第36話 一難去ってまた一難

 ジリリリリリッ!!


 目覚まし時計の不快な音で俺は目を覚ました。人差し指を突き出さないようなんとか寝ぼけた頭で自分を抑えつけ、体を起こす。

 あー……大型連休が終わって今日から学校からまた学校が始まるぜ。休みらしい事は何もしなかったなぁ……。一昨日はギャングのアジトに攻め込んで大変だったし、昨日は……マジで思い出したくない。

 ブラックドラゴンとのゴタゴタを無事(?)解決した後、CieLシエルに急いだら、待っていたのは聖母のような笑みを浮かべた結衣さんと、真っ白な灰になったおじさんだったんだよね。結衣さんの凄まじい圧に俺もなぎもカタカタ震えていたら一言「明日は頼んだよ」って言って結衣さんも灰になっちゃった。


 その後の事は想像できるだろ?


 連休最終日という事でなだれ込んでくる客を俺と凪の二人で捌いたってわけ。なんで俺までって感じだけど、流石に結衣さんに言い返す勇気は俺にはなかった。結果、大型連休が終わった時、CieLの従業員は軒並み灰になったって事さ。誰か俺達の灰を地球のおへそに撒いてきてくれ。


 昨日の疲れを引きずりつつ朝の支度を整え、寮の食堂で朝食をとってから学校へ。ちなみに宿題は凪の兄妹喧嘩騒動の夜に徹夜して終わらせた。そのせいで昨日は三途の川を五回は見たんだけど、何とか乗り切ったんだからもう忘れよう。


「おーはよう颯。って、すげぇ顔だな!」


 昇降口の下駄箱で靴を履き替えていると、御巫が声をかけてきた。相変わらず朝からテンションたけーなおい。少しはその元気分けてくれ。


「おはよう。昨日は大変でよ」


「へっ! どうせ宿題の残りにてこずってたんだろ? あぁいうのは早めに終わらせないと駄目だぜ!」


「……お前はいつ終わらせたんだよ?」


「今朝の六時だ!」


 御巫がどや顔で親指を立ててくる。想像通りの答えでホッとするよ。


「おっ! ゆっきーじゃん! おはよーっす!」


「おはよう! 御巫君!」


 大きな欠伸をしていた俺は御巫の言葉に反応して振り返る。そこにはいつものようにまぶしい笑顔でいっぱいの北原と、俺同様疲労を隠せない凪が立っていた。ってか、この前は適当な感じで北原と別れちまったな。やばい、さらに嫌われていたらどうしよう。


「氷室君もおはよう!」


 俺の不安とは裏腹に北原はその太陽のごとし笑顔を俺にも向けてくれた。あぁ……これほどまでに癒されることがあるだろうか? 温泉に浸かった時もここまでじゃねぇぞ。


「夕暮さんもおはようございます」


「ん、おはよう」


 御巫が直立不動の姿勢をとり、腰を九十度曲げて挨拶する。いや、凪にビビりすぎだろお前。普通に対応している凪もどうかと思うけど。


「おはよう」


「……おはよう」


 俺が声をかけると、凪はそっけない感じで返事をした。多分、こいつが北原に言ってくれたんだろう。ありがとうって言うべきなんだけど、ここでお礼を言うのもなんか変な感じになるよな。

 そんな俺達二人を見て北原は嬉しそうに何度もうなずき、御巫は目を丸くしていた。なんとなく居心地が悪い気がしたので、俺はさっさと教室へと向かう。


「お、おい! ちょっと待てよ!」


 そんな俺を逃さんとばかりに御巫が肩に腕を回してきた。


「いつの間に夕暮さんと仲直りしたんだよ?」


「……この間だよ。謝るって言っただろ?」


 俺の耳元に口を寄せ小声で尋ねてきた御巫に、俺はぶっきらぼうな口調で答える。本当はもう少し前だけど、詳しい説明をするのが面倒くさい。


「いやいやいや、そう簡単に許されることじゃねーだろ? 乳突っついたんだぞ、乳」


「その言い方止めろ」


 事実はそうかもしれないが、あれは正真正銘事故なんだ。俺は悪く……うん、まぁ、ちょっとは悪いかな?


「あの夕暮がお前を許す事なんて絶対ないと思ってたんだけどなー……どんなマジック使ったんだよ? 親友に教えろって」


「誰が親友じゃ誰が」


 俺は御巫の腕を払いのけ教室へと入り、自分の机へに向かう。そして、前の席に座って仏頂面で本を読んでいるイケメンに声をかけた。


「おはよう」


「流星おっはー」


 俺達に話しかけられ、ため息を吐きながら本を置いた比嘉が、鬱陶しそうにこちらへと振り返る。


「貴様らが来るとおちおち読書もできん。……残りの宿題は終わったのか?」


「なんとかな」


「もうばっちりよ!」


 流石は御巫。今朝の六時に終わらせたとは思えないほどの余裕な笑みで答えやがった。


「比嘉のおかげだよ。サンキュー」


「ふん……だからな、俺は」


 憎々し気な表情でそう言うと、比嘉は再び読書をし始めた。本当に素直じゃないやつ。まぁでも、このツンデレ御曹司のおかげであの多忙な連休中に宿題を終える事が出来たのは事実だからな。感謝しているのは本当の気持ちだ。


「おはよう、比嘉君!」


「おはよう」


 俺達から少し遅れて教室へとやって来た北原と凪が比嘉に挨拶をする。比嘉は再びため息を吐きながら本を置くと、二人の方へと顔を向けた。あれ? この二人って比嘉と挨拶を交わすほどの仲だったっけ?


「比嘉君が優しく教えてくれたから何とか宿題を終わらせることができたよ! 本当にありがとう!」


「そうね。感謝してるわ」


「……別に。御巫バカに教えるついでだったから感謝しなくてもいい」


 そっけなく答える比嘉。ちょっと待て。聞いてないぞ。どういうことだ?


「いつの間に二人の宿題なんか見てやったんだよ?」


「昨日の夜中にこのバカが俺様を呼び出したんだよ。したら二人がいた、それだけだ」


「ふっ! 俺が一人で残りの宿題を片付けられるとでも?」


 いや、そんな得意げな顔で言う事じゃねぇから。ってか、それなら俺も呼べよ! いや、その前に徹夜して終わらせていたけども! 比嘉がいたらもっと楽できたっつーの!


「流石に学校のラウンジは閉まってたからな。ゆっきーを呼んで寮の談話室で頑張ってたんだけど、二人じゃ行き詰ってよぉ」


「それで凪に教えてもらおうと思ったんだけど、凪にもわからない問題があってね。それで比嘉君の力を借りたんだ!」


「あー……そういう事」


 なーんか俺の知らないところで御巫と北原がすげぇ仲良くなってません? わたくし、ヒジョーに気に入らない思いでいっぱいです。……ん? ちょっと待てよ? つー事は、あの|バイト(地獄)の後に、凪はこの二人と一緒に宿題やってたって事か?

 俺がさりげなく目を向けると、凪が不機嫌そうな顔で睨み返してきた。


「……なによ? あたしとあんたじゃ鍛え方が違うのよ」


「……さいですか」


 バイト中は白目向いてたくせに。そうツッコめないのが辛い。一緒のバイトをしている事は凪から口止めされてるからな。うっかり口を滑らせでもしたら後が怖い。


「……本当に仲直りしてるんだな。驚いた」


 御巫が俺と凪を交互に見ながら呟いた。まぁ、その点に関しちゃ本当によかったと思うよ。あんな針のむしろの状態が続いてたら、俺の胃腸が五個あっても足りないって。そういう意味じゃ、凪がおじさんの店をバイト先に選んでくれてよかったわ。


 とにかく、これで何の憂いもなく学生生活を満喫できるってもんだ。あほみたいな量の宿題も何とかこなしたし、凪とのわだかまりもなくなったし、これから俺の皇聖学園における素敵な生活が始まるってもんだ!


 わいわいと談笑している俺達を見て、比嘉はフッと小さく笑った。


「俺様が教えてやったところはちゃんと理解を深めておけよ? ……中間テストが目の前まで迫っているんだからな」


「…………はい?」


 俺の笑顔が凍り付く。御巫の笑顔も凍り付く。俺達仲良しブラザーズ。


 どうやら、のんびりだらだら過ごすことはできないみたいです。

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異能力者しかいない学校だけど、俺は元気に生きていきます 松尾 からすけ @karasuke

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