第27話 ダンジョンパニック

 「逃げろー!!!!!」


 ダンジョン五階層。

 突如として、ダンジョン内に響き渡った男の悲鳴。

 先ほど、イザベラを追っていたタコの10倍はあろうかと言う大ダコが、地響きとともにイザベラが口にしていたタコ足が逃げた方から出てきた。


「う……嘘でしょ……わたし……おええええ!!!!!」


 その姿を見て何か察したのだろう。

 イザベラが途端に顔色を悪くして胃の中のものをぶちまけている。

 あれでも一応魔神って言って、結構威厳のある感じの人だったんですよ………今は見る影もありませんが。


「なんだあれ!? 他の冒険者の反応見る限り、かなり強いっぽいけど……どうすりゃいいんだ!? 流石にあのサイズともなると俺はなんもできない!! つか、お前達なにして……!?」


 俺はリンにすがって、あまりの恐怖にガクガク震える膝を、必死に誤魔化し、声をあげる。

 声をかけると同時に、張り付いていた視線をそのタコからシルビアに切り替えると、シルビアは、うっとりした顔でそのタコを見つめていた。


「情けないアルナァ、あんなの見てガクガク震えるようじゃ、とっさの時に逃げれなくなるネ」


 ごもっとも!! しかし。


「し、仕方ないだろ……あんな気持ち悪いの見たの初めてなんだし……それより、シ、シルビア!? なにしてんの!? 早くお前の魔法でどうにかしてくれないかなぁ!!? 石拾いしかしてなかったけど一応ランクCの魔法使いだったよね!? 石拾いしかしてなかったけど!! うわああ!! こっち見た! こっち見たってえええ!!」


 散々焦って叫びちらす俺とは裏腹に、ユエルとシルビアはいまだにくっついたままでキャッキャワイワイし、

 そしてなにやら呟いている。


「あれだけのサイズなら………魔石は10万ギルドサイズ……!! いや、それ以上……!! こんな浅い階層で見つけられるなんて超ラッキーですね!!! うふふ、稼ぎどきですよぉ!!」

「シルちゃんかっこいいー!! あんな怖くて気持ち悪い魔物にも一切怖れを見せないなんて!!」


 俺はその会話に唖然する。そして、なんともいえぬ不安を覚えた。


「お……おい? リン……? なんかあいつら別のこと考えてるみたいだけど……大丈夫なのか……?! 大丈夫だよな……!? 逃げなくていい?!」

「落ち着くアル。まぁ、大丈夫ネ、シルビアは腐ってもランクC、ここは五階層だから、どれだけ強くてもあのタコはランクD以下。しかも、あのユエルと言う少女もおそらくランクC以上、どう考えても負けるわけがないアル。そして私もいるし」

「な、なんだ。ビビって損した………」


 ビビり散らす俺とは対照的に、冷静沈着に解説する姿を見て、俺は安堵する。

 しかし、この五階層にはランクE程度がいるのが普通らしい。どうやら、俺に気を使って階層を浅目にしてくれていたようだ。

 そう言うちょっとした気遣いには弱い俺……少しずつだがシルビアへ、あとリンへの評価が上がっていた。

 通常なら、ランクDは二十階層くらいで稼ぐそうな。ランクCはさらに上の三十階層までいくんだとか。

 もし俺たちがいない時にこのタコが現れていたとすれば、確実に死人が出ていただろう。いや、俺たちというより、こいつらだが。

 ………不幸中の幸いというべきか。


「腐ってもってなんですか!! れっきとしたランクCの天才大魔導師ですよ!!」


 リンの声が聞こえていたのかシルビアが抗議の声を上げた。


 魔物に襲われているところを助けられ、惚れるという展開にはずっと疑問を持っていたが、

 確かに、こんな危機迫った状況に、超強い人が現れたら、惚れてしまうのも仕方ない。と、俺は道端で助けられた聖女でもないのに、ドキドキしながらそう思ったのだった。


「さぁ、気を取り直してユエン!! 久しぶりですし、一緒に魔法を打ちますよ!! あ、でも魔石は私がもらいますからね」


 リュックから110万ギルドの高級杖を大胆かつ丁寧に引っ張り出し、手前に構えながらそう叫ぶ。そこに威勢よく「はい!!」返事をしたユエンが手を添えた。


 ………最後の言葉がなかったらカッコよかったのになぁ。


 心の中でそう思いながら、ただその様子を見つめていると詠唱が始まった。


「我が名はシルビア! ある者は恐怖し、またある者は崇拝し―――」


 なんだかんだでこれももう………慣れた。


「そろそろ離れるアル。重いネ」

「あ、ああ、すまん。」


 俺はハッとしてリンから離れる。

 にしても、今回の詠唱は特別長い。普段の倍ほどの時間がかかっている。


 どういうわけかと、恥ずかしさを紛らわすついでにリンにたずねた。


「リン、魔法に詠唱って必要なのか?」

「別になくても大丈夫アル。名前を勝手につけて言えばいいネ。まぁ、あれば魔法の威力が上がったり精度が上がったり、あとはそうアルナ。いや、そんな感じアル」


 その言葉に耳を傾けながらイザベラを一瞥する。

 地面に平伏し、何かぶつぶつ呟き、魔神の品格はどこへやら、もうとんでもなくやさぐれた姿がそこにはあった。


 一種の哀れみすら感じさせるその姿をどう形容してやろうか。

 放心状態で心ここにあらずと言った感じだったソレを見ていると、そうこうしているうちにシルビア達の詠唱が終わりを迎えた。


「「顕現せよ『サイクロン・バーン』ッッ!!」」


 2人の少女の声が重なる。杖が光り輝き、それは魔法を使えない俺にさえ、尋常ではないということを否が応にも理解させ、

 そして、ダンジョン内を軽く揺らす轟音とともに大タコがいた場所に、それは大きな、灼熱を伴った竜巻が現れる。

 その灼熱の竜巻に、タコはみるみる細切れにされていき、切れたそばから灰になり、そして霧散していく。

 タコの方も負けじと8本以上ある足を振るうが、なんせソレは形のないもの。その触手は空を切る……いや、それどころか、振り上げたそばから細切れにされて無に帰す………


 迫力だけでいえば、あの厨二病勇者の魔法となんら遜色無いその大魔法に、俺やリン、そしてそこにいた冒険者含め、揃いも揃って目を奪われていた。


 そして、俺はその様子を見て、改めて実感する。


 ………高ランク魔法使いの実力を。

 ………………腐ってもランクC。やはりこんなどうしようもないランクFと一緒にいていい存在では無いことを。


「ふぅ、久しぶりなのになかなかいい魔力同調でしたね!! ユエル!」

「シルちゃんこそ凄かったよー!! いつの間にあんな大魔法使えるようになったの!?」


 魔法が終わり、いい汗かいたと言わんばかりに汗を拭った2人が何事もなかったかの如く戯れを再開する。

 視線をその先に向けると、

 見事に霧散した大ダコの足元に、これまた巨大な魔石が転がっているのが見えた。

 遠目からでもわかるほどに巨大な魔石は、魔法が使えない身でありながらも他のものとは比べ物にならない程の魔力が秘められている事を、静かに感じた。


 シルビアは脱兎のごとくその魔石に駆け寄り、うっとりとして頬擦りした後。

「まぁ、流石にこんだけ大きかったらもうダンジョンは潜れませんね、帰還しましょう!!」





 俺は直径50センチほどある魔石を背負わされ、ふらふらになりながらもなんとかギルドまでたどり着いた。


「重すぎだろこれ……つか、なんもしてねえイザベラがもてば良くないか……!?」

「イザベラは……あの様子だから無理ネ」


 そう言って指をさす先には、いまだに魂の抜けたような顔をして、力なく魔法少女2人に引っ張られているイザベラがいる。


 文句を垂れながらも苦労の末、二階の受付まで運んできた。


「これの精算と、後こっちの方もお願いします」

「……すごい!! お疲れ様です! 一体何階層まで上ったんですか?! このサイズだと……三十五階層の階層ボスあたりですかね……? 今日一番のサイズですよ!!」


 疲れた俺に労いの言葉をかけ、俺が背負ってきた巨大な魔石を見て一旦驚いた後、慣れた手付きで魔石を査定し始めた。

 それより、あのタコ、三十五階層で出てくるやつだったなんて、とんでもないバケモンじゃないか。本当死人が出なくてよかった。そしてあの2人がいてよかった。


 シルビアは、合計して500万ギルドはくだらないだろうと言っていたが、さて、どれだけのものになるだろうか?

 真剣な顔つきで作業する受付嬢さんの顔に見惚れていると。


「よう! ダンジョンですげーのあげたんだってな!!」


 いつぞやの戦士風の男が声をかけてきた。

 疲れ果てた俺は覇気のこもらない返事をする。


「ははは!! 初ダンジョンは骨身にしみたか!!」

「いや、ダンジョンというよりは……むしろ帰りの方で疲れたんですけどね……このえらく馬鹿でかい魔石を背負わされた事で。」

「えらく強がりをいうようになったじゃないか! ガハハハ!! ダンジョンの方が楽だったってか!? おめえあんまダンジョン舐めてっとそのうち死ぬぞ?」


 そういうわけじゃないけど……めんどくさいな……!!

 声をかけて労ってくれることはありがたいが、今はゆっくりさせて欲しい。


 俺とその男の絶対的な温度差を感じ取ったのか、答えあぐねている俺より先に、魔石の換金に1人ついてきていたリンが口を開いた。


「やめるネ、ユウタは疲れてるアル。見るネこの顔! 鬱陶しくてむさ苦しいおっさんは求めてないと言ってるネ。もしはなしかけたいのなら私以上の可愛い女ひっつれて出直してくるヨロシ」


 何も俺はそこまでいうつもりはなかったのだが………まあいいか。

 ………………突っ込みたいところも多々あるが。


 流石に、その戦士風の男も、500万のレイピアを腰に携えている冒険者に歯向かう勇気はないようで。

 リンの身なりを一瞥するや否や、すまなかったと反省の色を示し、おずおずと立ち去っていった。

 立ち去った後、複雑な表情でリンを見つめる。


「今のは助かったが……そんなに俺のことを思ってくれるのならこの魔石を代わりに持ってくれてもよかったのではないだろうか……? リンシアタさん。全部とまでは言わないが、ギルドについた頃にはヘロヘロだったんだし、そこから代わって持つという選択肢もないことはなかったと思うですが………」

「なんアルカ? せっかく助けてやったのに素直にありがとうの一言も言えないアルカ? ダンジョンで泣き叫びながら逃げ回った時から思ってたけど、情けない男あるナァ! そして、それはそれで、これはこれネ」


 ………ツンデレか?

 ………………いや、こいつ、ダンジョンでシルビアの言葉聞いてやがったな。この言葉を言えば俺が反論してこないとでも思っているんだろうか。


 だがあえて言わせてもらおう。


「………ありがとな」


 なんだこの娘、素直に感謝を述べてやれば顔を赤くして。


「……調子狂うヨ」


 リンがボソリと呟いたその言葉はユウタには届かなかった。


 途端に頬を赤く染め、こちらを向かなくなったリンの横顔を、しばらくジト目で眺めていると、受付嬢さんが査定を終わらせたようで。


「こちらが、今回の査定金額になります」


 その声でハッとし、

 え、階層ボスなんているの? 

 受付嬢さんの言葉とは全く関係ないが唐突に、今更ながらそう思った。

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