第26話 魔法少女

「なんだこの剣もどき、意外と切れる……」


 俺たちはダンジョンの中をただひたすらに魔物を倒しながら進んでいた。

 戦っているのはリンと俺のみで、パーティー内最高ランクの魔法使いシルビアは、魔石の回収に命をかけ、イザベラは何もせずにただ後ろからついてくるのみ。


 なんなんだと言ってやりたい。


 俺も戦い慣れし、一階層の魔物を倒し切った頃。


「そろそろ慣れてきた頃でしょうし、二階層に降りましょう!! 魔石のサイズも大きくなりますよ!」

 とシルビアが。

「それは良いとして、お前は魔石拾いしかしてないが、ランクC魔法使いとしてのそれで良いのか? 前、馬鹿にされたとかなんとか言って嫌がらせしてた時のプライドはどこ行った?」

「それはそれでこれはこれです」


 ………便利な言葉だなおい。


「つかお前も何してんだよ? さっきから後ろで突っ立って」

「あんた達の勇姿を目に収めてるだけよ? なんか言いたいことあるならはっきり言いなさいよ?」

「戦えよ……最低ランクの俺が戦ってるんだからさ。」


 二階層まで降りたが、これといって魔物も強くなるわけでもなく、そのまま五階層まで一気に駆け下りた。


 視界がひらけると、今までの景色とは打って変わって、淡くひかる鉱石が至る所に飛び出ている、なんとも言えぬ雰囲気に包まれた湖にでた。


「ここからは魔物のレベルも上がって、強いのがまれに出てくるので気をつけてバンバン稼いでくださいね!」

「稼いで欲しいのか気をつけて欲しいのかどっちだよ……」

「ごちゃごちゃ言ってないで魔物を狩ってきなさい!! 今晩の酒代がかかってるんだから!」

「お前もちったぁ働けよ!!」


 言ってるそばからリンがバンバン魔物をかりまくる。そこに無用心に突っ込んでいくシルビア。


 シルビアは本当、金に関しちゃプライドのかけらもないな……


 そう思う反面、嬉々として魔石を集めまくるシルビアに、俺も負けじと剣もどきを構え、魚に足が生えたような変な魔物を切って切って切りまくる。


 切るたびに強くなるのが実感できるが、この武器本当はかなり凄いやつなのでは……?


 内心そう思いながら、剣を振りかぶり魚を捌いていく。


「いいぞいいぞ〜がんば………ぎゃあああああ!!!!!」


 突如、ダンジョン内にこだました女とは思えぬ叫び声に、その場にいた冒険者らが関心の目を向ける。


「なんだ……?」


 見れば、イザベラが身の丈ほどあるかなり大きめのタコに追われていた。顔を真っ赤にし、髪を振り乱し、泣き叫びながら逃げ回っている。

 見るも無残なその形相を見てられず。


 ………まあ、いっか。


 と、目線を戻したと同時。


「『イグニス・ゼロ』ッッ!!」


 幼き少女の声と共に、ダンジョン内に轟音が鳴り響いた。俺は目を見張る。


 先ほどまでイザベラを追い縋っていたタコの姿はなく、顔をぐっちゃぐちゃにしたイザベラのそばには、直径6メートルほどの大きなクレーターができていた。


 そこに1人の少女が駆け寄る。


「大丈夫ですか……?」


 心配そうな面持ちでそう声をかけているのは、銀髪を腰の辺りまで伸ばし、魔法使いの格好をしているのに何故か帯剣している小柄な少女だ。

 ここからだと顔は見えないが、そのたたずまいと、小鳥の囀るような声、そしてサラサラの銀髪から、少なくとも不細工ではないだろうとの予想はついた。


 その少女の申し立てに、イザベラはというと………


「な、あ、あああ、あ、あんた!! もう少しで死ぬとこだったんだからね!? もっと早く助けなさいよ!!! あんなのに追われる前に助けなさいよおお!!!」

「す、すいま………」

「謝るなああああ!!!!!!!」


 俺は不当なお叱りをうけ、謝ろうとしていた少女の様子に、いてもたってもいられずいまだに腰を抜かしてへたり込んでいるイザベラに駆け寄り、どついた。

 その様子を見た少女があわわ、と心配して所在なく手をわななかせる。


「!! 痛いわね!! 何すんのよあんた!! 魔神様どつくなんて罰当たりな!!!」


 頭を押さえて痛がるイザベラを尻目に、その少女に非礼を詫びる。


「助けてくれてありがとう、ほんっとに申し訳ない。こいつも悪気があっていったんじゃないんだ。だから、どうか、この不躾な態度許してもらえないだろうか……?」

「え、ええ、だ、大丈夫ですけど、そんな、やめてくださいよ!! 私がもっと早くに助けられていれば………この人もこんな目には………」

「そうよ!! もっと早く助けとけばよかったのよ!!」

「違う!! あなたはなんも悪くない!! つか、お前助けてもらってなんだその態度は!? 感謝言葉の一つくらい言えよ!!!!!」


 語を強めてイザベラをたしなめていると、騒ぎを聞きつけたリンとシルビアが集まってきた。


「あ!! シルちゃん!!」


 唐突に声を上げる例の少女、が、見つめる先には、シルビアがいた。掴みかかっているイザベラをふりほどき、どういうことかと考える。


 知り合いか……? 確かに、年も近い様だし似通った部分は見受けられるが………


「なんだ、ユエルじゃないですか。こんなところで会うとは奇遇ですね」


 どういう……?

 リンも頭上にハテナを浮かべて首を傾げている。

 そんな2人の様子に気づいてか、その少女に手を向け。


「あ、こちら、孤児院で一緒に育った仲間のユエルです」


 どうも、と頭を下げるユエルと呼ばれたその少女は、どことなくシルビアに似ている。しかし、シルビアに最初会った時のような嫌悪感はない。

 多分この子は普通のいい子だ。


「あ、ユエル。改めてこいつを助けてくれてありがとう。実は見捨てようと思ってたんだが、まぁ……」

「もしかして……余計なお世話だったりしましたか……?」

「………察してくれ」


 ユエルは俺に食って掛かるイザベラを一瞥すると。


「それより、シルちゃん!! こんなところで会えるなんて! どうしよう、嬉しくて泣きそう!!」


 そう言って話を変えるようにして踵を返し、シルビアに飛びついてキャッキャと戯れ始めた。シルビアの方もなげやりだがどこか嬉しそうな表情をしている。


「さっきの魔法……とんでもない威力だったネ………」


 イザベラに掴まれながらその微笑ましい様子を見ていると、リンがよってきて耳打ちする。


「確かに……なんでこう、俺の周りには天才ばかりが集まってくるんだ? 類友か?」

「………? 寝言は寝ていうアル。この前言ってた、孤児院の魔法適性でシルビアに勝ったのが、多分あの子だと思うネ」

「変化球でキッパリと否定されると地味に傷つくな……。だとしたら、なんであんなにシルビアを慕ってるような感じなんだ?」

「愚問、知るわけないネ」

「まぁ、後で聞いてみるか。おい、つか、イザベラ、お前なに食べてんだよ」

「さっき襲ってきたタコ野郎の足だけど、なんか文句あるかしら」


 ふてくされた態度でもぐもぐと動かしている口の端には、吸盤らしきものが見えていた。


「こりねぇなお前も………いや、待って、ダンジョン内では魔物の死体は残らねえって言ってたよな……? どゆこと?」


 リンを見たが、フルフルと首を振るだけだ。

 その様子を見て、イザベラが愕然とする。


 イザベラの口からタコの足……らしきものがぼとりと落ちると、これまた立派な脚が生えて明後日の方向に走り去って行った。


 それを見た俺は唖然と口を開けっぴろげ、無言でリンに視線を送るが、無の表情でフルフルと首を振るだけだ。


 俺はそこはかとない恐怖を感じた。

 イザベラが食ってたのはなんだったんだ……?

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