第30話 ダンジョンパニック!
「ま、まずいですね……最悪の状況です」
「お、う、嘘だろ!? 何弱音吐いてんだよ……? お前がそんなこと言ったら……」
「焦るシルちゃんも可愛い!!」
「言ってる場合っ!? 見てこの状況!! ヤバすぎなんだけど!? 迫力だけで死にそうなんですけど!?」
後ろを一瞥してさっきまでのだらしない顔を引き締めそういうシルビアに、思わず声を荒げてしまった。
あいも変わらずユエルはシルビアをベタ褒めしている、それにガクガク震えながらもしっかりとツッコミを入れたイザベラ。
目の前に現れたドラゴンと対峙しているリンの様子をじっと伺っていたところ、なんと後ろに一つ目の巨人が現れたではないか。
俺とイザベラはこれでもかと取り乱した。
この焦りが死に直結するとリンからの忠告があったが、異世界人の俺たちにとって言葉ではわかっていても、実際にそれをするのは不可能に近い。
「冒険者たるもの、命の危険を感じたら、仲間を顧みず、全力で逃げよ………」
こんな状況でも、焦りを見せずに落ち着き払っているシルビアが意を決した様な表情で、静かに語り始めた。
「お、おい……何言って………」
「と言う、当たり前の様に言われている掟がありますが、私はそんなことできません。この大魔導師シルビア、何がなんでも全力で戦いますよ!!」
「流石にリンを置いていくとか言い出したら失望するところだったぞ……」
「まぁ、ダンジョンの入り口は後ろのサイクロプスで塞がれているのでどっち道戦わないといけないんですけどね。ははは。とりあえずユウタはリンシアタのところに加勢にいってください!! あのドラゴンは普通ランクDが相手をするような魔物ではないので! ユエルとイザベラは、私と一緒に後ろのサイクロプスの相手をしますよ!! イザベラ! 魔法の詠唱をしたいので時間稼ぎをお願いします!」
推定ランクBはあろうかという敵に挟まれるこの危機的状況……こんな絶望的な状況の中でも冷静に指示を出すシルビアを見て、俺は身悶えるほどの安心感を覚えた。
「お、おい、マジで言ってるのか!? 俺があのドラゴンをどうこうできると思うか!? 行ったところでリンの足手まといになって尻尾で潰されて終わりだと思うんだが……」
「なっさけないわねぇ、これだからオタクは。時間稼ぎね、任せときなさい!! こんなへたれちんポコやろうとは格が違うってことを証明してあげるわ!」
「頼もしいですが無茶はしないでくださいね!」
そう言うイザベラの足は震えている。その隣で恋する少女のように目をうるませるユエル。
後ろ30メートルほど離れた場所から、身の丈6メートルはあろうかという蒼肌の一つ目巨人が近づいてきているが……どうしようめっちゃ怖い。どちらかと言うとドラゴンの方がまだましだが、そっちもそっちで十分怖い。
そんな俺の心中を察したのか。
「ユウタ! 大丈夫です! 自分を信じてください! 自力でこの階層まで潜ってこれたんですから、ちょっとやそっとじゃ死ぬことはないですよ! あ、でもドラゴンのブレスには注意してくださいね!」
「……お前に励まされるとなんかむず痒い!! ここは素直にありがとうと言っておくが。イザベラ!! 今日まで働かなかった分しっかり働けよ?!」
「あんたに言われたくないわよ。いいわ、いよいよこの時がきたようね。私の会得した魔法を見せてあげるわ」
それを信じて疑わないような瞳で少女に鼓舞激励されたんだ、ここで引けば男が廃る。
イザベラの言葉を聞き届けると俺は心を決めてドラゴンの方へと走り出した。
父さん、母さん。俺、今ドラゴンと対峙してます。末代まで指を刺されて笑われる様な伝説的な死に方をした親不孝者の自分ですが、今、ドラゴンと対峙しています!
末代って………僕一人っ子でしたよね。お父さんお母さんすいません。青木家の血筋はもう途絶えました。すいません。本当にすいません。
母さん………は無理でしょうが、父さん。あなたならいけます。日本にも傘寿で子供を拵えた人がいると言う話もききましたから。
はい。思春期の息子からは以上です。頑張ります。応援してください。
「リン! こっちの加勢しろって言われたからきたけど………これどうするべき!?」
ドラゴンの足元を駆け回り潰されないよう細心の注意を払いながらレイピアに炎や氷を纏わせ突きを繰り出すリンに、とりあえず近くにいることを伝える。
なんとなくだが、ドラゴンもリンが足元でチョロチョロしているのを嫌がっている様子が見受けられる。
「そうアルナ……別に何もすることはないけど、とりあえず鱗を剥がして欲しいネ。攻撃は食らわないようにするアルヨ!! イチコロはないと思うけど、流石にこいつの攻撃は身に堪えるネ!! 無理なら黙ってそこで体操座りでもして見学してるヨロシ!」
あれ、意外と声に余裕があるな……一安心……とまではいかないものの、少しばかりの余裕が持てるな。まぁ口が悪いのは相変わらずだが。
「わ、わかった……! しねえよ! ピクニックか!」
と、返事はしたはいいものの。呆然と立ち尽くす俺。
え……どうすればいいだ……今までと違ってあんだけでかいとこの剣じゃ致命傷にはならないだろうし……かと言って、俺は魔法もスキルも使えない。
………詰みか?
………………俺非力すぎないか?
いや……あー、くる前にスキル習得するべきだったなぁ……
そう思いながら、頃合いを見て目の前の現実を直視する。
さて、どうしましょか。まずいっすね。本当にまずいっす。今まさにそのお口が、視界を半分ほど埋める真っ黒な空間が、目の前で大きく展開されてるんですけど。
「おい!! 逃げるアル!! ドラゴンのブレスは強力ネ! 早く!!!!!!」
リンの悲痛の叫びが遠い。ああどうしよう。
………死?
え、これ死んじゃうやつだよね。骨も残らないやつだよね。
あっ……なんか火が………出てきたお。
「あああああ!!! あっっっっっつうううう!!! い、だけ? あれ……そんなに熱くな………い?」
「ユウタァァァァアア!!! ………あれ? 生きてる……どうし………あ。」
真っ黒に焦げ上がった大地にたたずむ俺。を見て、なんで? と言う顔をするドラゴン。おそらく自分のブレスを耐えたものを見たのは初めてなのだろう。
心配したようにこちらを見たが、すぐさま目を逸らすリン。
俺は何が何だかわからずとりあえず剣もどきを握り締め、咆哮を上げながらドラゴンの足元に一心不乱に突っ込んだ。反撃だ。
股間が妙に弾んで、そして動きやすくて体が軽い。
「はああああ!!! このクソトカゲェェ! くらえ!! ふぶっ!!」
トカゲという言葉に明らかに反応したドラゴン。
ものの見事に尻尾で5メートルほど吹き飛ばされました。
一瞬だけ、その場を静寂が包み込み、なぜか固まるドラゴン。
転がり回る俺を見かねたリンが呆れたように言い放つ。
「もういいネ!! そこでひっくり返って寝転がってるアル!!」
「怪我人になんだその扱いはあああ!!! いでで……これ絶対折れてるよ……これ絶対何本かいってるってぇ」
マジ痛いよ……帰りたいよ……。
ん、冷静になった。
そうだ。俺だってできることがあるじゃないか。いつまでも俺がザコだと思っているメンバーと、俺のことを狙い撃ちしやがったあのドラゴンに………一矢報いてやる。
そもそも魔王は直接戦わず部下に戦わせるものだろうが。そうだ。強大な力で相手を精神的に追い込むのが魔王の基本戦術だ。
よし、もうこのまま寝転がって精神攻撃を浴びせてやろう。
俺は脇腹の痛みを我慢し、大きく息を吸い込むと、寝転がったまま、空に向けて叫んだ。
「おいこのポンコツトカゲ!! そのあるかもわからんようなちっさな耳の穴かっぽじってよーく聞け!! いでで……。お前はどうせ友達のいないボッチなんだろう!? わかるぜ、そんな悪人面してたら友達なんかできるわけないもんなぁ! いででで……。ワハハっハハ!!」
さあて、効果の程は……
激高し……
する訳でもなく、ふてくされたようにドラゴンは蜷局を巻いた。
効果抜群じゃねえか………ニンゲンクサ。
よし、狙い通りだということにしてちょっとばかし透かしたことを言うか。
「リン! 俺の禁忌の魔法が効いたようだ!! いまだ! いけえ!!」
「キンキ………?」
ぽかんとするリン。それもそのはず。あの強さの象徴とも言えるドラゴンが、例えまだ子供サイズとはいえ、敵を前にして降伏したように蜷局を巻いたのだから。
いきなり戦意喪失したガラスハートのドラゴンに呆気にとられたリンは、今まさに放とうとしていた魔法を空に向けた。
「ま、まぁとりあえずは……わかったネ」
気を取り直して魔力を込め直した最大火力の打突が、鱗を突き破り、そして内部から身を滅したことでドラゴンは霧散した。
半目でこちらを見つめながら、呆れを絵に描いたような顔をしてリンがスタスタと歩いてくる。
「ふぅ……いでで。どうやら俺の機転で無事に怪我なく倒せたみたいだな。上司として誇らしい限りだ」
「何いってるアルカ。情けないやり方アルナ本当に。でもまぁ、助かったアル。とりあえずその粗末なゴミを隠すね」
俺はハッとし、自分を見る。
服がない。
きていたものがなにもない。
手に持っていたナイフ以外がどこかに消えている。
「み、見るなよぉ」
「何を言うアルカ、これ見よがしに見せ付けているのはお前ネ。恥を知るヨロシ」
「おいおい、俺一応怪我人なんですけど……もうちょい労ってくれてもいいんじゃないか。ちょまて、そんなことを言ってる場合じゃない!! あいつらは!?」
と目を見やると、6メートルほどあったサイクロプスが小さくなっていた。正確に言えば身長が縮んでいる。
足が膝の辺りまで地面に埋まっており、身動きが取れない状態のようだ。
そしてイザベラが腰に手を当て一仕事終えたかのように、杖をついて突っ立っている。
その隣ではあのタコと同じように2人で杖を共有し、詠唱している魔法少女。
情報の整理がつかず、混乱していると。
「イザベラの土魔法で動きを封じてるみたいアルナ。あと少しすればあのクソ長い詠唱も終わって、サイクロプスも消し飛ぶネ。ちなみに、詠唱しても威力が変わるのはほんのちょっとアル。んー、そうアルナァ、帰るに毛が生えるくらいアルネ」
「カエルに毛って、余計わかんねえよ。まぁ、とりあえずは大丈夫ってことか。つか、肩貸してくれないか……痛くて起き上がれそうもない。いだだ……」
「いやネ」
「そこをなんとか!! 俺の機転でお前は怪我もなく助かったんだぞ。いでで……息するだけで痛ぇ」
「あの程度で怪我する私じゃないアル、ドラゴンの鱗は硬いから熱を加えて脆くしてただけネ」
「はいはい、強がりはいいからよ。とりあえず起こしてくれ。あとできれば服が欲しいんだがお前のその裾破って俺にくれないか? いつぅ。」
チョイチョイと足を引っ張る。それを鬱陶しいガキを見る目で見下すリン。
「嫌ネ」
「スキルの恨みは消えてないからな……」
「チッ。足元みやがって。これでチャラにするアル」
「現在進行形で足元見てるけどな。これから未来永劫コレでこき使ったるいだだ!! いだ! いだだだだ! わ、わかったからやめろ!!」
ユウタとリンシアタが戯れている間に、シルビアとユエルの魔法が完成し、タコと同じようにサイクロプスを消し飛ばした。
あまりにあっけない戦闘だった。
……そう、かなり余裕の見える戦闘だった。
俺はそれに違和感を感じた。
「ちょっと待て、リン、本当にあのドラゴン1人で倒せたか? シルビアはランクDが1人で相手をするようなもんじゃないっつってたけど」
「時間はかかるだろうけど余裕アル。確かに炎と氷扱えないランクDだったら1人じゃ無理アルけど、私は持ってるから行けるネ」
「てことは、あいつ嘘つきやがったな」
「なんの話アルカ?」
「リン、最後にもう一つ確認。あのサイクロプス、ドラゴンと挟まれたからって焦るほど強いのか?」
「まぁ、確かに強いけど、別に焦るほどではないネ。しかもシルビアとユエルのコンビネーションがあれば全く問題なく倒せる相手アル」
………なるほど。
そう言えばユエルも全然焦るそぶりを見せなかったな。
てことは、焦らなくてもいい場面であいつが俺たちの不安を煽るようなことを言ったから、俺は骨を折る大怪我したってことになるな。うん。
よし、あいつ殺そ。
「何があったか知らないけど不穏なこと考えるのはやめるネ。顔に出てるアル」
「いや、ちょっとばかしシルビアを可愛がる方法を思いついただけだ」
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