第25話 連休前

 今日も今日とて机に突っ伏している俺。だが、前回とは理由が違う。別に凪の態度はよくなってないけど、この二日間であの胃がきりきりする様な刺々しい空気は引っ込めてくれたからな。そこまで思い悩む必要がなくなった。今日は単純に体調が悪くて机とごっちんこしてるってわけだ。


「うー……口の中がまだしょっぱい……」


 多分一ヶ月分くらいの塩分を摂取しただろ。中和しようとアイスとかチョコとか試してみたけど、何を食べてもしょっぱく感じるんだよね。


「…………ん?」


 机に頬を付けてぼーっと教室を眺めていたら、北原と一緒に教室へとやって来た凪の姿が目に入った。あっちも俺に気が付き、俺の席に向かって歩いてくる。まさか、昨日あいつの事を放置したから怒ってんのか? いやいや、あれは不可抗力だろ。俺だって好きでトイレに籠っていたわけじゃねぇ。


「うぃーす! 今日も死んでんなー颯!」


「……御巫か。体調が悪い時にお前の顔を見るのは辛い」


「どういう意味だこら」


 気持ち悪い時に気持ち悪いものを見ると吐き気をもよおすだろ? つまりそういう事だよ。って、あれ? 凪の奴、こっちに向かって来てると思ったら普通に自分の席に座ってるわ。俺の勘違いだったか。


「って、体調不良だったのか。俺はてっきりバイト先の可愛い子ちゃんに手ひどく心を傷つけられたのかと思ったぜ」


「……まぁ、当たらずとも遠からずってとこだな」


 手ひどく傷つけられたのは俺の胃袋だ。しかも、悪意がないからなおきつい。


「颯よぉ……友人として一つ忠告しといてやるぜ」


「……何だよ改まって」


 珍しく真剣な顔してんだけど、何を忠告するつもりなんだ?


「そんなバイトは今すぐに辞めた方がいい。そして、今すぐにその女の子を俺に紹介した方がいい」


「真面目に聞こうとした俺が馬鹿だった」


 結局こいつは可愛い子を紹介してもらいたいだけじゃねぇか。別に紹介してやってもいいけど後悔する事になるぞ?


「いやいや、後半はちょっとふざけたけどよ。前半は割と本気だぜ? やってて辛いバイトならやらない方がましっしょ?」


「辛い……うーん」


 正直、新しく入ってきたのが凪だってわかった時は絶望しかなかったけど、今はそうでもないな。相変わらずつんけんしているけど、学校にいる時とは少し違うし。


 首をひねる俺を見て、御巫は自分の口に手を当てた。


「そんなにひどい目に合っておきながら辛くないだなんて……!!」


「いや別にひどい目に合ってるわけじゃ」


「それほどまでにバイト先の子が可愛いんだろう!? えぇ!? そうなんだろ!? 白状しろ!!」


 御巫が俺の胸倉をつかんで激しく揺らす。やめろ! 朝食ったヨーグルトがそっくりそのまま出ちまうぞ!?


「か、可愛いよ! 可愛いから揺さぶるのやめてくれ!」


「あぁ!? どれくらいだ!?」


「そりゃ、まぁ……かなり?」


 ちらっと横目で凪を見ながら答えた。あいつがすげぇ美少女なのは間違いない。だから、可愛いかと聞かれたら客観的に見ても可愛いと答えざるを得ない。ただ、あくまで見た目だけの話だ。


「カーッ、ペッ! 可愛いからって調子乗んなよ!? そんな可愛い子がお前になびくわけがねぇだろ!!」


「安心しろ、御巫。それは俺が一番理解している」


 あの夕暮凪が俺になびく? ファニーファニー。冗談にしては現実離れし過ぎている。


「颯……少しくらいは夢見たって罰当たんねーぞ?」


「情緒不安定か、お前は」


「いやぁ……颯が可愛い子ちゃんと仲良くなるのはムカつくけど、はっきりと見込みがないって言い切るお前を見ると、どうにも不憫ふびんでな……」


 御巫がポケットからハンカチを取り出すと、静かに目元を拭う。いや、俺だって夢見たいけどさ。人差し指で自分の胸を突っついてきた奴を好きになるやつおらんやろ。


「……強く生きろよ!」


「なんだろう。すげぇ腹立つわ」


 とてもいい笑顔でビッと親指を立ててくる御巫。その耳に光ってるチャラついたピアス、いつか引きちぎってやるからな。


「随分と余裕そうだな。連休前最後の授業が控えているというのに」


 俺達が話していると、たった今教室にやって来た比嘉が、机に鞄を置きながら俺達に言った。


「なーに言ってんだ流星! 連休前だからこそ、こんなにもテンションが上がるっていうもんだろ!!」


「そうか。ならば、そのテンションが放課後まで持つか見物だな」


「持つも何も、放課後までテンションは鰻上りに上っていくぜーい! うぇーい!」


 少年のように元気はつらつな御巫を見て、比嘉は小さく笑っただけで何も言わなかった。御巫……ここは進学校並みに教育熱心な皇聖学園だ。そして、今日は連休前最後の授業。この二つの事から自ずと答えは導き出せるだろう?


 放課後、人が殺せるほどの宿題を前に、この世界からの解脱げだつ試みている御巫を置いて、俺はカフェバルCieLシエルに向かった。

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