第30話 迷子の迷子の子猫さん

 ダラダラとくっちゃべりながら、それでも比嘉のおかげで大量の宿題に終わりが見えたところで今日は解散となった。後は自分達で何とかしろ、って冷たい感じで言われたけど、なんだかんだ一日中付き合ってくれて、分からない所とか悪態つきながら丁寧に教えてくれたんだよなぁ。まじであいつはツンデレ過ぎる。

 時刻は午後六時過ぎ。自分の部屋へと戻ってきた俺はすぐさまベッドへ横になった。久しぶりに頭を使ったからすげぇ眠いわ。夕飯の時間もあるけど、ここはほんのちょっとだけ昼寝をば……。


 ヴー! ヴー!


 マナーモードにしている俺のスマホからバイブ音が部屋に鳴り響く。たくっ……今いい感じにとろん、ってし始めたのにどこのどいつだよ。俺は舌打ちをしながらスマホの画面をのぞき込んだ。ん? 結衣さん?


「もしもし、颯だけど」


『あっ、颯君!』


 応答ボタンを押し電話に出ると、結衣さんの慌てた声が耳に飛び込んできた。あれ? 今日休むって伝えてなかったっけ?


「結衣さん、今日は俺シフトに入って」


『凪ちゃん知らない!?』


 どうやら用があるのは俺じゃなくて凪らしい。ってか、知らないも何もあいつは今日バイトの日なはず。


「そっちに行ってるんじゃないの?」


『それが来てないのよ! 連絡しても一向に出てくれないし!』


「まじか。なんかあったのかな?」


『というわけで、世話係の颯君! すぐに凪ちゃんを連れてくる事! 以上!!』


 ガチャ! ツー……ツー……。


「…………え?」


 なんか今めちゃくちゃ面倒くさい事頼まれなかった? こりゃ聞かなかった事に……するのはまずいよなぁ。あの結衣さんの声の調子的に。多分、押し寄せる客を必死に捌きながら、俺に電話してきたんだろう。このまま知らん顔を決め込んだら後が怖い、怖すぎる。


「面倒くせぇなぁ……」


 とりあえずダメもとでトークアプリにメッセージを送る。バイトの連絡用に連絡先を交換しておいたけど、まさかこんなに早く活用するとはな。


「……まぁ、既読はつかないよな」


 スマホの画面を消し、ポケットに入れると、俺は部屋から出た。考えられる場所としては女子寮だよなぁ……とは言っても、はいはいお邪魔しますよってな具合に入るわけにゃいかんし。


 ……おや? あれは……。


「ん? 颯じゃーん! 疲れたからひと眠りするって言ってたのにお前も飯か?」


 男子寮と女子寮の間に位置する大食堂に着くと、さっきまで一緒に勉強していた御巫の姿があった。それよりも気になるのは、その隣に癒し系美少女である北原きたはら優樹菜ゆきながいる事だ。


「氷室君……こんばんは」


 笑顔が素敵な北原だというのに、俺に対してはどこか刺々しい。理由ははっきりしている。だが、今はその態度にへこんでいる場合じゃない。どうして御巫なんかと一緒にいるのか問い詰めたいところだが、それも後回しだ。


「丁度良かった。な……夕暮ゆうぐれの事見なかったか?」


 名前で呼ぶところを、寸前で苗字に切り替える事に成功。危うく凪に消されるところだった。バイト先じゃずっと名前で呼んでるから、そっちに慣れちまったんだよな。気をつけないと。


「凪? 今日は見てないけど……」


「悪いんだけど、部屋にいるか見てきてくれないか?」


「え……?」


 北原が懐疑的な目で俺を見てくる。いやまぁ、そうだよな。いきなりこんな変な事頼まれたらそんな顔になるよな。


「あー……例の一件の事、どうしても謝りたくってさ。夕暮が部屋にいたら呼んできて欲しいんだ」


「……!! わ、わかった!」


 一瞬ハッとしたような表情を浮かべた北原は、急いで女子寮へと走って行った。なんとなく罪悪感を感じる。まぁでも、凪にはこの前一緒に帰った時に謝ったし、問題ないだろ。うん。


「どうしても謝りたい、ねぇ……?」


 御巫が探るような目を俺に向けてきた。このバカ、勉強はできないくせに勘は鋭いのが困る。


「……なんか文句あんのかよ?」


「いやいや、別になんもねーよ? 頭使って疲れたから寝るって言ってたお前が、急に謝りたくなる事もあるよな。うんうん」


 まるで信じてないね、こりゃ。別にバイトの事話してもいいんだけど、なんか癪に障るからまだ黙っておこう。


 そうこうしている内に、北原が困った表情を浮かべながら一人で戻ってきた。


「北原が一人で戻ってきたって事は……」


「凪は部屋にいなかったの。それで、さっきから電話をかけてるんだけど全然出なくて……」


「そっか。わかった、ありがとう」


「え? ちょ、ちょっと氷室君!?」


 お礼を言ってさっさと別の場所を目指す。北原が背中で何か言ってた気がするけど、ちょっと応えている余裕がないんだ。昨日の今日だからな。バイトにもいない、寮にもいないとなれば十中八九、ブラックドラゴン絡みと見て間違いないだろ。

 あー……マジで嫌だ。ギャングとか心の底から関わりたくないんだけど。凪の頭のネジが取れていない事を切に願おう。


 学園から足早に出た俺は、治安の悪そうな方に向かって歩いて行く。いやー具体的にどこへってのはないんだけど、何となく近寄りがたい場所ってあるじゃん? 不良ワルの溜まり場みたいなところがさ。この街に来てまだ一ヵ月くらいしか経ってないけど、薄っすらと心当たりがあるんだよね。


「……おっ、あれは」


 メインの道から路地に入って、更に路地裏の薄暗い通りからどんどん暗闇の方に進んでいったところで、昨日の二人組を見つけた。スーパーモヒカンとトゲトゲピアスのお兄さん達だ。うーん……凪よりも先に見つけちゃったんだけど、声をかけてみるしかねぇかな?


「すブッ!!」


 へらへらと笑いながら愛想よく話しかけようとした瞬間、誰かに口を塞がれ、無理やり建物の陰へと引きずり込まれる。完全にパニックになった俺だったが、鼻腔をくすぐる甘い香りに覚えがあったので、勢いよく犯人の方へと振り返った。


「……なんであんたがここにいるのよ?」


 明らかに不機嫌そうな顔で凪が俺を睨んでくる。いや、ちょっと待って。その前に息が出来なくて死にそうなんですけど。


「んんー! んんんんん!?」


「……まるで何を言っているのかわからないから手をどけてあげるけど、絶対に騒がないでね」


 若干苛立ちを含んだ声でそう言うわれ、こくこくと俺が頷くと、凪は口から手を放してくれた。何度か大きく息を吸ったり吐いたりして呼吸を整える。


「落ち着いたんならさっさと答えなさい。どうして颯がここにいるの?」


「……結衣さんから凪がバイトに来ていないって連絡がきた。それで、世話係の俺がお前を探してこいって命じられた」


 端的に俺がここにいる理由を説明した。凪はこめかみに手を当て、ゆっくりと首を左右に振る。


「……黙って休んだりして悪かったわ。ただ、バイトに行く途中でどうしても外せない用事が」


「あの二人を見つけちまったんだろ?」


 凪の言葉を遮るように言いながら、俺は建物の陰から殺気の二人に視線を向けた。凪は口を真一文字に結んだが、すぐに諦めたように息を吐き出す。


「そうね、お察しの通りあたしはブラックドラゴンのヘッドに用があるの。……わかったらさっさと消えてちょうだい」


 吐き捨てるように言うと、凪は二人の後を追い始めた。さっさと消えろって言われても……俺は凪を連れてこいって言われてるし、危ない連中を追ってる凪を置いてのんきに帰ったりなんてしたら、恐ろしくて想像すらしたくない。


「……なんでついてくるのよ?」


 凪の背後にぴったりとくっついたらものすごい形相で睨まれた。だが、それがどうした。怒った凪よりも怒った結衣さんの方が数百倍怖い。


「凪の世話係だからだ。お前の身に何かあったら俺が困るんだよ」


 結衣さんに殺される的な意味で。


「っ!? ……勝手にしなさい」


 プイッと顔をそむけた凪の耳がやたらと赤い。怒っても無駄だ。地獄の果てまでついて行かせてもらおう。でないと、地獄に叩き落とされるからな。どっちにしろ地獄じゃねぇか。

 凪と例の男二人を尾行し始めてから一時間弱、もはや一般人は絶対に歩いていちゃいけないような雰囲気に場所に出た。つまり、一般人である俺は今すぐにでも帰りたい。


「……あそこがブラックドラゴンのアジトね」


 ビビリまくりの俺とは対照的に凪は冷静な感じで呟いた。あそこってのは例の二人が入っていった廃ビルを差してるんだろうけど……ちょっと待て。俺は大事な事を確認し忘れていた。凪はあの連中のアジトを突き止めて何をしようっていうんだ?


「なぁ、凪……」


 俺が名前を呼んだ時にはもう既にスタートダッシュを切った後だった。ギフトにより超加速した凪は、錆びれたシャッターをいとも容易く大破し、中へと入っていく……そう、ブラックドラゴンのアジトであるビルの中へ、と。


 マジで何をしでかしてくれたでありましょうか、あのバカちんは。

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