第7話 引きこもりには辛すぎる

「………はぁ。だああああ!!!!!」

「アウッッ!」


 風呂から上がり、イザベラが投げ捨てた1000ギルド硬貨で飯を食った後、いつものように部屋に戻って寝ていたが、今朝、窓から差し込む光と、妙な圧迫感で目が覚めた。

 昨日の夜受付を通った際にあの美人な受付嬢さんが警戒する様子で俺たち3人を見てきたが、イザベラが勝ち誇った顔をして1000ギルド硬貨をチラつかせると、その受付嬢はほっとした顔をした後すぐに悔しそうな顔をして地団駄を踏んでいた。

 目が覚めると、なぜかシルビアまで一緒に寝ている。俺は、俺の上でよだれを垂らしながら覆いかぶさっているシルビアを昨日の風呂場での恨みを込めて蹴り飛ばすと、隣で半目を開けてぐうすか寝ているイザベラを一目見て、目を逸らした。

 うん、やっぱりこんなハーレム求めてない。


「朝から何するんですか!!寝込みを襲うなんて鬼畜の所業ですか!?小児性愛者ですか!?」

「るっせえ!!飯も奢ってもらって宿まで貸してもらった手前、俺のこの世界に一枚しかない唯一無二のジャージをおまえのそのきったないヨダレで1日の初まりからいきなり汚すというこの仕打ち。おまえもしかしてイモだろ?この常識知らずの世間知らずが!!目には目を歯には歯をという言葉があってだな、お前、いつか死ぬよ、まじで…!」

「………っ………!!!!」


 俺の言葉にハチに刺されたかのようにして顔を真っ赤にして涙をためているシルビアが無言で俺を蹴ってくる。朝から狭い部屋で騒がしくしているとイザベラが目を覚ました。


「………朝からうっさいわねぇ、喧嘩なら外でしなさいよ!!」

「おい冒険者登録するから早くしろ」

「なによ!そんな怖い顔して、昨日のことまだ引きずってんの?あんたもちっさい男ねぇ。ちっさいのはチ――(ンポだけにしときなさいよ)――じゃなかった。てか、なんのために冒険者登録するのよ?あんた魔王になるのよ?なんで人間側のシステムに自ら入ろうとしてるわけ?頭大丈夫かしら?」


 ………コイツまじ捨ててやろうかな。


 ****************


「な………!!もう土下座してもなにも出てきませんからね!?」

「違いますよ、お金持ってきたんで冒険者登録させてください」


 イザベラを黙らせた後、二階に降りて朝なので結構な列ができている受付に並んでいた。正直、今朝のイザベラの言葉で俺は何のために冒険者登録するのかほんとにわからなくなっていたが、いやしかし、流石にこの世界でチートもないステータスもかすかすの俺が冒険者登録を済ませとかないといろいろ制約があるだろうと思い、とりあえず登録してギルドの恩恵を受けることにした。


 にしても………俺たちイコール土下座だとこの美人な受付嬢さんに思われているのがちょっと引っかかる。あれは生きるためには仕方のないことであーでもしないと俺は死んでいたということをわかってほしい。

 そして順番が回ってきた。俺が硬貨を2枚持っているところを確認すると受付嬢さんがほっと胸を撫で下ろした。

 あれ……ちょっと痩せたかな?いや気のせいだろう。


「はぁ……そうですか。安心しました。冒険者登録ですね。どちらが先でもいいのでこの水晶に触れてください。」


 受付嬢さんの言葉に俺が顎でイザベラに先に行くように指示を出す。イザベラがさも不満ありげな表情で指先をチョンと水晶に触れると淡く光り出した。受付嬢さんがちょっとだけ驚いた表情を見せる。


「あなた……地味に強いんですね………?」

「地味にとはなによ」


 結果が気になるが、次どうぞと言われてしまったので、俺も期待はしてないがほんのちょっとだけ、ワクワクに胸を膨らませながら水晶に触れた。

 受付嬢さんが驚愕の表情をする。


「………」


 言葉も出ないと言った様子。わかってる。これはそういう反応じゃない。むしろ………


「………男性でここまで低いステータスを見たのは初めてですよ!!凄まじい数値です!!」


 うん、知ってたよ。

 ステータスはその人間のポテンシャルをそのまま数値として表したものらしく、この世界だと、魔法とかそういう物理法則に反するものは別として、見かけによらず……みたいなのはあんまりないらしい。

 部活も新聞部、ほとんど遊びに行かない、夏休みは登校日以外毎日家に引きこもり、さらには何のチートももらってない俺がこうなるのは自明の理だった。

 凄まじいステータスが測定されてギルド内が騒ぎになるとか、冒険者に引っ張りだこになるとか、めちゃくちゃモテて可愛い獣人とかが自ら隷従してくるとか、そんなものはただの幻想だった。


「言われなくてもわかってますよ………」


 震え声でポツリとつぶやいた。

 エライぞ、えらいぞ、よく泣かなかった。えらいえらい。

 自分で自分を慰める。

 その隣で勝ち誇ったような顔をして「乙であります」と言わんんばかりの態度で俺を見下しているイザベラを、一発ぶん殴ってやろうかと思ったが、いや、ここで殴っても単なる負け惜しみにしかならない………と、心の中で葛藤していると、それを一気に無に返すビックバンのようなどよめきがギルド内で起こった。


「すすす……すごい……なんて凄まじいステータス!!既にSランク相当の実力を持っているわ!?」

 ギルドではステータスに応じてランク分けされているらしい。この制度が、意外にも上級冒険者よりも下位の冒険者たちの生活を助けるのに役に立っているというのだ。詳細は省くが、ランク制度により下位の冒険者でも金欠が原因で死ぬことは少ないという。


 隣の隣の受付嬢が大きな声で叫んだ。


 転生する前は、なぜ異世界の受付嬢はこうもプライバシーを守らないのかと、そう思っていたが今なら理由がわかる。驚愕のもの見たら勝手に口が動いてしまうわけだ。


 俺はうなだれていた体を起こし、その騒がれている方を見る。目線を向ける途中にイザベラがあたふたしている様子が写ったがスルー。その先を見た俺は開いた口も塞がらぬまま急いで視線を戻してイザベラに話しかけた。


「………いや…あれ……明らかに………勇者………だよな………?」

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