内心めちゃくちゃ悩んでいたら、凪がぽつりと呟いた。
「……謝られる覚えなんてねーけど?」
「色々と心配させたじゃない? 迷惑もかけたし……」
凪の声にはいつものような覇気がまるでなかった。なんだなんだ? 急にしおらしくなったんだけど。
「結局はあたしの勘違いだったしね。自分の兄を信じられずに先走って、ただ空回りしてただけ。そのせいで颯を巻き込んで振り回して……申し訳なく思ってるわ」
凪が眉を落として謝罪の言葉を告げてくる。……なんか調子狂うわ。
「別に巻き込まれたわけじゃねぇ。自分から首を突っ込んだんだ。だから、凪が謝る事なんてなにもねぇよ」
「……。でも、こんなに痛い思いもさせて」
「はっ、こんなもんかすり傷だ。痛くも痒くもねぇ」
嘘です。めちゃ痛いとです。でも、男には意地を張りたい時があるとです。そんな俺をジーっと見ていた凪が不意に俺の顔を指で突っついてくる。
「
その瞬間、俺の顔に激痛が走った。ちょっと待て! こいつの指もなんかギフトの効果があるって言うのか!? 針でぶっ刺されたみたいな痛みだったぞ!?
「いきなりなにすんだよ!?」
「軽く触ってみただけよ。……やっぱり痛いんじゃない」
「ぐっ……!!」
そりゃ痛いでしょうに。体が吹っ飛ぶくらい殴られてんだぞ? それで痛みを感じなかったらそいつは人間じゃねぇ。だからって、それを確認するために傷口を突っつく奴があるか!
「ふふっ……嘘つき」
「あー悪かったな! 全身が筋肉痛になったみたいだよ!」
男の意地なんてその辺にかなぐり捨ててやったわ。痛いもんは痛いんじゃ。
「痩せ我慢するところが颯らしいわね。それがすぐにばれちゃうところも」
「どうせ俺は嘘が下手ですよーっだ」
せっかく凪が気にしないようにって思ったのに台無しだよ。こいつにそんな優しさは不要だという事がはっきりした。
完全に不貞腐れた俺を見て、凪は優し気に微笑んだ。
「……ありがとう」
「っ!?」
その顔を見て俺は思わず声が出なくなる。くっ……どうやら俺のケガは心臓にまで届いているらしい。えらい鼓動が速くなっているのを感じるぜ。こりゃ俺死ぬかも。
「なに赤くなってるのよ」
「なっ!? ば、ばか! これは殴られたせいで赤く腫れあがってるだけだっつーの!」
「そういう事にしといてあげる」
なぜか少し勝ち誇った表情を浮かべる凪。なぜだろう、すげぇムカつく。
「……そういえば、あんたって強かったのね」
「ほえ?」
やばっ。予想外の言葉にすげぇ変な声出た。これはもしかしてからかわれてる? それとも嫌味? ……凪の顔を見る限り、そのどちらでもない気がする。
「……どこをどう見たらそんな結論になるんだよ。こんなボロボロだっていうのに」
「皇聖学園の首席卒業でもあり、超エリート集団であるEGGに所属している兄を相手に、一矢報いて置きながら弱いとは言わせないわよ?」
……なんかそう言われると強い気がしてきた。いや、凪兄に一発食らわせたのはどう考えてもまぐれっぽいけどな。まさか目に見えないもんまではね返してくれるとは思わなかったぜ。もしかして俺のギフトって結構有能だったりする?
「この目で見ても颯のギフトの正体がまるで分らなかったわ。相手のギフトをそっくりそのまま返すものかと思ったんだけど、そうするとあのデコピンが説明できないのよね。まさかデコピンの世界チャンピオンってわけでもあるまいし」
凪が探るような目を向けてくる。うーん……比嘉にギフトを他言するな、と忠告された手前、話すのは気が引けるな。適当に誤魔化すか。
「俺のギフトは秘密だ。なぜなら、その方がかっこいいからな。ただし、一つだけ言える事がある。俺は全然強くねぇ」
「そこまで堂々と言われると何も言えないわね」
「事実だからな」
強いなんて勘違いされたところでいい事なんて一つもない。戦い慣れもしてないし、あの学校に通っている中で俺はトップクラスの弱者だ。
「でも、強くなりたいのは本気なんでしょ?」
「あぁ、その言葉に嘘偽りはないぜ」
「それは……妹さんのため?」
その言葉に驚いた俺は思わず凪の顔に目をやる。そんな俺を見た凪が肩をすくめて苦笑いした。
「何となくそう思っただけよ。兄って言葉に敏感に反応してたから」
「……まぁ、間違っちゃいないわな」
俺はゆっくりと凪から視線を外し、膝の上に肘を乗せ、指を組みながら正面を向く。別に隠す事でもないしな。俺が妹のために強くなりたいのは確かだ。だけど、その理由は……面白くもないから話したくない。
「そんな顔しなくてもいいわよ。別に聞き出そうだなんて思ってないから。ただ……」
「ただ、なんだよ?」
「颯の妹は大変そうだなーって。お兄ちゃん愛が強すぎて」
凪が楽しそうに俺の顔を見ながらくすくすと笑う。非常に気分が悪い。妹の姿すら見た事ないのに、どうしてシスコン扱いされなければいけないんだ。遺憾の意を示す。
「……ラブラブしてるとこ邪魔してすまねーな」
突然、背後から声をかけられ俺と凪が同時にソファの上で飛び跳ねた。慌てて振り返ると、凪兄がニヤニヤと笑いながら立っている。
「な、な、な、なに言ってるのよお兄ちゃん!! なんであたしがこんな奴とラブラブしなきゃいけないわけ!? ありえないでしょ!!」
顔を真っ赤にさせながら凪が全力で否定し始めた。わかっていた事だが、こうもはっきりと本人から直に言われると、少しは傷つく。
「凪の兄さん……冗談ならせめて誰も傷つかないものにして欲しいんすけど」
「んん? もう
「
「つれねーなー、颯よー」
子供の様に唇を尖らせる俄を見て、俺は盛大にため息を吐いた。
「それで? 説得は出来たんすか?」
「その答えなら部屋を出てみればわかる」
俺が問いかけると、俄は親指で部屋の扉を指差す。は? 出てみれば分かるってどういう事? 俺も凪も意味が分からないまま、ドアノブに手をかけゆっくりと扉を開いた。
「「「申し訳ありませんでした! 颯の兄貴に凪の姉御!!」」」
そして、勢いよく扉を閉める。気のせいかな? 何人もの強面の男達が揃って頭を下げているように見えたんだが。俺はチラッと横に目をやり、完全に固まっている凪を見てから、もう一度扉を開いた。
「ヘッドと互角の戦いを繰り広げた颯の兄貴! マジリスペクトっす!!」
「まさかヘッドの妹さんだったなんて……知らずとは言え失礼を働いてすんませんした! 凪の姉御!!」
「この二人が幹部になったからにはブラックドラゴンがギャングの中で最強だ!!」
「うおぉぉぉぉおぉぉぉぉぉ!!」
ナニコレ? ドウイウコトナノ?
俺はゼンマイ仕掛けの人形の様に俄の方へと首を向ける。そんな俺に、俄はイケメンスマイルでサムズアップをしてきた。
「……幹部就任おめ!」
「ふっざけんじゃねぇ!! そうはならねぇだろ!!」
晴れやかな笑みを浮かべる俄に、俺は大声を上げる。なんで俺達がブラックドラゴンの幹部になってんだよ!! そもそもギャングにならねぇわ!!
「……どういう事か説明してくれるわよね?」
俺みたいには興奮していなかったが、凪も静かに怒っていた。その迫力に少しだけたじろいだ俄は頭を掻きながら、くいくいと人差し指を動かし、俺達二人に近くに寄れと合図を出す。顔を見合わせた俺と凪は、渋々といった感じで俄の顔の近くまで耳を寄せた。
「俺はブラックドラゴンのヘッドだぞ? そんな俺に楯突いたお前らを、あいつらが簡単に許すと思うか?」
「うっ……!!」
「ギャングってのはメンツが大事だ。どんな理由があろうと、頭が襲われて黙ってるわけにはいかない」
「た、確かに……!!」
そういうの映画で見た事ある。現実でもそうなのか。
「このままだとお前ら二人はブラックドラゴンに目をつけられたまま生活しなきゃいけなくなる。それは嫌だろ?」
「それは、まぁ……」
「嫌、よねぇ……」
少なくとも三年間は東都にいる事が確定しているのに、その街にいるギャング達につけ狙われなきゃいけないとか本気で嫌だ。
「だーかーらー、お前らは俺の知り合いかつ、ブラックドラゴンに入りたい奴らって事にしたのさ。そうすりゃ、俺とのバトルをブラックドラゴンに入るための試験だって言い張れるしな」
「なるほど……でも、幹部っていうのは」
「曲がりなりにもお前は俺に土をつけた男なんだぞ? ただの下っ端とするわけにはいかねぇだろ。それに、幹部って地位がある方がこいつらを好きなように動かせるぜ?」
「……動かすつもりなんてないっすよ」
笑いながらポンポンと俺の肩を叩いてくる俄に、俺は苦々しげな表情で答えた。何が嬉しくてギャング達を手駒にせなあかんのや。俺は裏世界の帝王になんてなりたくない。
「……まぁ、役に立つ時もあるかもしれないわね」
「凪? マジで言ってんのか、お前?」
俺が信じられないといった顔で見たら、凪が腰に手を添えながら眉を吊り上げた。
「なーに? じゃあ颯はこれからずっとこの連中に付きまとわれて鬱陶しい思いをしたいっていうの?」
「そ、そういうわけじゃないけどさぁ……」
グイっと顔を寄せてきた凪から逃げるように背中を逸らしながら答える。俺は無駄に持て囃してくるギャングの連中にちらりと視線を向け、深々とため息を吐いた。
「……関わり合いになろうとしなきゃ実害はないか」
「うんうん! つーわけで、今日からブラックドラゴンの幹部、よろしくな!!」
俄に背中を叩かれ、ギャング達の前に出る俺と凪。はぁ……どうしてこんな事になっちまったのか。こちとらギャングになりたくてここに来たわけじゃねぇってのによ。そもそも俺は結衣さんに言われて凪の事を探しに……。
…………あっ。
「やべぇぇぇぇぇぇぇぇ!!」
俺が唐突に奇声を発すると、隣に立っていた凪がビクッと体を震わせる。
「い、いきなり何なのよ!? びっくりするじゃない!!」
「凪! 結衣さん!
慌てすぎて単語しか出てこない。だが、どうやら凪には伝わったようだ。ハッとした表情を浮かべた凪はガシッと俺の手を掴んだ。
「大変! 結衣さんに怒られちゃう!! 行くわよ颯!!」
「俺も行くのかよぉぉぉぉ!!」
断末魔を上げながら、凪に引きずられるようにして走りだす。そんな俺達をきょとんとした顔で眺めているブラックドラゴンの面々を無視して、俺達は地獄の天使が待ち受けるCieLへと大急ぎで向かったのだった。
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