第16話 毎年恒例の討伐………

 俺は窓の外を眺めながら、遠い目をして呟いた。

「明日から冬に入るってのに全然寒くないな、それどころか街の風景も冒険者たちの格好もなにも変わってねえ」


 リンシアタがパーティーにきてから大体2週間ほどたち、お金も余るほど溜まった。

一昨日から討伐に行くのはやめて越冬の準備をしていたが、それも終わり、俺たち4人は朝起きた後、酒場でたむろっている。


「今日の夜くらいから一気にきますよ、明日の朝は信じられないほど寒くなっているので、うっかり薄着で寝て朝起きたら死んでた、みたいなことが極稀に、上位冒険者の中でも起こるので気をつけてください」

「さらっとめちゃくちゃ怖いこと言うな……」


 越冬分と予備分の300万ギルドを残し、保温用の服と、リンシアタ用の魔力回復薬を大量購入し、俺とイザベラとシルビアは装備を新調した。


 俺は動きやすさ重視の皮装備を買い、腰に鉄の剣を装備した。そのおかげでなんとゴブリンを倒せるようになりました!!もうすでに2体も倒した。


 イザベラは、私はこれがデフォルトなの!と、自身の格好を崩したくないようで、装備は買わなかったが棍棒に近い杖を買った。

 戦闘スタイルが完全に前衛なのになんで杖なのかと聞いたら、魔法も使えるしこれで直接殴れるし疲れたらついて歩けるじゃない?とのこと。

 ちなみに、杖をついたり杖で殴るのは魔法使いとしてはありえない行為だからやめてください!!と、シルビアに猛反発されていた。


 シルビアは高純度の魔硝石?と言うものをコアに使っている杖を買った。シルビアいわく、魔法の威力と操作性と、魔力変換効率が上がるそうだ。


 装備と武器が全部で約170万ギルド、シルビアの杖が110万ギルドと一番高かった。杖は消耗品ではないのと、作るのが難しいためどうしても高くなってしまうらしい。


「それより、今日は毎年恒例の討伐クエストですよ!!!広場にいきましょう!!稼ぎどきです!!!」

 急に立ち上がったシルビアに、俺とイザベラは呆気にとられる。


「なんだそれ」「なにそれ」


 訳もわからずとりあえずシルビアとリンシアタについていき、街の中心にある大きな広場にきていた。


「すげえ……冒険者もこんだけ集まると流石異世界って感じがするな、盗賊に、魔法使いに、僧侶に、剣士に………勇者………勇者!?あ、あいつ、やっぱり1人だ……つか冬越しの準備大丈夫なのか?あいつこの辺りに討伐していいモンスターいなかったぽいけど……」


 目線の先には勇者が、俺たちが勇者と勝手に呼んでいるだけだが、それが1人だけ物々しい格好で冒険者らの隙間に立っていた。

 元々魔王を倒したものが勇者と崇められるのだから、まだこの世界で勇者とは認知されていないので一応勇者(仮)くらいになる。

俺が今だゴブリンしか倒したことがない現状だし仕方ないわな。

このまちで最弱の俺が悪事を働いてもただ笑者にされるだけだ。

魔王になるには早すぎる。

ちょっとばかしまっていてくれ。俺が永眠する間近まで……


「今年は討伐ランクなんになるんでしょうね?ランクBくらいならいいのですが」

「去年がランクCだったから、今年はもしかしたらくるかもしれないアルネ」


 喜びの笑みを浮かべて話し合うシルビアとリンシアタ。

 それとは対照的に、イザベラは不安げにせわしなく周りを見渡しながら、俺に話しかけている。


「ねぇねぇ、なんなのこれ?聞いた感じと見た感じ、集団で何かと闘うみたいだけど、あんた知らないの?」

「お前が知らん事を俺が知るかよ、想像だけど、明日から一気に寒くなるって言ってたし、毎年恒例っても言ってたから、冬を呼ぶ魔物かなにかが出てくるんじゃないか?多分」


 続々と冒険者が集まっていき、大広場は大勢の冒険者で埋め尽くされた。

 ギルド職員が中央にある小高いステージに上がる。


「お集まりいただきありがとうござます!毎年恒例の『イフリート』討伐ですが」


 会場が湧き上がる。


 イフリートって随分と物騒な名前の奴が出てきたな………こいつらめっちゃ盛り上がってるけどこんなテンションで挑んでいいモノなのか……?大丈夫だよな……うっかりで死んだらたまったもんじゃないぞ………


「初参加の方もおられるかと思いますので、手短に説明をします………では、各自悔いの残らないように頑張りましょう!!」


 説明が終わった頃大地が揺れるほどの歓声が上がり、街の外に冷気を漂わせたけむくじゃらの、ひとつの山ほどある巨人が見えてきた。あれがイフリートと言うらしいが………


「え、まって、デカくね?」


 俺の呟きに誰も反応せず、唖然としてたたずむ俺の横を冒険者達がイフリート目掛けて駆け抜ける。

 一番は取らすまじとシルビアが駆け出した。それに続きリンシアタも。

「いきますよ!!」

「おう!やるネ!!」


「え、いや、え、ちょっと……?シルビアさん……?リンシアタさん……?」


 さっそう、もはや俺の言葉など届いちゃいなかった。


 冒険者がいなくなった後、閑散とした広場に残ったのは、挨拶をしていたギルド職員と、俺とイザベラ、そしてあの厨二病勇者の4人だけだった。

 ただ唖然と突っ立って、冒険者たちの後ろ姿を見ていると、なにやらぶつぶつ呟いている勇者、その周りには黒い粒子が舞っていた。

 俺は勇者の方を指差しイザベラに話しかける。


「……なぁ、いろいろ置いていかれた感がハンパないが、それよりあ、あれなんかやばくね……?」

「魔法でも使うのかしら?て言うかなんなのよあのバケモノ!どうやって闘うのよ!」

「確かに魔法使うんだろうな………いやそうじゃない!!軽すぎだろ!そっちの方もあれだが、絶対あいつの方がやべえって………」


 認識のずれに違和感を感じたが、今はそれどころではないと判断。


 独り言をぶつぶつと呟く勇者、途中からだったがその内容に耳を傾ける。

「………顕現せよ……『サンシャインノヴァ』ッッ!!」


 ………こんなの本能とか経験に頼らなくてもわかる……名前からしてやばい。


 そんな事一切気にする様子もなく、イフリートを見続けるイザベラ。

「よくあんなのに向かっていけるわねぇ、踏まれたら死んじゃうじゃない」

「いやいや、そんなこと言ってる場合じゃなくてだな………」


 あたりに散らばっていた黒い粒子が、勇者の左腕に集まり、ゆっくりと腕をあげる………イフリートがいる方向だ。俺がなにが出るんだと固唾を飲んで見守っていると、突如、イフリートの居たところから、その山ほどの大きさのそいつをすっぽりと覆うほどの火柱が上がった。


 嬉々としてそれを追っていた冒険者たちの足が止まる。


 もう言葉も出ないと言った様子のイザベラに、俺は開いた口も塞がらぬまま、ポツリと呟いた。


「………俺、あんなやつと戦わにゃいかんのか………?」

「………知らないわよ………」


 職務放棄しやがった………!!


 魔法を発動し終えた後、勇者がその左手をおろし、そっと呟く。

「ふっふっふ、我にかかればあれしきの魔物モノ赤子にすぎんわ」


 ギルド職員も口を開けて愕然としていた。

「あ……あ………あ………あばば………あば………」

 わかるよその気持ち………うん。


 ………つか、まって、ランクSってそんなに強いの!?人知超えてるんすけど!?


俺は独り言を呟く勇者を一瞥し、静かに魔王を目指すのはやめようと決意した。

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