第6話 お茶の時間

あいにく 塔の中の部屋の扉は外開きだった。

それゆえ ティータイムセットを持った侍女と王様の二人が押し入ってくるのを止めることができなかった。


入浴したかったのに 応接セットの上に次々とお茶とサンドイッチとマカロンが並べられ 王様にどっかと座り込まれては、私も ソファに座らざるを得ない。


「遠慮なく食べろ」


「軽食を用意して下さり ありがとうございます。

 しかし 私は 食事の前に体を清めたいのです。

 ですから 侍女さんを紹介して頂いたあとは お二人とも室外に出てください」


「入浴するなら 尚のこと侍女が必要だろうに」


「こちらの習慣は存じませんが、私の故郷では 性別を問わず肌を見られることを恥とし 死ぬほどの屈辱と考えますので、当分 誰一人として私のそばにはいて欲しくありません。必要があれば呼びます。あるいは あらかじめ決めた時間にご訪問願いたく存じます。」 

 少し大げさな言い方だと思ったが わかりやすいようにはっきりと言ってみた。


すると 王様はひきつった顔で立ち上がり 「すまなかった。それほどの大事とは思わなかった」と腰を90度に曲げてお辞儀をした。


私も立ち上がって、「どれほど深刻なことであったのか理解して頂けたのなら、頭をお上げください。あなたの謝罪を受け入れます。」と返した。


王様は体をおこしたが座ろうとはせず「本当に済まなかった。それでは私はこれからどうすればよいのであろうか」と問うた。


「まずはお座りください」と手でソファを指し示し、二人同時に座った。


少し考え、「私は 今もまだ動揺しておりますので しばらく一人にして下さい。

せっかくおいでいただいたので こちらの方のお名前だけうかがって、そのあとは一人にして下さいますか? 忘れると困るので お名前と迎えに来ていただく時間を書いておいていただけると助かります。 この部屋には時計はどこにあるのでしょうか?」


「この国では 時計とは権威を示すための品であり、私と大主教の二人しか持っておらぬ。紙も限られた用途にしか使わない。あなたの国では 紙も時計もそれほど気軽に使うものであったのか?」


「時計は 各部屋に一つあって当たり前、庶民でも外出するときには小さな時計とメモ用の手帳を携帯することが心得の一つでした。」


「なんと豊かなぜいたくな暮らしをしておられたのだ。それでは ここの暮らしはさぞ不自由であろう。申し訳ないが ここでの暮らしに我慢して欲しい。」


「返してやろうとは思いませんか?」


「現時点では何とも言いかねる 申し訳ないが。」

「この者の名はアメリア。何度でも名前を聞き返してくれてよい。」


「家名は?」


「神に仕える時に家名は必要ないとされています」と次女が言った。


「この者は ボンド家の次女だ。ここは神聖都市ゴーリア。王都から馬で1日の距離にある。アメリアは 王都にある交易商人ガーランド家に嫁いだ後、離縁されて生家のボンド家にもどった。ボンド家は神殿の奉公人の口入家業をしている。 この度 神子の侍女候補としてメサイアにやとわれた。離縁の理由は この者が富豪のゴーエン家の者とよしみを通じたからだ。今回この者を侍女候補としてメサイアに推したのはゴーエン家の当主だ」


侍女は 般若のように王様をにらみつけている。


「説明ありがとうございます。後からバラバラに知らされるより 最初にまとめて聞かされた方が すっきりとします。」


「それはなにより。」

「ということで 侍女の紹介も終わったことだし 我々は一度退室しよう。

 日が沈むころに 私が迎えに来る。それまで 侍女なしでもだいじょうぶか?」


「はい」


「茶などに毒は入れておらぬかが 毒見は必要か?」

「王様の心のままになさってくださいませ」


王は懐から鈴を取り出し、「おれは ずっと扉の外に座っている。用があれば呼べ、呼べぬ時はこの鈴をならせ」と言い置き、侍女を追い立てるようにして部屋の外に出て行った。


 

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