第28話 新たな魔法使い
「え……と、これって……? 全部俺たちの……で、間違いない……?」
「ふふふ、そうですよ。よくこれだけの量の魔物を討伐してきましたね、石の量が多くて大変でしたよ」
渡された袋の量に、俺は疲労も忘れて目を見開いていた。
100万ギルド袋が六つに、50万ギルド袋が一つ、10万ギルド袋が三つの、合計680万ギルド。シルビアの予想を大幅に超えるその金額に、俺は疲労で幻覚でも見ているのではないかと目を擦った。
や、やっぱり本物だ………
「………凄い、これだけあればもう働かなくていいじゃないか………」
「え……これからも精進してくださいよ」
俺の独り言に受付嬢さんが苦笑した。
今朝、シルビアがあれだけはしゃいでいた理由がわかるというもの。
浅い階層で危険も犯さずに、しかも近場、初日でこれだけ稼げるんだったら討伐なんか行かずにダンジョンで稼いだ方が楽ではないのかと思ってしまう。
が、世の中そんなに甘くはないようで、ダンジョンが開かれるのは年に一回だけで、冬明けのこの季節の1週間だけらしい。
1週間経てばまたダンジョンは封鎖され、熟成期に入る。
魔石は魔力の結晶で、集めれば集めるだけダンジョン内の魔力がなくなってしまうから仕方ないそうだ。ほっとけば勝手に魔力が補充されるらしい。詳しい原理はわからないが、そう言うことだ。
「じゃ、みんなのところに行くアルヨ!!」
「お、おう!」
上機嫌になったリンに急かされ、俺は小さい方の袋を手にとった。
一瞬沈黙が流れる。
そして、リンが俺を睨み付ける。
「私に100万ギルド袋持たせようとしてるアルカ」
「いいじゃねえか、俺だってあの馬鹿でかい魔石持たされて疲れてんだよ」
不満ありげな表情だが、それでも大きい方の袋を持ってくれるリンに、少しだけ感謝した。
酒場に降りる途中、角の方で思い出話に花を咲かせる魔法少女の傍に、意気消沈している元なんとかの姿がいるのが目に入った。
おどろおどろしい雰囲気を漂わせている。どうにかしたら呪われるんじゃないかと思うほどに。
ダンジョン解禁初日とあってか、酒場は見たこともないほど混み合っていおり、なんとか冒険者の間をすり抜け、3人の待つところへ。
「……ふぇ、すっげえ大賑わいだな……」
「あ、どうでした!? いくらになりました!?」
俺の声を聞くやいなや、ユエルとの話をそっちのけにし、早速食いついてくるシルビア。と、その正面にはまるで恋人をとられたかのような顔をしてふてくされた表情のユエル。
リンはまだ見えていない。
……なんか視線が痛い。まぁそんなことより。
「聞いて驚け!! ジャン!!」
と言って俺が持ってきた小さい方の袋四つを大袈裟に見せつけると、あからさまに怪訝な表情を浮かべ、抑えの聞いた声で。
「本当にこれだけですか? まさか途中でちょろまかしたりなんかしてませんよね」
一言。
日頃こいつがどんなことを考えているかわかると言うもの。
「おいおい、真っ先にそれを疑うのか? お前の思考回路がだだ漏れだぞ。自分が心当たりあるからと言ってそれを俺が同じようにすると思ったら大間違いだぜ?」
「ちょっと全身くまなく調べさせてください」
「お、おい! やめ、やめやめ! くすぐってえ!! やめんか! まぁ、ちょっと待てよ、ちょっとからかってみただけだ」
と、そうこうしているとようやくリンが姿を現した。
「ふう、こんだけ賑わっていると、通り抜けるだけでも大変アルナ」
「リンシアタ………それ……!!」
「ほらな? いっただろ? なんと、お前の言ってたよりも180万も高く売れました!!」
「お、お、おひょう!!!!!」
聞いたこともないような歓喜の声をあげたシルビアちゃんでした。
はっきり言って金にがっつく姿は、全くもってかっこいいものではないと思うが、まぁ、こんだけ喜んでいるんだし、よしとしよう。
「ランクBの魔法使いなのか、しかもパーティーを組まずに1人で……すごいな。でもそしたらその剣はなんで?」
イザベラも大金を目にすると一気に元気を取り戻し。
俺たちはその金で少し贅沢しながら酒場のかどでだべっていた。
「ユエルは変わったことが好きなんですよ。冬なのにアイスを食べたり、夏なのに厚着して外を駆け回ったり、まぁ、ほら。見ての通り、魔法使いなのに剣を持ってみたりだとか」
あれ……いや。
………まぁまぁまぁ、許容の範囲内だ。厨二病じゃないだけマシだろう。
「シルちゃん、それじゃ私がまるで変わった変んな頭のおかしな子みたいじゃない! シルちゃんだって、」
「おっと、それ以上先を話すと私は一生口を聞かなくなるかもしれませんよ? それでもよろしくて?」
ニヤリと顔を口元をゆるませ、まるで悪代官のような顔をするシルビアに、慌てて口を押さえるユエル。
俺がそう言われようが別になんともないが、ユエルに対して効果は抜群らしい。
なぜそこまでシルビアのことが好きなのだろうか。
疑問が芽生えるが、一つだけ共通点を見出した。この子多分ぼっちだ。俺の仲間だ。うん、気が合うかもしれない。
シルビアが好きな理由も気になるし、そのうちシルビアの秘密を聞くついでに教えてもらおう。
「それにしても、杖を持たない魔法使いとは、驚いたわね? しかも、ランクBならなんであんな浅い階層に? 普通は最低でも三十階層はいくわよね? あんな浅いところにいても効率悪いし」
「なかなか飛び出すタイミングを掴めなくて、ダンジョンに入る前からじっとあとをずのつけてきたんです……どうしようかなと思っているときに、そこに丁度よくあのタコが現れて、」
なんだか質問の答えになっているのか疑わしい回答だが……イザベラはそれで納得してるようだしいいだろう。
………ま、まぁまぁ、顔面補正のハロー効果もあってか、まだ許容の範囲内だ。普通だ。まだ普通に可愛い女の子だ。そう、自分から声をかけられない何一つおかしなところはない可愛い女の子だ。
そう思って色々とうかがっていると、イザベラが口に運びかけていたジョッキを机に叩きつけた。
「だったらもっと早く助けられたんじゃないかしら!?」
「落ち着け」
助けてもらった恩人に対して敵意を剥き出しにするイザベラをいさめて、ブルブルと蛇に睨まれたカエルのように震えているユエルを助ける。
リンは人見知りするのか、先ほどからあまり口を開こうとしない。黙々と出された料理を平らげている。
「………うぅこの人怖いですぅ………」
「大丈夫ですよユエル。この露出狂は大体いつもこんな感じで、見かけで人を判断して精神的に弱いと判断した人をいじめるが大好きなんです」
「泣くなユエル。こいつは人の皮をかぶったただのうんこ製造機だ。ダンジョンでの様子を見ただろ? ろくに働きもせず、挙句にタコに追いかけられ変なものを見る様な目を向けられる。そんな奴だ」
俺とシルビアの言葉に納得し、こくこくと頷くユエル。
とは対照的になぜか俺だけに食ってかかるイザベラをなんとか引き剥がしたのち、シルビアが話を変える様に声を上げた。
「ダンジョン攻略もうまく行ってることですし、明日はもっと深くに潜りましょう! 年に一度の稼ぎどきなので、ここで一年は働かなくていいお金を稼ぎますよ!!」
言いたいことはわかる。できれば俺も戦いたくないし、死にたくない。なんならもう冒険者やめて別の仕事に転職したい。
でも、イザベラが言ってた言葉、『下手なことしたら』うんたらかんたらのせいで思い切りを踏めない。
でもまぁ……こいつらのことだから、どれだけ貯めてもあっという間に浪費してしまうに違いない。特に食費で。
どれだけ稼いだところでその分食費が増えてすぐ金がなくなり、半年もしないうちに冒険者稼業再会するだろう。
冒険者は貯金が苦手なようで、あればあるだけ使ってしまうのだ。まぁ命の危険もある仕事だし、どんだけ溜め込んでも死んだら終わりだからその考えも十分理解できるが。
「私もついていっていいですか!?」
急に立ち上がったユエル。その顔からは強固な意思が感じられる。断ってもどうせ今日のようについてくるのだろう。
呆気にとられる俺たちの顔を、シルビアが確認したのち、
「いいですよ」
「やったぁ!! またシルちゃんと一緒に冒険できるね!!」
「う、鬱陶しいです、離れてください。飲み物がこぼれますから」
と言うわけで、おそらく一時的にですがランクB魔法使い『ユエル』が仲間になりました。
感覚麻痺してきたけど、このパーティーとんでもない天才たちの集まりなんだよな……俺こんなとこいていいの……? 魔王宣言した瞬間に謀反で死んじゃうんじゃ……。
ユエルちゃん。
この世界ではオードソックスな、火を操る魔法使いです。
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