第29話 ダンジョン攻略最終日

 ダンジョン三十階層。

 今日でダンジョン解放最終日。


 あたりは今までの暗い雰囲気とは打って変わって、新緑溢れるなんとも神秘的な場所になっていた。


「俺……もしかして強くなってる……?」


 通常ならばランクC程度が潜ると言われている階層まで潜ってきていたが、ランクFのはずの俺はこともなげに現れた魔物を切り伏せていた。目の前で斬り付けられたクマっぽい魔物が霧散する。


 例の如く、石拾いに命を懸るシルビアは、浅い時ほどうかつには飛び込まず、リンが完全に討伐したのを確認してから回収作業に入っている。

 あれでも一応冒険者。そこら辺の危機管理はちゃんとできるらしい。


 リンはさっきの階層まで戦闘に魔法は使っていなかったが、今はレイピアが赤く燃え盛っている。

 戦闘後の反動が怖いのでやめてほしいなと思っていたら、ダンジョン内は魔力で満たされているので、漏れた魔力もそれに混ざり、顕現することはないとのこと。


 で。


 イザベラとあの魔法少女はというと。



 2人して後ろでただ眺めている。

 ………おい。


「ちょっと待て、何してんだお前ら」


 子供は好きでもガキが嫌いな俺は、昨日知り合ったユエルにも容赦ない。

 実のところ、俺の中でもガキと子供の明確な定義分けはないのだが、今のところ、俺の中での評価は限りなくガキに近い。可愛いだけが救いだ。


「何って、いつものようにあんたらの雄姿を目に焼き付けているだけだけど?」

「私はシルちゃんの活躍ぶりをこの目に焼き付けています!」


 特に悪びれるそぶりもなくただ平然とそんなことを言ってのけるバカ2人。


 ………これは。

 ………………もう突っ込まないでおこう。


「ギリギリになってきましたね……」


 ふとそんな声が聞こえた。何がだと言うまでもなく、先ほどの切り倒したクマの魔石を見れば確かにリュックの入り口にぴったりのサイズまで大きくなっていた。

 これ一個で約30万ギルドもするんだから、こんなに割のいい仕事はない。

 が、それも袋に入らないとなれば話は別だ。ボウリングの玉ほどあるそれをかついで三十階上の地上まで登らなければならなくなる。


 道中、魔物に襲われないわけではないので、それを切り伏せながらとなるとやはり大変だ。


 この世界では都合よく転移できる魔法なんかはないらしい。

 いや、それっぽいのがあるにはあるが、王城にのみ設置されているようで、まぁ言うまでもないが、えげつない値段だそうだ。ゼロが途方もなく並ぶらしい。


「じゃあ、そろそろかえ……」

「はぁ、もうマジックバック中を使うしかないようですね。ジャン!」


 シルビアはこの前からこのジャン! と言う掛け声にハマっている。

 なんだそれと興味深そうに見つめていると、言いかけた俺の言葉を遮るようにシルビアがサイズ大きめのリュックを取り出し、そして、その中に小さいリュックを直した。


「見てください! この前の報酬を使って大きめのマジックバックを買ったんですよ! 名付けて『マジックバック中』です!!」

「似合ってるじゃないか」

「ですよね!!」


 ………最初からそれに入れとけばよくね。


 なんて野暮なこと言わない。わざわざ楽しんでいる少女の邪魔をすることもないだろう。

 それと、別に見た目は茶色い質素なリュックだ。似合ってるも何も、ただそれだけだ。


 それだけ……

 ん。魔道具って基本的にクソほど高いんじゃなかったっけ。

 確か、この前いった武器屋で見たマジックバックはゼロが7つほど並んでいた。


 はしゃぐシルビアを見て、俺はいてもたってもいられず。


「………つかぬことを聞くが、それいくらなんだ?」

「2800万ギルドでかなりお買い得だったんですよ!!」


 ………なんてこった。なんとダンジョンでためた報酬の約5分の1!!


「それとほら! こっちのさらにおっきい方も買ったんですよね〜これだけ大きかったらなんでも入っちゃいますよ!」


 と、嬉々としてはしゃぐシルビアは中くらいのそれから、今度はかなり大きいリュックを取り出した。それも工夫すればオーガでも丸々つっむことができそうなほど大きなリュックを。


 ………いや、最初からそれ使えばよくね。

 なんて野暮なことは………

 喉の奥まで出かけたが、呑み込んだ。


「ちなみにそれって………」

「1億、飛んで800万ギルドでした!! めちゃくちゃお買い得だったんですよ!! ダンジョン解禁で割引したって店長さんが言ってて、どうしようか迷ったんですけど、来年もあるならまぁいっかと思って買っちゃいました!!」


 その言葉を聞いた瞬間、手から剣もどきがこぼれ落ち静かに足元の芝を分けた。


 ………え。

 ………………もしかして、貯金全部。


 あれだけあった金がこのリュックに変換されたと聞いて、顔から血の気がひくような感覚に襲われる。木漏れ日が妙に暖かい。


「そっかぁ………まぁ、別にお金が必要ってわけでもないから別にいいんだけどさぁ、お前のその顔見たら毒気も抜けるし。けどよぉ、そんだけでかい買い物するんだったら一言断ってくれ………頼むから。」

「えと、そんな泣かれるようなことでした? とりあえずその、悪かったです。なので泣かないでください」

「うん、泣かないよ。あとさ、もう買ってしまった物はしょうがないけど………マジックバック大きいの一個でよくないですか………」


そう、マジックバック自体は一個で充分なのだ。値段は変わっても変化するのは入り口のサイズのみ。

見た目がカッコよくなるとかお洒落になるとか、そんなのはない。そしてどのバックも容量ほぼ無制限。


ね。一個で充分でしょう。


入り口のサイズでなぜそこまで金額に大差が出るのかはわからないが、加工が難しいのではないだろうかと俺は推測している。魔法使いもギルド嬢さんも知らないっぽかったし、まぁそんな難しいことは適材適所で学者さん達に任せればいい。


「………あっ………」




 はいまたしても無一文です。返品できません。お疲れ様でした。





 俺たちはとりあえず稼ぐためにダンジョン三十八階層まで降りてきた。

 先ほどとはまた景色が変わり、今度は芝の生えただだっ広い平原が、途方もなく続いている場所だ。


「大丈夫でしょうけど一応言っておきます、ここからはかなり強い魔物が現れるのでみなさん気をつけてください!! もし危ないと判断すれば私たちが魔法を一発ぶっ放しますので、そしてとんずらしましょう!」


 こう言う姿を見れば確かに、頼もしいし、いいかも……とは思う。が。


「きゃああ!! シルちゃんかっこいい!!」


 と言われて満更でもない様子で顔を緩ませているところを見ると、案外そうでもないのかもしれない。まぁ確かにこいつの冒険者知識は役に立つので、そこんところは目を瞑ろう。


 それより、俺が気になっているのは。


「おい、そろそろイザベラ、お前も少しはパーティーに貢献しろよ。気づいてないことはないだろうが、働かないお前はただ食ってうんこして、寝るスペース埋めるだけの穀潰し、いや、極穀潰しになってるからな」

「……? ふ、甘いわね。私がそんな挑発に乗るとでも? もっと挑発の腕を上げてから出直してきなさい」


 言葉をそのまま受け取ろうとしないイザベラに俺は声を荒げた。


「おい、いい加減にせんとお前まじでパーティーから追放するぞ。言っておくが最初から一緒にいて苦楽を共にしたよしみで、何もしないお前をここにいさせてやってるが、俺としてはバカだが知識もあり高火力のシルビアも、戦闘の反動は辛いが、超優秀で可愛い魔剣士のリンシアタちゃんもいるんだから、お前がいなくなったところでなんら問題ないと言うことを頭に入れ………え。」

「ちょ、ちょっと。言っていい冗談と悪い冗談くらい……、……?! 見てよ、おっきいドラゴンがいるわ!!」


 突然、声を荒げたイザベラが見ている方向には、確かに10メートルはあろうかと言う、赤緑の鱗を纏った四足歩行のドラゴン!

 が、その蛇の様な双眸でこちらを睨み付けていた。


 流石に三十階層まで渡って様々な魔物に慣れたとはいえ、ドラゴンは強さの象徴。俺は情けなく膝が震えていた。蛇に睨まれたカエルってこんなんだろうな。とりあえず体がすくんで動かない。まともに口も動かせない。

 と、他のメンバーに目を向ける。


「……あれ……お前達は怖くないのか………?」

「何を言ってるアルカ、あれくらいの子ドラゴン」

「あのサイズなら50万はくだりませんよ!! すっごい幸運ですね!!」


 ………子ドラゴン!? あれが!? 幸運!? この状況が?!

 口々に、俺の予想に反したことを言うこやつらに、呆気にとられているとリンが剣を構えて飛び出した。


「まぁ見てるネ!」


 言って、リンが物凄い速さでドラゴンに詰め寄る。残像が残るほどの速さだったがしっかりと目で追い、そしてその残像の隣のだらしない顔のシルビアを目に捉え、そのまた後ろでシルビアを潤んだ目で見つめるユエルを捉え、俺はなんともいえない不安を覚えた。


「なぁ、俺今すっごい不安……誰でもいいから安心できるような説明をくれよ……」






 次回、VS子ドラゴン!!

 戦闘回です。乞うご期待。情けない主人公ですが、少しだけ活躍します。

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