第32話
幸い孤児院の場所はわかる。
この前の裸の男よ、不潔、見ちゃだめよ! などなど、指を刺されてそう言われているが、お前達。全部聞こえてるからな。顔は覚えた。魔王になったら真っ先に駆逐してやる。
「なんか体動かしたら冷静になったな。よくよく考えればイザベラのせいで俺の社会評価なんて地の底についてんのとなんら変わりないんだし、今更その評価が地面にえぐり込む形になったところで……な。コカトリスの一件とダンジョンでのタコ討伐で少しばかり上がっていたけど……ニワトリがジャンプした程度だったしな……」
コカトリスだけに……ププ。
1人でそんな事を考えながらしばらく走り、街外れの住宅街まできていた。言っちゃ悪いが朝だと言うのになんだか薄暗くて気色が悪い。
いかにも治安が悪そうな感じだな……一応装備つけてきてよかった。幸い人通りはなく、人がいなければ襲われる心配もない。
急に景色の変わったその場所に、少し用心しながら孤児院へと歩いた。
住宅に挟まった二階建ての古い家。石造りで、外観は教会に近い気がする。ここで間違いないらしいが、どうにも尻込みしてしまうそんな雰囲気だ。お化けでも出てきそうな……
「何をしてるんだ」
「でたぁぁ!!」
柱の影から不審者にでも声をかけるような口調で声をかけてきた。
それっぽい事を考えていただけに思いっきり飛び上がって尻餅をついてしまう。呼吸を荒げながら足元からゆっくり見上げていくと、そう時間がかからずに顔が見えた。
て、天敵だぁ……
「なぜそこまで驚かれないといけないのだ」
ドクロの眼帯に……漆黒の鎧……
「この孤児院に何かようか?」
肩の辺りまで伸びた黒髪……そしてこの嫌悪感……
「おいなんとか言え」
「ゆ、勇者だ……」
「は? 貴様はなにを言っている」
とりあえず事情を説明し、孤児院の中に連れて行ってもらった。
古びた木の扉を開けると外観からは想像もつかないほど綺麗に掃除の行き届いた空間が現れ、小さな子供達が長机で朝ごはんを食べている最中だった。
厨二病も発動していなかったので嫌悪感も薄れつつある。
開かれた扉の前で立ち尽くしていると、一瞬静まり返った後に子供達の甲高い声が。
「「「カナデちゃんだー!! と変な人ー!!」」」
俺は子供達にまで変な人呼ばわりされるのか……。
なんとも言えぬ劣等感を覚えていると。
「何をしている? 早く入れ」
「え、いいのか……?」
「何を言うか、そのためにきたのだろう?」
「お邪魔します」
言われるがまま中にはいり、突然の変な人の来訪に食事を中断した子供達の視線を感じながら勇者の後をついて行った。
奥にある部屋に案内される。
「ここが先生のいるところだ。一言挨拶していけ」
「あ、はい」
しのごの言わせるつもりのないくらい強い語調に、反射的に敬語になってしまう。
怖いなぁ。そんな事を考えていると扉の中から声が聞こえてきた。聞き覚えのある、と言うか俺の目当ての人間の声だ。中からは他に2人の声が聞こえてき、1人はユエルでもう1人は誰かわからないが女の人の声だった。
「やぁ先生。会いに来た」
「あら、カナデちゃん大きくなったわねぇ、こっちに来てよく顔を見せておくれ」
「それと先生、もう1人連れてきた。外でうろうろしていた変なやつだ」
内開きのドアを開き、勇者と先生が一言二言話した後、そこでようやく顔を出す。
恐ろしいほど変なやつという言葉に違和感を感じなかった。どうやら俺は自分自身でも変なやつだと認めてしまっているらしい。
「ど、どうも。先ほど紹介に預かった変な奴こと冒険者の青木ユウタです」
俺のたたずまいを見た2人がどっと笑い出した。
「わはははは! 何しにきたんですか!! それと変な奴って! あ、カナデお久しぶりですね」
「ぷぷぷ。し、シルちゃんあんまり笑っちゃダメだよ!! カナちゃんおひさし! いつぶりだろう?」
「先生、あの変なやつは私たちの冒険者仲間です」
一通り笑った後、改めてシルビアが先生に俺を紹介し始めた。俺と勇者も中に入って長椅子に腰を下ろす。
しばらく俺以外の4人が話をした後、子供達の食事が済んだようで先生は片付けに、シルビアとユエルは手伝いますと席を外し、俺と勇者2人だけの状況になった。
今更ながら、この勇者がシルビアたちと同じこの孤児院出身だということに驚いている。
間を取り繕うために俺から声をかけた。
「……その、なんて呼べばいい?」
思えばこうやってまともに言葉を交わしたのは初めてだ。今までは側から見ているだけだったからなぁ。
目の前で俺を気にも留めずに剣の手入れをしている勇者はそのまま。
「一般人に知られたくはなかったが、仕方ないカナデと呼ぶがいい」
「……カナデか。俺はユウタ」
一般人てナニ……。
「そうかユウタ。ここの孤児院出身でもないのになぜここに?」
「ああ、シルビアとユエルのような天才を育てた施設をみときたいなと」
「なるほど」
「あ、うん……」
会話が途切れた。
……この状況。重苦しい。
この状況をどう打開しようかと頬に冷たい汗を垂らしながら思案していると、しばらく沈黙が流れた後古い木の扉の開く音が聞こえた。
手伝いを終えた2人が帰ってきたようだ。
助かった……。
椅子に座りながら声をかけてくる。
「ところでユウタ、なぜここにきたんです?」
「お前達のような天才をどうやって育てたのか気になってな」
「あさはかな、何を考えているかわかりますよ」
なんだと?
「魔法適性は生まれついてのものですよ」
「え、でも……お前言ってたじゃないか。小さい頃から訓練すれば魔法も使えるようになるって」
「それとこれとは別です」
「……」
なんてこった。魔法使えないと!? いや、魔法適性があれば俺だって……
と考えていると、俺の心中見透かしたように。
「魔法を使いたいからここにきたのであれば全く意味ないので帰ったらどうですか?」
「帰らんわ」
しかし、どうするかな。俺のここにきた目的は早くも潰れたわけだし、でもきたばっかりですぐ帰ると言うのも。
「それよりカナデはなぜこの時期に来たんですか? いつもは鉢合わせることなかったのに」
「お前達こそなぜ2人揃ってここにいたんだ?」
「シルちゃんとダンジョンで運命的な再開を果たしたんだぁ! ね! シルちゃん!」
そんなことはありませんとシルビアが眉を寄せる。
「お前は相変わらずだな。たまたまこの時期に孤児院にきたらお前達がいただけだ。特に理由はない」
「ふーん、そうなんですね。あ、ユウタ。カナデがこの孤児院トップの魔法適性だった人ですよ」
「……なんと」
どう言うことだろう。この勇者が魔法適性ナンバーワンだと? 確かにイフリートを吹き飛ばした時の魔法は凄かったが、どう考えても装備は戦士のそれだ。さっきから剣ばっかり触ってそれ以外に杖なんかを持っている気配もないし……ユエルと同じ口か?
「なんだその疑るような目は、シルビーの言っていることは本当だぞ」
「その呼び方はしないでください」
シルビー………今度からそう呼んでやろう。
「でも、明らかに戦士の格好をしてるのは……どう言うつもりで?」
「魔剣士と言うのは聞いたことあるだろう? 私はそれの上位版だ」
あれ、一人称も私になってる。
「上位版……つまり魔剣士よりすごいヤツ?」
「端的に言えばそうですね、魔法使いであれば上位版は魔導師。前衛職にもいろいろあったはずです。興味ないので知りませんが」
「私はもとより魔法よりも剣術の方が得意だ。見た感じお前は前衛職のようだが、どうだ一戦やるか?」
ばかか、死ぬわ。
「遠慮しときます……」
やはりこいつはチートをもらってやがるな。間違いない。魔法があれだけのレベルで扱えるくせに剣を握ればそれ以上とか。
「それより、今年は寄付がたくさん集まったんでしょ?」
「はい、私もパーティーを組むことができて例年とは比べ物にならないほど稼ぎましたから、それに伴い寄附金も増額しました」
「私もそうだな。まだ冒険者を初めて一年も経っていないがイフリート討伐で大量に金が入ったから、それの半分ほど寄付に回した」
確か魔剣士は冒険者になるまでに時間がかかるって言ってたな。
いい子だな、この子達。お世話になったところに寄付をするなんて……なんだか泣けてきた。
「まさか……カナデ。あなたがイフリートの報奨金を独り占めにしたランクSの冒険者だったんですか……」
おっと……?
「そうだが、なんだ?」
「なんだって……」
「え? すごいって褒めてくれんのか?」
「ばかやろぉぉ!! イフリートを焼いてしまうとは、愚か者にもほどがありますよぉぉ!! あの体毛を売れば、」
「し、シルちゃん……落ち着いて!」
「はぁ、思い出したらまた腹が立ってきました」
「あれの討伐が目的だっただろう? 何にそんな腹を立てているのだ」
「必ずゲットできる報酬を奪われたことが不服なんですよ! 全く。冒険者するならそれくらいの知識をつけてからしてください。嫌われますよ? あの魔物の体毛は冬場に重宝されるのに」
なんだか俺が言われているわけでもないのに俺の心にも刺さる……正直半年近くこの世界にいるが、この世界についてはほとんど、と言うか何も知らないに等しいだろう。
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