第11話 基礎訓練の授業

 実習棟の前には既にうちのクラスの連中が集まっていた。何となくだが、全員ウキウキしているように見える。やっぱりみんな同じように思ってたんだな。ところで、基礎訓練の先生ってどんな人なんだ?


「おー、揃ってんな」


 俺達のやる気と対照的な気の抜ける声が聞こえた。俺達が一斉に声のした方へと目を向けると、ダラダラの白衣を着た樽井たるい早雄はやおが実習棟の中から姿を見せる。


「この授業を担当する樽井だ……って、お前らには自己紹介はいらねぇよな」


 まじかよ。うちの担任ってなんの教科を教えるんだろ、って思っていたけど、まさか実技担当とは。人は見かけによらないって事だ。つーか、服装的に化学とか生物だろ。実験する気満々な恰好してるじゃねぇか。


「この授業ではギフテッドとして、最低限度戦える力を身に着けることを目的としている。なぜだかわかるか八重樫やえがし?」


「ほえ!?」


 後ろの方でおどおどしていた男子が急に名指しされ、頓狂とんきょうな声を上げる。


「え、えと……その……じ、自分の身を守るため……ですか?」


「その通りだ」


 尋常じゃないくらいビクビクと答えた八重樫に、樽井が頷きかける。なんつーか、根暗そうな奴だなぁ。自分に注目が集まるくらいなら死んだほうがましって顔してたぞ。


「知っての通りギフテッドっていうのは希少価値が高い上に、色々と役に立つのさ。使い方によっては様々な事に利用できる……社会のためになる事にも、社会に仇名あだなす事にも、な」


 白衣のポケットに手を突っ込みながら、樽井が意味深な笑みを浮かべる。


「つまり、悪い事を企む連中から自らを守るために、ギフテッドっていうのは相応の強さを求められるんだよ。ろくでもない奴らに捕まって自分のギフトを悪事に利用なんてされたくないだろ?」


 なるほど……やばいギフトを持つ奴が犯罪者に捕まったりなんてしたら、それこそ一大事だ。そもそもやばいギフトを持つそんな奴を捕まえる犯罪者の方がやばいって話は置いといて。


 樽井の話が終わったところで、一番前に立っていた北原が遠慮がちに手を挙げた。


「あのぉ……先生」


「ん?」


「私のギフトは……その……そんなに便利なものじゃないと思うんですが」


「だから狙われないって? 甘いぞ北原。自分じゃ大したことないって思っていても、人によっては喉から手が出るほど欲しい能力だってこともあるんだ。要はどんな能力だって使い方次第で強力な武器になるって話だ」


 確かに。一日一回限定で目覚まし時計を壊すギフトだって、使い方次第では凶悪犯罪に使われるかもしれない。世の中にある全ての目覚まし時計をこつこつ壊して、全ての人間を朝寝坊させるとか。


「そんなわけで、俺の役目はお前らを一端の戦士に育て上げることだ。……戦士って言い回しがしっくりくる時代じゃねぇけどな」


 おぉ……こりゃテンションが上がらずにはいられない。ギフトを持つ戦士? 結構じゃねぇか! いつの時代だって男は戦士ウォーリアーに憧れるんだよ!


「この実習棟には現代技術を駆使して作られた超高性能なVR設備がてんこ盛りだ。空手、柔道、テコンドー、カポエイラ、その他諸々。あらゆる格闘術を学ぶことができ、データを組み込めば他のギフテッドとの仮想戦闘だって行える」


 流石は皇聖学園。スケールがデカすぎていまいちピンとこない。ゲーセンにあるヴァーチャル格闘ゲームの最高級版がここにあるって認識でいいのかな?


「……とまぁ、色々と説明したけど、入学したてのお前らがここの設備を利用できるのはもう少し先の話だ。初めは体作りからだな」


 くっ……まぁ、そうだよな。そんなうまい話があるわけがない。走り込みやら筋トレやらそういう事からやっていくんだろうな。


「本当は一人一人の身体能力を俺が直接確認するのがいいんだろうけど、それは面倒くさいからな。……ほれ」


 樽井が後ろにある実習棟を親指で差す。


「この建物の屋上に行け。もちろん、中に入らずにな」


「…………は?」


 やべぇ、思わず声が出ちまった。このおっさん、面倒くさがり過ぎて頭がどうにかしちまったのか?


「ギフトを使ってもいいし、肉体のみで攻略してもいい。とにかく、屋上まで行けば合格だ。それで、お前らの力が大方把握できる」


 え? まじで言ってるの? 断崖絶壁って言うか、ただの壁だぞ? 俺はロッククライマーじゃねぇんだよ。


「じゃあ、頑張れ」


 それだけ言うと、樽井は指を組んで頭の後ろに持っていき、地面に寝そべった。いやいやいや、頑張れじゃねぇよ。どうしろって言うんだよ。建物の屋上を外側から目指すって人間業じゃねぇだろうが。


「……なるほど、力を見たいという事か。それならば是非もない」


 突然の事に戸惑う俺達の中でピンと糸が張ったような声が通る。ゆっくりと前に出たのは頭の高いところで一つ結びにしている気真面目そうな女子だった。いや、なんで腰に木刀差してんの?


乱獅子らんじし京華きょうか。そのたたずまいはまさに武士といったクールビューティーだ」


 皇聖学園女子担当情報屋の御巫みかなぎ君オッスオッス。まだクラスメートの名前を認知していない俺にとっては本当にありがたいよ。

 って、御巫が情報をくれている間に、乱獅子が建物の出っ張りに飛び移ってすいすい上っていくんですが。え? そんな感じなの? まじで? ってか、なんで木刀持ってんの? 武士だから?


「けっ! 俺様を試そうなんて上等じゃねぇか!!」


 今度は立派なリーゼントをたずさえた男が、勢いよく自分の手のひらに拳を当てて気合を入れると、そのまま壁に指をめり込ませ、壁を登っていく。おいおいおい、頭についてるフランスパンが壁にぶつかって折れてんぞ! 無茶するのは止めておけ! ……で? あいつの名前は?


「なんだよ?」


 俺が視線を向けると、御巫は不思議そうにこっちを見てきた。まじでこいつは女子限定だな。


 乱獅子とフランスパンに触発されたのか、少しずつクラスの奴らが無理難題に挑戦し始める。いや、無理難題だって思っているのは少数派なのかもしれない。乱獅子は特に苦戦する様子もなく屋上に着いたし、フランスパンも気合で壁を登り切っていた。他にも鼻歌交じりで壁を駆けて行った奴や、いつの間にか屋上に立っていた奴もいる。北原との会話を邪魔した夕暮ゆうぐれとかいう女子もあっさり屋上に行ってしまった。


「いやいやいやいや、待て待て待て待て」


 なんであいつらは普通に屋上へ行ってんだよ。それが普通なの? あれ? ギフテッドってまさか人間じゃない?


「うぅ……壁なんて登れないよ……」


 人間離れした動きを見せる奴らがいる中、北原は困った顔で壁を見つめていた。あぁ……本当にあなたは癒しだ。すさんだ俺の心に安らぎをもたらしてくれる。


「一緒に登ろうぜ、北原」


氷室ひむろ君……! うん!!」


 俺が声をかけると、北原は嬉しそうに笑った。その笑顔を見ているだけで俺は何でもできる気がするわ! こんな壁、楽々攻略してやるよ! あっ、やっぱ無理だわ。


「ふん、茶番だな」


 安らぎを与えてくれる人がいれば、苛立ちをもたらしてくれる奴もいる。それが世の常だ。


「こんな子供ガキの遊びに手こずる奴の気がしれん」


 明らかに今壁からずり落ちた俺に言っている気がする。まじで喧嘩売ってるだろ? いい加減イライラが収まらないからその喧嘩買うぞ? 御巫が。


「貴様らにギフテッドが何たるかを見せてやる」


 はーん、そうですか。そこまで言うなら見せてみろよ。ヒガソーの御曹司はどうやってこの壁を登るんでしょうかねぇ。

 俺が胡乱気うろんげな目で見ていると、比嘉ひがはゆっくりと息を吐き出した。それと同時に、バチッと電気が弾ける音が広がり、稲光が天へと駆け昇っていく。次の瞬間には比嘉が実習棟の屋上からこちらを見下ろしていた。……まじっすか。


「ほう……神話級ミソロジーねぇ……」


 寝転がって組んだ足をひらひらと動かしながら樽井が呟く。みそろじー? 新手の味噌かなんかか?


「す、すごいね……!」


 北原が目をまん丸にして屋上にいる比嘉を見ていた。いや、確かに凄いんだけどさ。なんつーか、素直に褒められねぇわ。いや、でもやっぱすげぇ。


「おいおい……はやても北原もこんな所で立ち往生おうじょうか?」


 比嘉ショックから未だに立ち直れない俺達の所に御巫が軽いノリで近づいてい来る。なんだよ、名前教える担当(女子限定)。お前だってスタート地点から一歩も動いてないじゃねぇか。


「御巫君は屋上まで行けそうなの?」


「ふっ……愚問だぜ、北原。ギフテッドならギフテッドらしく、天より与えられたギフトでこの苦境を乗り越えねぇとな!」


「お前はどうにかできるって言うのかよ?」


 ジト目を向ける俺に自信満々の顔を向けてくる御巫。こいつ……チャラいだけのバカかと思ったら。本当は凄いギフトを持っているのか?


「目ん玉かっぽじってよく見ておけ! 俺のギフトをよぉ!!」


 勇ましい声と共に御巫が己のギフトを発動させた。おお! 目ん玉をかっぽじるってのは意味が分からんけど、これはすごいのがくるんじゃねぇか!?


「これが俺のギフト、"浮いてる男フロートマン"だ!!」


「…………」


「…………」


 俺と北原が何とも言えない表情を浮かべる。いや……うん……"浮いてる男フロートマン"ね。確かに浮いてるわ……その……地面から三十センチくらい。


「そ、その力があれば屋上まで行けるね!」


「なーに言ってんだ? 行けるわけないだろ? 俺が浮けるのはこれが限界だからな!」


「そ、そうなんだ……そ、それが御巫君のギフト?」


「おうよ!」


 ぎこちなく笑いながら聞いた北原に凄くいい顔をしながらサムズアップで御巫が答える。なんだろう……初めてこいつと仲良くなろうかなって思ったわ。使えなさすぎるだろ、そのギフト。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る