第2話 入学式

 校門から三十分ほど歩いたところで、ようやっと目的地である体育館にたどり着いた。いや、遠すぎでしょ。隣を歩いていた北原が完全に息上がっちゃってるよ。持ち物は入学許可証だけでいいって言われてたから俺も北原も手ぶらだったんだけど、それでも疲れたわ。初めての場所ってこともあるし、あとどれくらいで着くのか全然わからないから倍疲れたっつーの。


「大丈夫?」


「へ、平気平気……」


 俺に心配かけないようにしてか、北原は無理やり笑顔を作りながら答えた。うーむ……見た感じ運動が得意なタイプではなさそうだったけど、まさにその通りだったね。


「ちょっと待ってて」


「え?」


 息を整えている北原を置いて、俺は体育館の横に設置されていた自販機へとひとっ走りする。北原の好みとか全然わからないけど、お茶と紅茶を買っていけば、どっちかは飲むだろ。


「はい。どうぞ」


「え……」


 両手に飲み物を持ってきた俺を北原が呆けたように見ている。あれ? なんかミスった?


「もしかしてお茶も紅茶も嫌いだった? それならコーヒーでも買ってくりゃ良かったな」


「あっ、全然嫌いとかはないよっ!! ただ、突然の事に驚いちゃって……」


 あー……そりゃ、さっき知り合った奴から飲物渡されても戸惑うだけだよな。ちょっと配慮不足だったかも。だけど、飲んでくれなきゃ困る。なぜなら……。


「このままだと無駄になっちゃうから、北原、一本飲んでくれ」


 俺はドケチだからだ(ドヤッ)。無駄、ダメ、絶対。

 北原は目をぱちくりさせると、おずおずと俺からお茶を受け取った。


「……ありがとう」


 そして、天使のような笑顔が返ってくる。やばい。これだけで飲み物を買ってきた甲斐があったってもんだ。とりあえず上がったテンションを戻すために紅茶で喉を潤す。


「男の子と女の子で受付が違うみたいだね」


 ペットボトルの蓋を閉めながら、体育館前に二つある受付を見ながら北原が言った。


「そうみたいだな」


「私はもう少し休んでから行くから、氷室君は先に行ってていいよ」


「そ、そうか」


 あっ、これは暗に私から離れろって言われてるパターンのやつだわ。俺様、しょぼーん。


「同じクラスになれるといいね!」


 肩を落として歩く俺の背中に天使の声が。俺様、シャキーン!


 さてさて、可愛い子とも知り合えてかなり幸先がいいので、ちゃちゃっと受付済ますとするか。男子は……あっちか。なんかめちゃくちゃごつい人が立ってるけど、多分先生だよな? 控えめに言ってゴリラと人間を足して人間を引いた感じなんだけど、先生でいいんだよな?


「ここで受付するんですか?」


 とりあえず話しかけないと何も始まらない。恐々声をかけると、ゴリラは重々しく頷いた。いやいや、ゴリラなわけがないだろ。ここは皇聖学院だぞ、いい加減にしろ。


「うほっ」


 あっ、やっぱりゴリラなのかもしれない。『G』ってでかでかと書いてあるタンクトップを着ているけど、ゴリラなのかもしれない。きっと、この学校のマスコットキャラに違いない。見た目、めちゃ怖いけど。


「名前を伺おうか?」


 そう言うと、ゴリラ(マスコット)は俺の顔から視線を外し、手元に置いてある紙に目を落とした。あれ? やっぱり先生なのか?


「氷室颯です」


「氷室氷室……おっ、あったあった。氷室はD組だな」


 ごつい指で紙をなぞって俺の名前を見つけると、ゴリラ先生(疑問)はチェックボックスにレ点をいれようとする。


「む? チェックができないぞ?」


「……先生、それはバナナです」


「おーっとすまんすまん。うっかりしてた」


 照れたように頭を掻きながらゴリラ先生(確信)は手慣れた手つきでバナナを剥き始めた。いや、ペンとバナナ間違えるとかやばすぎだろ。つーか、なんでバナナ持ってんだよ。入学式に必要のないものリストに誰かバナナを入れておけ。


「それにしても……もしゃもしゃ……氷室も大変だな……もしゃもしゃ……問題児ばかりのD組とは……」


「え?」


 『なんで普通にバナナ食ってんだよ』、って心の中でツッコミ入れてたらこのゴリラ(大猩々)とんでもないこと言わなかったか? 問題児ばかりのD組だって? そんな話聞いとらんぞ?


「も、問題児ばかりのクラスっていうのは?」


「ん? あー、入学早々不安にさせるような事を言っちまったな。すまん! 忘れてくれ!」


 いや、そんな笑顔でサムズアップされても忘れられるわけねーだろ! え? 俺のクラスってやばい感じなの?


「まぁ、学校生活で悩むことがあったら遠慮なく俺に言ってくれ! 力になるぞ!」


 そう言いながら先生はドラミン……力強く自分の胸を叩いた。見た目がゴリラっぽくても、やっぱり先生なんだな。むしろ、その見た目も相まってめちゃくちゃ心強いぞ。心の中とはいえ、ゴリラなんて呼んでた自分が恥ずかしい。これからはそんな失礼な呼び名で呼ばないようにしないと……。


「俺の名前は五里山ごりやま雷吾らいご! 担当科目は家庭科だ! よろしくな!」


 やっぱゴリラじゃねーか。もうこの名前ならゴリラと呼ぶしかないじゃねーか。ってか、担当科目が家庭科ってどういうこと!? これほどまでに体育の先生が似合う人もいないだろうが!! 人選おかしいだろ、この学校!!


「体育館に入ったら置いてある椅子に座ってくれ。男子は左側の席であればどこに座ってもいいぞ。式が終われば教師の指示に従い、自分のクラスへと向かうんだ」


「あ、はい。わかりました」


「入学式っていうのは生徒の晴れ舞台だ! 胸を張って行ってこい!」


 世の中にはいいゴリラと悪いゴリラがいるだろ? この人は間違いなくいいゴリラだ。俺はゴリ先生にお礼を言いながら体育館の中へと足を踏み入れた。


「あれ?」


 体育館の内部を見て、俺は首を傾げた。普通、あまりにも普通過ぎる。ここに来るまでにいくつか建物を見て来たけど、どれも立派なものばかりだった。だから、体育館もどれだけ凄いんだろうっと思ったけど、俺が通っていた中学とそう変わりない感じだな、これ。バスケットコートが二面に、それを囲むようなキャットウォーク。正面にはよくある演台に演説台。そして、パイプ椅子がずらりと並べられていた。最高の設備って聞いてたけど、こんなもんなのか? まぁ、考えても仕方ないか。とりあえず適当な椅子に座ることにしよう。

 席は六割ぐらいが埋まっていた。男子は左って言ってたな。並べられたパイプ椅子の中央が通路になっているから、多分これより左側に座ればいいんだろ。


「どこに座るかな……」


 独り言を呟きながら、男子の席を見回す。一番前はダメだ。自由席であんなところに座る奴の気が知れない。だから、一番前のど真ん中の席で、足を組みつつふんぞり返っているあの男とは友達になれる気がしない。

 次にダメなのは一番後ろの席だ。これが意外と目立つ。式中に惰眠だみんむさぼろうと画策している俺にはふさわしくない。


 ということで、せっかくだから俺は後ろから三番目の端っこの席を選ぶぞ! ここがベストポジションと言わざるを得ない!


 椅子に座ってホッと一息。なんとなく余裕が出てきたので、他の人達がどんな様子なのかうかがってみることにする。

 うーん……やっぱあれだな。話している奴なんていねーな。まぁ、入学式だから仕方ないか。みんな今まで会ったことない奴が殆どだろうしな。ちなみに俺の中学じゃ、この学校に選ばれたのは俺一人だったから知ってる奴など誰もいない。あっ、北原と知り合えたから誰もってわけじゃないか。


 そんな事を考えていたらいつの間にか生徒が全員集まっていたみたいで、司会の教師が前に立ち話を始めた。


「皆様、ご入学おめでとうございます。これより入学式を執り行いたいと思います」


 銀縁メガネにビシッとスーツを着こなしているところや口調から察するに、あの人はめちゃくちゃ厳格な人に違いない。敵に回してはいけないタイプの教師だ。確実に内申点にひびく。


「まず初めに校長から皆様にお話があります。すめらぎ校長、よろしくお願いします」


「あぁ」


 司会の教師の言葉を受け、演台に上がったのは白髪の男だった。うはっ、めっちゃ渋い。短く切りそろえられた顎鬚あごひげも相まってすげぇダンディズム。六十歳は超えてそうだけど、絶対モテるでしょ、あの人。


「……皇聖学院の校長を任されてるすめらぎ源氏げんじだ」


 演説台の前に立ち、何かを楽しむかのようにゆっくりと俺達の顔を見渡した皇校長は静かに口を開いた。声までかっこいい。


「一年に一度、どの学校にも必ず入学式というものが訪れる。この皇聖学院も例外ではない」


 決して大きくはないが、しっかりと耳に届く声。この人は話を聞かせる力を持っている。


「私は一年で今日が一番好きだ。なぜなら、将来を担う新たな若人わこうど達とこうして会うことができるのだから」


 俺達の中で目を向けていないものなど一人としていない。圧倒的なカリスマ。流石はこの学院の校長ってところか。


「諸君は今日からこの学院の一員となって、最高峰の教育を受けることになる。そのことを誇りに思って欲しい」


 だけど、一つ気になることがある。


「これから三年間。ギフトを操る術をしっかりと学び、社会に貢献できる人材となって、この学校から巣立っていくことを願っている」


 我らが校長の服装がハーフパンツにTシャツとかいう、夜中にコンビニへ買い物に行く格好なんですがこれいかに。

 いや、話の内容はすげぇ校長先生感があるんだけどさ。正直、話より見た目が気になって全然頭に入って来ねーよ。全員が目を向けてるって言ったけど、その殆どが唖然とした顔で校長を見てたからね。


「……と、まぁ堅苦しい挨拶はこれでしまいにしようか。年寄りの戯言たわごとほど、未来ある諸君に不要なものはないのだからね」


 皇校長が肩を竦めて笑う。恰好は別にして、やはりこの人はカッコいい。なんというか立ち振る舞いに大人の余裕を感じる。


「さて……君達が特別である、ということに関しては最早説明不要だろう。大事なのは特別であるが故、君達ギフテッドはモラルと責任を持って生きていかなくてはならない、ということだ」


 特別……頭では理解していたつもりだったけど、改まって言われると実感が湧いてくる。ほんの少し前までは何も知らない馬鹿な中学生だった俺が特別だなんて、夢でも見ているみたいだ。


「ギフトは使い方によって悪にも善にもなる。だからこそ、君達はこの学校での生活を通じて、正しいギフトの使い方を学ばなければならない。……昨今、社会を賑わせているニュースを知らない者はいないだろう」


 皇校長が僅かに表情を曇らせる。あの人の言う通り最近はギフテッドによる犯罪が増えてるんだよなぁ……その中には多分この学校の卒業生もいるんだろうな。


「君達は体だけではなく、心も強くあらねばならない。間違いを正す力、前を向いて生きていく力、そして、己の欲望と闘う力……特に最後のはかなりの強敵であるが、なんとか打ち克つ力を育んでいって欲しい。私も含めたここにいる教師達が全力で君達のバックアップをするつもりだ」


 皇校長が端に並んだ教師陣に目をやる。それに釣られるようにして俺達も視線をそっちに向けた。……今気づいたけど、ゴリ先生がおかしいわけじゃないかもしれない。見た目だけだけど、個性的な先生が多すぎる気がする。


「ただまぁ、一生のうち学生でいる期間とは短いものだ。よく学び、よく遊び、時にはハメを外して学園生活を楽しんでくれ。……校則なんていうのは破るためにあるのだからな」


俺達に向けて皇校長がウインクをする。銀縁メガネの先生が若干顔をしかめたけど、確実にこの場の雰囲気が和んだ。やはりあの校長、ただものじゃないな。すげぇ好感持てるわ。こりゃ、中々楽しい学園生活が過ごせそうだぜ。


「最後に一つだけ、君達に私から言葉を贈ろう」


 なんとなく緩んだ空気になった俺達を見ながら皇校長が両手をゆっくり演説台の上に置く。そのまま品定めするかのように眼下に座る俺達を眺め、ニヤリと笑みを浮かべた。


「──この弱肉強食の世界を、しっかりと生き抜いてくれたまえ」


 静かに紡がれた言葉。今はまだ俺はその言葉の意味を理解することができなかった。

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