第二章 "誰よりも速く"と"誰もが遅く"

第17話 食堂での日常

 ビルが立ち並ぶ大都会で唯一桜を楽しみことができる場所として有名だった、国立皇聖学園高等学校の正門前から続く桜並木の桜も、その殆どが花びらを散らしてしまった四月の終わり頃、俺こと氷室ひむろはやては少しだけ慣れ始めた学校の食堂でのんびり昼飯を食べていた。


「……なぁ、颯。すいへーりーべーなんだっけ?」


 俺がメンチカツを堪能していると、正面に座っている男が難しい顔をして昼前の授業で習った事を聞いてくる。こいつの名前は御巫みかなぎ直斗なおと。ツーブロックの髪から見える耳にはしっかりとピアスを付けていて、チャラ男感満載の男だ。本来であれば、こういう奴とは友達にならないんだけど、他に話せる奴がいないからしょうがない。


「ぼくのふね、だろ」


「おー! やるねぇ!! ……で? どういう意味?」


「甘いな。俺が知るわけねぇだろうが」


 その呪文を覚えるので精いっぱいだったっつーの。でも、言葉的に少し考えれば意味くらい分かるだろ。


「……まぁ、恐らく『水兵・リーブ・僕の舟』っていう文章だな。『水兵は僕の船から離れて行った』って意味だ。リーブの使い方を覚える簡単な構文を先生が教えてくれたんだよ」


「へー……リーブの使い方ねぇ……。でも、さっきの授業は化学じゃなかったか?」


「…………」


 俺は素知らぬ顔をして千切りキャベツを口の中に放り込んだ。むむ……この千切りキャベツ、切り方が甘いな。


「はぁ………」


 俺の隣から深い深いため息が聞こえたので、ご飯を咀嚼そしゃくしながらそっちに顔を向けてみる。すると、大会社の御曹司であらせられる比嘉ひが流星りゅうせいが、これでもかっていうくらい呆れた顔で俺達を見ていた。


「何が悲しくてこんな馬鹿共と昼飯を食わねばならんのだ……」


「おいおい、馬鹿とは聞き捨てならねぇな! お前はすいへーろーべーの意味わかんのかよ!!」


 御巫がビシッと箸を向けると、比嘉はフンッと鼻で笑った。御巫、ろーべーじゃなくてりーべー、な? いきり立って問いかけた手前、そのミスはかなり恥ずいぞ?


「庶民が考えた元素記号の語呂合わせだろう。俺様みたいに周期表が頭に入っている者には不要な産物だな」


「ゲンソキゴウ……シュウキヒョー……くそぉ、わかんねぇ!! また英語かよ!!」


「……愚か過ぎて言葉も出んわ」


 御巫バカから一切の興味を失った比嘉が、いつも通り仏頂面でご飯を食べ始める。一ヵ月近く一緒に飯を食ってるけど、こいつはぶれねぇわ。協調性がないっていうか、誰かと一緒に何かをやりたがらないっていうか、まさに孤高に生きてるって感じ? 本当は俺達と飯なんて食いたくないんだろうな……まぁ、そうから、拒否権なんてないんだけどな。


「そういや今週末からゴールデンウィークが始まるよな。お前ら予定はどんな感じよ?」


「バイト」


「自己啓発に勤しむ」


 俺と比嘉はにべもなく答える。それを聞いた御巫がやれやれと首を振った。


「うわぁ……なんなのこいつら。高校生になってからの初めての連休よ? 普通遊びに行くっしょ?」


「貴様らに遊んでいる時間などないと思うがな」


「あ? どういう意味だよ?」


 なんとなく言われる事は想像つくけど、とりあえず食って掛かっておく。


「明らかに実技の授業についていけてないという事実に加え、先ほどのやり取りを聞いている限り、知識の方もいささか以上にお粗末。……休日にやるべき事は山ほどあると思うが?」


「比嘉のくせに痛いところ突くねー。いや、比嘉だからこそか?」


「そこまではっきり言われると、逆にスッキリするぜーい! うぇーい!」


「こいつら……この一ヵ月でまるで成長してないな」


 おいおい、聞き捨てならねぇな! 言っとくけど、一月前の俺とは比べらないほどに進化してんだぞ!? …………包丁ほうちょうさばきが。


「まぁでも、比嘉の言うことも一理ある」


「おいおい、颯。流星の味方すんのかよ?」


「……気安く名前を呼ぶな、といつも言ってるだろうが」


 比嘉がジト目を向けるが、御巫には何の効果もなし。比嘉の方も半ば諦めモード。


「いいか、御巫。この学校は普通の日ですら鬼のような宿題が出るんだぞ? それがゴールデンウィーク前ともなればどうなると思う?」


 俺の言葉を聞いたチャラ男の顔面がサッと青ざめていく。


「……宿題によって俺達の息の根を止めに来ると思う」


「その通りだ」


 性格が個性的すぎる上に、ギフテッドだからなのか知らんけど、頭のネジが一、二本外れている先生ばっかなんだよな、この学校。法律すれすれの量の課題をニコニコ笑いながら出してくる。……あっ、ニコニコ笑ってるのは数学の阿久直あくじき桜子さくらこ先生ぐらいか。


「と、いうわけで……」


 俺はゆっくりと箸を置き、まだ食事を終えていない比嘉の方に向き直る。


「連休のどっかで俺達に宿題を教えてつかーさい」


「よろしくお願いいたしやす」


 俺が深々と頭を下げると、御巫もそれにならって机に頭をこすりつけた。どうでもよさそうな目で俺達を見ていた比嘉は、水を飲んで口の中をすすぐと、静かに口を開く。


「俺様に拒否権なんかないんだろ? ……下僕なんだからな」


 おぉ、なんとも慈悲深いお言葉。流石はヒガソーの跡取り。なんだかんだ言って器が広い気がしないでもない。……『下僕』って言った時に信じられないくらい苦々しい顔をしていたのはスルー。


「そうだよ、流星! 下僕なんだからしっかり俺達に勉強教えろよな!!」


「貴様の下僕になったつもりはない!」


 声を荒げる比嘉の肩に笑いながら腕を乗せる御巫。時々思うけど、こいつの距離の詰め方ってえぐいよな。


 とまぁ、こんな感じでなんとか学生生活を過ごしてるってわけだ。ちなみに、こいつら二人以外に話し相手なんてクラスにいない。あれだな……うん。ギフテッドって変わり者ばっかで友達になるハードル高すぎなんだよ、マジで。

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