第29話 風よ雲よ

森の中はしんとしていた。

木は生えているが 気配がない。

来るときは 勢いよく水の上を滑ってきたので気が付かなかったが。


もしかして ナイアードのように特別な存在がいる所は ほかの系列の者は住まないのかしら?


一度 ふもとの町まで戻って食料を仕入れてから ナイアード様が教えて下さった隣の山に行こうかな?

 それとも 川つながりで移動できるかな?


歩くとしたら尾根伝いに行くのがいいだろうと思い、とりあえず悩みながらも尾根線に出るようにと歩き続けた。


尾根をたどると はるか足元の谷底にぽつぽつと池が点在しているのが感じられた。


石がごろごろしていたり、風化した土や岩屑や吹き飛ばされてとんがった石がデコボコとむき出しになっている尾根が続く。

 歩きにくいことこの上ない。


「私を運んでくれる風の精霊はいないの?」

  空に向かって叫んでみた。


やがて「水をくれ」とささやく熱い風が吹きつけてきたので 杖から少し水を出してコップに入れると おぼろげな手のようなものがコップを持ち上げ水を空に流し込んだ。「もっと」「もっと」

 たてつけ3杯の水を飲み干すと うっすらと人影があらわれ、「その杖から霧状の水を出して吹き付けてくれ」と言う。


言われたとおりにすると やがて 涼しい風に包まれて体をもちあげられた。

「どこに行きたい?」


「風や風の精が集うところに」


「欲張りな奴め ならば大量の水を用意しろ」その言葉と共に

巻き上げられ やがて、高い山のてっぺんに落とされた。


頭を下にして放り出されたので くるりと回って 足から着地した。

「水を出せ 水を」不機嫌な声が聞こえる。


「私は 大気圏の様子を知りたいのです。大気圏の各部の状態を知ることのできる風たちと話したい。それとは別に 皆さんがなぜ それほど切実に水を求めるのかを知りたい」


「答を欲しくば とりあえず コップに水を注げ」不機嫌そうな声でさらに命令された。


「どうぞ」コップに水を注いで差し出した。


すると透明ながらもヒト型の揺らぎのようなものが現れて水を飲みほした。


「我らが水を求めるのは、大気の中に運ぶべき水成分がなくなり 雲が作れず 雨を降らせることができぬからだ」


「なぜ そうなったのです」


「質問一つに水一杯だ」低いつぶやき声がした方に水とコップを差し出すとその中の水も消え

「お前たち 水魔法使いのせいにきまっておろうが」返事が返ってきた。


ローズは コップに水を注いでは質問、水を入れては質問を繰り返す。


「どのくらいの範囲で 大気が乾いているのですか?」


「この大陸全域だな」


「河川や湖沼からの蒸発は?」


「蒸発する間もなく 水は搾り取られているぞ 人間達の為に」


「魔王の領域も?」


「人間達のいないところはすべて 水を奪われ、砂漠になりはてている

 わずかに水分の残った地で生き残ったたくましい生物のことを魔物と人はよび

 かってに魔物には王がいるに違いない、魔王の侵略だと言っているにすぎぬわ!」


「私が出している水も やっぱりどっかからパクってきた水なのでは?」


「お前の水は 海の水をろ過したものだから 大陸の水を奪ってはおらぬ」

「だから わしらに もっと水をよこせ」


(えっ????)


「あなた方がもっとも飲みやすい水は やはり霧雨状なのですか?」


「なぜそのようなことを聞く」


「それはですね 私の出す水が 大陸を潤すのに役立つのなら、まずはそのー

 人間達が魔物と呼ぶ生き物たちが住むところにたっぷりと水を送りたいからです。


 人間達に 水魔法の使い方をあらためさせるには 時間がかかりそうですし

 1か月後には人間の王が魔王征伐に行くとも聞いてますから

 先に魔物達の故郷の水問題を解消して 少し魔物達には後ろにひいてもらって

 その間に 人間の方で何とかならないか王様に相談したいなーと


 人間の住むところに雨を降らしても 自然の恵みをむさぼるだけで生活習慣や考え方を改めることなどなさそうですから。そこはチョット政治的駆け引きの為に雨をふらさず置いておきたいなとか・・」


「それと 私の力でできるかどうかわからないですけど この大陸の水の循環のバランスを取り戻すために 大気圏内の気流の動きを知りたいのです」


「水が循環する対流圏(地上17キロまで)のそのまた上の成層圏・中間圏(地上50~80キロ)まで知る精霊なぁー」


自分の出す水が どこかよその土地に旱魃もたらすことはないと知って安心したローズは、大樽に なみなみと水を注いで どん どん どんと配って行った。


その周りに ゆらゆらしたなにかが寄り集まって 水をかぶがぶがぶと飲みながら

口々に話だした。


「水運びの風と、この娘を運ぶ風と 偵察の風に別れた方がよさそうだ」

「ふむ (ごくごく)」


「おまえ 本気で魔物の国に雨を降らせたいのなら、国外まで行く勇気はあるか?」


「はい」


「ならば それぞれの役割を思い浮かべながら 名前を付けよ」

「最初は お前を運ぶための一番強い眷属の名を選べ」


「ジェット」

  日に焼けた顔をした中肉中背の引き締まった肉体を持つ男が現れた。

  尾根の上で最初に私に声をかけた風だそうだ。

  皮肉めいた笑顔を浮かべている。


「次は雨を運ぶ雲となる眷属を何人か作れ」

  さきほどから命令ばかりしているのは セフィードと言う風の王らしい


「今後も各地で精霊に命名できるように 候補となる名前を残しておけ。

 今は お前と行動を共にできるほど強い精霊のみに さらに強くなれる名をつけろ」

   これはジェットからの忠告

   眷属として さっそく私の頭の中を覗いたらしい


「覗きではなく 意識の共有だ!」

   「やりすぎ! 意識が乱れるからやめて」

 「わかった すまん」


気を取り直すために 私も少し水を飲んだ。


気合を入れて 雲のイメージを浮かべながら命名する。


「積乱」「乱層」「巻雲」「巻積雲」「高層」「層積」「積雲」「層雲」


「空や雲を日ごろからよく見ているようだな」セフィードは満足そうに言った。

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