第4話 今度はオレが馬鹿すぎる(おまけ二話分)

 俺はただひたすらに草をむしっていた。今さらながら、あの時なんであの美人な受付嬢さんが心配そうな面持ちで『本当に大丈夫ですか……?』と聞いてきたかがわかった。あの時は俺たちの様子を見てのことだろうと思っていたが、異世界系にとことん詳しい俺がこんな初歩的なミスを犯してしまったなんて、本当に信じられない。


「ねえこれ一体いつまでかかるの!?刈り切った頃にはもう次のところが生えそろってるわよ!」


 ずっと見続けてきたせいかな……もう雑草が雑草に見えない。軽いゲシュタルト崩壊を起こし、だんだんと気も遠くなってきた。

 確かに、半日でただの草刈りで10000ギルドはおかしいと思っていた。俺はその時は何も考えずに『はい!大丈夫です』!と威勢よく言ったわけだが、いざきてみれば半日では到底終わらぬような大豪邸。イザベラが屈んで草をむしりながらも俺にそんなこと言ってくる。


『就労時間目安半日(魔法使い)』

「………こんなの…終わるわけないだろおおおおおおお!!!!!!!」


 ********************


「違約金!?そんなばかな…あんた嘘ついて私たちから金をむしり取ろうとしてるわけじゃないわよね!?」

「と、とんでもございません。一度受けたクエストを棄権する場合には違約金としておおよそ報酬額の半分を払っていただく決まりとなっていますので……」


 陽も落ちた頃、俺たちはギルドに戻ってきた。まだクエストを完了したわけじゃないが、明かりがなければ草むしりは無理。いや、それ以前にこんなとこ素手で草むしってたら全部むしり終わる頃には人生終了してるわよ!!とイザベラがごもっともなことを言い出したので帰ってきたわけである。

 イザベラが草まみれの格好で受付嬢に詰め寄る。受付嬢は困った顔をしてそれに答える。もしクエストを受ける前であれば俺が一発叩いて黙らせていたところだがもうそんな体力は残っていなかった。

 なので、

「……マジすいません。」

と、頭を下げてイザベラを引っ張り酒場まで降りた。


 ********************


「どうすんの!?違約金が報酬の半分って……これ大体報酬額いくらなのよ?……10000!!???てことは……半分だから、いち、に、さん、し……ご…?5000ギルド!?そんなもん払えるわけないじゃない!!」

 ギャンギャン騒ぐイザベラによくもまあ半日ひたすら草むしりをしたのにそんだけ騒ぐ体力が残っているなと関心する。

「……まじ、すいません」


「でどうすんの?今夜はご飯も食べれないし寝るところもないんだけど!?」

「………ギルドに泊めてもらえないか相談してみよう…」

 もう疲れ果てて頭も回らない。こう言う時はとりあえずギルドに頼ればなんとかしてくれる……はずだ。


 ******************


「本当ですか!?ありがとうございます!!!」

「ありがとうございます!!」

 また、一か八か、ギルドの受付嬢さんにここに泊めてくれないかと頼んでみたら、一瞬だけ困った顔をしたが俺たちの様子を見て、絶対に他の冒険者には言わないと言う条件付きで、ギルドの3階にある部屋と風呂を貸してくれた。


「はぁぁぁああああああ―――気持ちいいわあああ―――全身がとろけるぅ。こんなことなら別にお金なんていらないじゃない。はぁあああ」


 熱々の湯船に肩まで浸かる。意外にも風呂は結構ひろい大浴場で、日本風だった。うん、世界感があべこべなことに突っ込むつもりはない。むしろ嬉しいくらいだ。異世界にきてから1日がすぎてしまったが、特に異世界らしいことはしてない。せっかく異世界にきたのにチートもなし、ステータスもかすかすで、草むしりに貴重な初日を費やしたわけであるが、


「…………で、なんでお前までいんの?」

「何?居たら悪いかしら?」


 貸し切り状態だったが、目の前にイザベラがいた。もちろんタオルは巻いているのでそれやあれは見えないが。


「別に悪いわけじゃないけど……俺も一応男なわけで、お前は得体は知れないが人間の女の格好しているわけで……」

「得体の知れないとは何よ、これだから童貞は、ププ。お粗末なものぶら下げてるくせに一丁前に欲情してんじゃないわよ………………え?!ちょちょ!!ごめんてば!!謝るから!!あんたのソコに着いているモンは立派よ立派!ちょっと!!」

 男の勲章を馬鹿にされてガチで傷ついた俺は湯船に顔を沈めた。それを慌ててイザベラが引き上げる。

「何してんのよ!?死んだらどうすんの!?」

「………次俺ののこと馬鹿にしたらお前を置いて人知れず死んでやるからな」

 目を細めてそう言うとイザベラがワナワナと手を忙しく動かしていたがどうしたいのかわからない。

「ちょっと……怖いこと言わないでよ……ね?私が悪かったわ。あんたが死んだら私これから何を楽しみに生きていけばいいのよ……」

 ……逆に今の何が楽しんだと言ってやりたい。だが俺も至福の時間を喧嘩で潰す様な野暮なことはしない。


 風呂から上がり、案内された部屋へと向かう。本当に助かったなと思う、俺の知る異世界ギルドにはこんな人が泊まれるような施設はなかった。あると言うことに関して言えば感謝しても仕切れないがどうもやるせない。


「………なんで寝るとこも一緒なんだよ」

「文句垂れてんじゃないわよ童て………」

 ハッとしたように口を押さえた。

「別にそれくらいじゃ傷付かねーから、逆に堂々といじってくれる方がむしろいいから!!気を使われると余計に傷つくから!!!」

「わかったから落ち着いてよ」


 もうすることもないので床に寝転がった。床に……床かぁ……いや、贅沢を言うつもりはない。いいんだこれで、いいんだ…涙をこらえながら眠りに落ち……


「ギュルルギュルルルル」


 そう、この床のひんやり感がいいんだよ……いい夢見れるかな……


「ギュルルルルギュルっギュルルルル」


 部屋でねれるだけありがたいよな、野宿なんかしたくねーもん。さ、寝……


「ギュルルルゴゴゴゴゴ」

「だあああああああ!!!!!!!るっっっっせえええええ!!!なんなんだよさっきから!!!!!うるさくて寝れもしねえええええええ!!!」

 俺は体を起こして叫ぶ。イザベラがストンと腰を下ろしてお腹のあたりを抑えていた。

「……お腹すいた……」

「はぁ……せっかく考えないようにして気を紛らわしてたのに……どうしてくれんだ。俺まで腹減ってきた。」

 善意で風呂も、泊まるところも無償で提供してもらったのに、さらに食べ物をたかるなんて……そんな事、俺に……


 ****************


「ありがとうございます!!」

「ほんとうにありがとうございます!!」

 背に腹は変えられないと言うことで、部屋を出て受付まで降りてソコで公開土下座をした。その結果、なんとご飯を奢ってもらえる事に。これには流石にプライドの高いイザベラも拒絶するかと思ったが、尻目に隣でしっかりと床にデコを擦り付けているイザベラが映っていた。どんな生物でも食欲には勝てないらしい。


*****************


「まあ当たり前よ!いくら私でも食欲には勝てないわ!あはははは!!」

 こいつ……完全に酔ってやがる……

「お前本当得な性格してるよな」

 俺は一枚3000ギルドもする高級ステーキをかじりながら独り言をこぼす。その隣では自分の財布を見てあわわわ……と焦ってるあの美人な受付嬢。

「私の…私の…今月の食費が……」

 うん、聞かなかった事にしよう。


 出されたものを平らげて、イザベラがベロベロになった頃、隣にいる美人な受付嬢さんは魂が抜けた抜け殻状態になっていた。もう……見るに耐えない。マジ、すいません。


 部屋に戻った2人はすることもなく今度こそぐっすりと深い眠りに落ち……いや、床に寝転がり天井を見上げた。


 こんな苦労するために異世界に転生してきたわけじゃない。ハーレムだ。俺が求めてたのはバッタバッタと敵を切り倒し、そして可愛い村娘たちに惚れられ、順風満帆な異世界生活、そして超絶美女アンド美少女ハーレムを送ることだった。むしろ順風満帆な異世界ハーレムを謳歌するはずだった……はずだった……なのに……!!こいつの職務怠慢のせいでチートは無いわ、無一文だわ、ステータスはかすかすだわ………いや、ハーレムとまでは行かないものの、美女はいる……が、


 怒りをつのらせ隣でぐうすか寝ている元魔神の顔を見る………


 ………いや…見なかった事にしよう。

 

 ********************


「どうしたの?考え込んじゃって、まるで綿飴を洗っちゃったアライグマね」

「いらんこと言うな、…真面目な話、クエストのことなんだが、あれはもう無理だ。昨日お前も言ってた通り全部刈り終わる頃にはもう俺も年で死んでる。俺は草むしりをしにこの異世界にきたわけでは無いことを昨日の夜、お前の寝顔も見たら思い出した。しかし、やめようにも違約金の5000ギルドは払えない。ソコで、

 魔法使いを雇ってみてはどうだろか?」


 朝イチで飛び起きた俺たちだが、クエストの続きをするわけでもなく、酒場で今後のことについて話し合っていた。


「うーん、別にいいんだけどさ、こんなイモクサイ男のいるパーティーに魔法使いなんて入ってくれるのかしら?金は?お金がないじゃない?その雇うお金はどうすんのよ?あんた昨日世間は甘くないとか言ってたわよね?まさか金塊でも掘り当てようっての?」

「喧嘩うってんのか……?それはいいとして、金は報酬でまかなえばいいだろ?俺たちは何もしないわけだから、10000ギルドのうちの2000ギルドを俺たちがもらってあとはその魔法使いに……」

「つまりはあれね?中抜きするってことね」

「言い方!!」


「でも、本当最高ね〜あんだけ酒飲んで、朝起きても二日酔いしてないなんて!こんなの初めてだわ!これが異世界補正ってやつかしら?」

 ルンルン気分で左右に揺れているが、

 …………こいつは知らない。昨日の夜、ゲロを吐いたこいつの後始末を俺がしたことを。

 そう、あれは目を逸らしたあとの事。最初は鼻をつまめばいい、そう思ってた。そう思ってたはいいものの、これじゃ寝れねえ、本末転倒だと、俺はわざわざ抜け殻になっていたあの受付嬢のお姉さんに土下座して、布とバケツを貸してもらったのだ。そして、朝起きてみればこのざまである。記憶も何もかも飛んで感謝の言葉もありやしない。


「………………………イザベラ。お前、当分飲酒禁止な」

「………え………?」


 *****************


「手ごろな魔法使いいないかな、1人でプラプラしてて、クエスト一瞬で終わらせてくれて、ハーフエルフで、性格も良くて……」

「そんなのいるわけないじゃないやっぱりあんたってばかね。現実見なさい現実を」


 俺たちは昨日の受付嬢のお姉さんに頼んで魔法使い募集の張り紙を掲示板に貼らせてもらった。

 本当は仲間の募集とかは冒険者登録をしてからではないとやっちゃダメらしいがソコをなんとかと、朝から公開土下座した甲斐もあり、周りには絶対言わないと言う条件付きで貼らせてもらった。

 そんなわけで、朝からかれこれ2時間ほどずっと待っているわけだが、一向にそれらしき人物が現れない。


「わかってないな、異世界にきたら可愛くて強い魔法使いはテンプレなんだよ」

 そう話しながら尻目で掲示板の方を確認する。

 入れ替わり立ち替わりでいろんな冒険者たちが掲示板を見て紙をさらっていくが一向に俺たちが書いた赤い紙が破られない。

 そればかりか指を指して笑われている……。心当たりは……ある。


「ねえ、お腹すいたわ。土下座しにいきましょうよ」


 昨日から度重なる醜態を晒し、俺たちは一気にこの街の有名人になった。有名人といえば聞こえこそいいが、実際は街中や酒場で指を刺されこそこそと笑われるだけ。

 そしてこいつ……昨日、全身全霊の土下座をしたことで吹っ切れてしまったのか、もうご飯イコール土下座だと思ってしまっている。

「………お前仮にも元ナンタラなんだろ?プライドはどこに置いてきたプライドは」

 呆れ半分の俺に向かって、真顔で。

「プライドじゃ腹は満たされないのよ」


 イザベラの口から出た正論にぐうの音も出ない。

 わかってはいるが、こいつのそれを言われるのはなんか違うと思ったりもするが、口には出さないでおこうと思った。


 うん、俺の思ってた異世界転生とはだいぶ違うな。

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