第3話 担任
校長の話が色々と衝撃的で、気づいたら式が終わってた。今は教師達に連れられて自分達のクラスに向かっているところだ。
それにしても、弱肉強食の世界を生き抜けっていうのはどういう意味なんだろ? あれか? ここを卒業したら揉まれるであろう世間の荒波に対する予行演習でもやるっていうのか? いやぁ、社会なんていう砂漠地帯には出たくないでやんす。
そんなくだらない事をボーッと考えていたら教室に着いた。中には机と椅子がビシッと並べてあり、前には黒板、後ろには俺達の名前が書かれたロッカーが置いてある。ここまで歩いてくる時も思ったけど、めちゃくちゃ綺麗だよな。汚れなんてまるでなかったし、ここに置いてある物は全部新品のように見えるぞ。清掃員さん、まじすげぇ。
黒板に貼ってある座席表を見て、自分の席に座る。座席順は至ってシンプルな五十音順で、入学式と同様男子は左、女子は右に分かれていた。
「あっ……」
何とはなしにクラスを見回していると、見覚えのある茶色い髪が目に映った。彼女もこちらに気が付いたらしく、軽く笑いながら小さく手を振ってくる。入学早々北原と知り合わせてくれた神、まじグッジョブ。
かといって、入学初日で独特な緊張感が漂うこの教室で声をかけに行く勇気など俺にはない。ここはあらかじめ置かれていた教科書を読むふりをして、友達になれそうな奴を探すのがベスト。
ふむふむ……女子も十人、男子十人の合わせて二十人クラスか。普通の高校と比べて少ないような気もするけど、ここはギフテッドがあつまる所だからなぁ。むしろ多いくらいなのかもしれない。
んで、肝心のクラスメートの感じなんだけどさ。ここは美少女天国かよ。可愛い子しかいないんだけど。北原レベルがゴロゴロいるとかまじやばい。こうなってくると逆に居心地悪いわ。
男子の方はと言うと……うん、友達になれそうな奴がいない。学ランの袖に腕を通さず着ている奴とか、腕にめちゃくちゃ包帯巻いてる奴とかいるし、頭にフランスパン……間違えた、立派なリーゼントを携えた不良っぽい奴もいる。絶対にお近づきにはなりたくないでござる。
ガラガラガラ。
そんな感じでクラスメート観察をしていると、静かに教室の前の扉が開いた。そっちに目を向けるとしわくちゃな白衣を着た男があくびをしつつかったるそうに入ってくる。かなりの注目を受けているというのに、男は何も気にした様子もなく、ゆっくりと教壇へと足を進めると、
えーっと……状況から察するにあの男は俺達の担任って事でいいんだよな? 髪の毛ぼっさぼさで、おおよそ人前に出てくるような恰好はしていないけど。
「あー……このクラスの担任になった
「配布物のチェックとかしたりしなきゃいけないんだけど、面ど……お前らもガキじゃねぇんだから必要ねぇだろ? 机に置かれている教材は各自で確認しておけよー。解散」
えっ? 今この人、面倒くさいって言おうとしなかった? つーか、解散早くね?
「先生! 入学初日だというのに、こんなにあっさりと解散してよろしいのでしょうか?」
そのまま俺達に背を向け、教室を後にしようとした樽井に、なんとも真面目を絵にかいたような男子生徒がピシッと手を挙げて話しかける。ゆっくりと振り返り、そのを生徒を一瞥した樽井は頭をぼりぼりと掻いた。
「悪いな。あっさりでいいんだ」
「なぜですか!?」
「面倒く……一刻も早く家に帰らないと、俺は死んでしまう病気にかかってるんだよ」
真面目そうな男子生徒に、樽井が至極真面目な顔で答える。今のは確実に面倒くさいって言おうとしてた。つーか、ほぼほぼ言ってたわ。なんだよ、早く家に帰らないと死んでしまう病って。なんでこんな面倒くさがり屋な男が教師なんてやってんだよ。
「それにお前らも色々と準備があるだろ? 早く自分の部屋に行って片づけとかしたいだろうし」
む……それは一理ある。この学校は全寮制で、一人一部屋用意されることになっている。前もって荷物は送ってるけど、実際に部屋を見てないから、もしかしたら必要なものとか出てくるかもしれないしな。早めに解散して部屋の整理に時間を使えるのはありがたいことだ。
「つーわけで、明日は八時半からホームルームだから遅刻してくんじゃねぇぞー」
最後までかったるそうに言うと、樽井はひらひらと手を振りながら、教室の出口へと向かっていく。そして、ドアに手をかけたところで盛大に顔をしかめた。
「……忘れてた。流石にこれは省略できねぇよな」
ため息交じりにそう呟くと、樽井は回れ右して教壇に戻り、そこからプリントの束を取り出す。
「あー……お前らにはこれを書いて提出してもらう」
樽井はプリントの一枚を手に取り、こちらに見せた。何だ、あの紙?
「別に大したもんじゃない。お前らのギフトを国に申告する用紙だ。十五歳になったら自分の持つギフトの能力を申告するのが義務なのは流石に知ってるだろ?」
俺達の抱いた疑問を解消するようにつらつらと樽井が告げる。そういえばそんな法律があったな。自分がギフテッドだったなんて、中学卒業と同時に行われる専門の検査を受けるまで知りもしなかったから、俺には関係ないものとばかり思ってた。……って、ちょっと待て。申告しようにも、俺は自分がどんなギフトを持っているかなんて知らないぞ? ギフトの陽性反応が出ただけだし。
「おっと、そういや自分のギフトを知らない奴もいるかもしれないのか。そういう奴は面倒だが先に調べるから手を挙げろー」
ほっ……安心したぜ。そうだよな。ここはギフテッドの学校だから、ギフトを調べる装置くらいあるよな。やっと自分のギフトが分かるのか、楽しみだなー。
そんな事を考えながら俺は元気よく右手を挙げる。そして、周りをキョロキョロと見回してから、ゆっくりと右手を下ろし、その手で頬杖をつきながら窓の外を眺めた。おー、今日はいい天気だなぁ。
「えーっと……ギフトがわからないのは氷室だけでいいんだな?」
座席表を見ながら樽井が言う。やめて! めちゃくちゃ恥ずかしいから名前呼ばないで! こんな公開処刑になるなんて夢にも思わなかったわ! てか、他の連中は自分のギフトのこと知ってんの!?
「……まさかこんな愚か者がこのクラスにいたとはな。入る学校を間違えたのではないか?」
俺の前に座っていた男がこれでもかってくらいに馬鹿にした視線を向けてくる。こいつ、入学式で最前列に座って、偉そうに足を組んでふんぞり返っていた奴だ。つーか今の口ぶりといい、態度といい、すげぇ腹立つ。
「……悪いかよ?」
「いやはや、あきれ果てて物も言えないな。自分のギフトを知らないなんて、とんだ自殺志願者もいたもんだ」
マジでいけすかないんですけど。めちゃくちゃ言い返したいのにギフトを知らないのは事実だから何も言えん。そもそもギフトを知らないだけで自殺志願者っていうのはどういうことなんだ?
「はいはい、そこまで」
パンパンと手を叩き、樽井が生徒達の注目を集める。
「揉め事は俺の見えないところでやってくれ。目の前でやられちゃ、止めないわけにはいかねぇだろうが。面倒くせぇ」
「…………ふん」
「とりあえず氷室は俺についてこい。他の奴らはその間に申告書の記入をしておくように。……くれぐれも虚偽の申告なんかすんじゃねぇぞ? ギフトの隠ぺいは重罪だからな」
そう言って樽井は教室を出て行ったので、俺も大人しくその後を追った。くそ……なんなんだよ、あいつ。口調も態度も偉そうでムカつく野郎。おまけにイケメンと来てる。絶対に許すまじ。
「あんまり気にするなよ」
俺が前の席の男に対して静かな怒りを燃やしていると、前を歩いている樽井が声をかけてきた。
「この学校に入って来るまで自分のギフトを知らない奴は別に珍しい事じゃない。偶々あのクラスにはお前しかいなかったってだけだ」
「偶々、ですか……」
「そうだ。だから落ち込む必要もねーよ」
「……はい、ありがとうございます」
極力、感情を表に出さずに答える。樽井はこう言ってるけど、あの場で俺を馬鹿にしたような目で見てきたのはあいつだけじゃない。具体的な人数は分からないけど、クラスの半分くらいはいた気がする。つまり、少なくとも半数はギフトを知らない事を軽蔑してたって事だ。そんなにもおかしいことなのか?
「樽井先生、一つ聞いてもいいっすか?」
「あー? なんだ? 面倒くさい質問なら受けねーぞ?」
「自殺志願者っていうのはどういう意味っすか?」
ギフトを知らないだけで自殺志願だなんて、突飛な考えすぎる。何かしら理由があるはずだ。俺が問いかけると、樽井はピタリと足を止め、ゆっくりとこちらに振り返った。
「……その様子じゃ、ここについて殆ど調べてきてねぇみたいだな。面倒くせぇ」
「そんなことないっすよ。ギフテッドが通う学校だとか、最新の設備が整っているだとか、ちゃんと知って」
「ばーか。そういう事じゃねぇよ」
少しだけ呆れた顔をしながら、樽井はぼりぼりと頭を掻いた。えーっと……どういう事?
「この学校の目的だ。ここに入学してくる奴らはそれくらい調べてくるぞ?」
「目的……ギフテッドの犯罪者を出さないようきっちり教育する、とかっすか?」
「それは……まぁ、大きな目的だわな。ただ、真の目的はそれだけじゃない」
樽井がだるそうに深々とため息を吐く。真の目的? なんだよ、その秘密結社みたいな大仰な言い回しは? ただの学校だろ?
「皇聖学院の真の目的……いや、ここだけじゃない。全国に散らばっているギフテッドの学校の目的はな、ギフトの洗練だよ」
「ギフトの洗練?」
いまいち要領を得ない俺を無視して、樽井は再び歩き始めた。
「ギフトっていうのは成長するもんだ、っていうのは知ってるよな?」
「それくらいは知ってますよ。スポーツなんかと同じで、努力した分だけ上達するんすよね?」
「あぁ、ギフトは成長する。なら、最も効率よく、かつ質の高いギフトの成長を促す方法は知ってるか?」
効率がよくて質の高い成長をさせる方法? そんな話聞いたことないぞ。
俺の表情から知らないことを察した樽井がニヤリと笑みを浮かべた。
「ギフトはな……他のギフトとぶつかりあってこそ、その輝きを増すんだよ」
え?
「それって……要するに……」
「簡単に言えば、ギフテッド同士が争えば手っ取り早くギフトが成長するって事だ」
「…………はっ」
思わず乾いた笑い声が口から洩れた。なるほど、そういうことね。だから、皇校長は『弱肉強食の世界を生き抜け』とか言ってたのか。ここはギフトの力を高めるために、生徒同士を争わせる学校ってわけね。うんうん……退学届け書いてきてもいいっすか?
「心配すんなって。殺しは校則で厳重に禁じられてるからよ」
「校則の前に法律で禁じられてますよ」
「そういやそうだったな」
くっくっくっ、と樽井が楽し気に笑う。やばいやばいやばい……この学校、完璧に頭がおかしい。ギフトを成長させるために戦う? どこぞのRPGじゃねーんだぞ!
「……ちなみに、戦うってどれくらいガチでやるんすか?」
「この学校に併設されてる病院にいるのはとびきり優秀な医者ばっかりだ」
病院に送られても安心ってか? くそったれ。
「この学校を辞めるって選択肢は?」
「ないな。ギフテッドは国が決めた高等学校に通わなければならない。もし、それを拒否すれば、バンデッドって事で犯罪者の仲間入りだ」
……知ってるよ。常軌を逸した力を持つギフテッドを国が管理、監視するための施設としてこの学校があるってのも、理由の一つだからな。そりゃ、あいつも自殺志願者なんて言うわな。ギフテッドが争うこの場にギフトのギの字も知らない阿保がきたわけだからさ。
「まぁ、そう悲観すんじゃねぇって。確かにスタートは出遅れてるかもしれないが、そんなのすぐに取り返せる……この部屋で自分の力をしっかりと理解すればな」
いつの間にかギフトを調べることのできる部屋に着いたようだ。樽井に示されたのは何の変哲もないただの真っ白な扉。派手な装飾もなく、これまで歩いてきた校舎が立派だったことも相まってかなりチープに見える。だからこそ、その扉からただならぬ気配を俺は感じ、思わずごくりと唾を飲み込んだ。
「──さぁ、ギフトと向き合ってこい」
樽井がドアノブに手をかけ、ゆっくりと扉を引く。はぁ……もう悩んでもしょうがねぇか。あの時、ギフテッドだって結果が出た時から、俺の運命は決まっていたんだ。それだったら自分のギフトで精一杯この学校を生き抜いていくしかねぇだろ。こうなったらやってやるぞ……どんな能力が来たって、俺はこの学校で生き抜いて見せる……!!
そんな
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